これはとある者が作った魔剣だ

 無事にイーリナとの交渉を終え、僕は上機嫌で執務室へと戻る。

 ポーラは『いちどはじめたらおわるまでします』と言い出したので、そのままイーリナの部屋でお掃除を続行している。


「待っていたのです~。むぎゅ~」


 開いたままの扉から中へ入ると、絶妙な角度でチビ姫の顎に膝が入った。

 悲しいけれどちょっとした事故だ。


 仰向けで倒れたチビ姫が綺麗な大の字を披露する。

 今日は赤い下着か。色は良いけど何故そんなに背伸びをし過ぎた下着を穿くのかね? チビ姫が紐状の下着とか悪戯でビニールロープで遊ぶ子供にしか見えないぞ? ああ。見た目は子供か。


「で、下着だけ大人のチビ姫よ?」

「はぅ~。見られたです~」


 上半身を起こしてドレスのスカートを押さえたチビ姫がプンスカ怒るがスルーだ。

 僕は大好きなノイエとのんびりラブラブしたいのだ。だけど本日のノイエは僕の椅子に座ってギュッと膝を抱いたままだ。


「ただいまノイエ」

「……」


 返事は無い。

 膝を抱いたままのノイエはプルプルと震えている。

 捨てられて段ボールの中で振るえる小犬のようだな。


「だぁ~。おにーちゃん。こっちを見るです~」

「何だいチビ姫。今日のケーキはまだ早いぞ?」

「それは後で食べるです~」


 食べるんかいっ!


「でもシュニット様が呼んでるです~」


 にぱっと笑ってチビ姫はそのままノイエの元に行って甘えだした。


 ノイエが無抵抗だからってみんなして玩具にし過ぎじゃないか? 僕だって昨夜はずっと抱きしめて静かな夜を満喫したというのに。

 と言うか、泣きながら甘えて来るノイエも可愛いとか本当にどうすれば良いのだろうか?


「クレア~」

「はい?」

「そんな訳でちょっと陛下に会って来るから仕事の方は仕分けしといて」

「……分かりました」


 やる気のない返事をするな。明日から地獄を見るのは現場に出る僕らなんだから。


「そんなに時間がかかるとも思わないから適当な時間でケーキを頼んで良いや」

「わっかりました~」

「です~」


 本当に現金な奴らだな。つかノイエの胸に顔を埋めるとは……チビ姫は後で罰ゲームだな。




「陛下。お呼びだと伺いましたが?」

「済まんなアルグスタ。急に呼び出して」

「いいえ」


 明日からの準備は叔母様が手配してくれている。

 王国軍と近衛の方は指示を出してあるから現場の人間が勝手に動いてくれる。

 軍トップの人間なんて『そんな感じでやっといて』と下に命じれば、下の方が最適解で動いてくれるのです。


 普段使っている椅子から立ち上がり、ソファーに移動した陛下に勧められ僕も座る。

 何となくだけどソファーに移動したら家族の会話となるのがウチの決まりっぽい感じがする。


「それで何か用ですか?」

「砕けるのが早いな」

「前王にも言われますが、真面目なのって嫌いなんですよね」


 苦笑するけれど別に叱る様子の無いお兄様はやはり兄弟として呼んだ様子だ。

 メイドに紅茶を運ばせ、お兄様が僕の顔を見る。


「キャミリーより聞いた」

「何をです?」

「明日からだそうだな」


 あのチビ……余計なことを。部屋に戻ったら全力で躾けちゃる。


「勝算は?」

「……かなりきついです」

「そうか」


 苦笑しお兄様は傍仕えの人に何やら命じた。


「本来ならお前に増援を送るべきなのだがな」

「誰か居ません?」

「個人でドラゴンと戦える者などそう居らんよ。だから国王としてノイエの存在が大切なのだ」


 ごもっともです。


「それでノイエの方は?」

「悲しいことに今回は間に合いそうにないです」

「そうか」


 数度頷いてから戻って来た傍仕えの人からお兄様が槍を受け取る。


「王家が所有する物の中でたぶんお前の祝福に最も適した魔剣だ」

「……」


 目の前にあるのは長さ1m半にも満たない槍だ。絶対に槍だ。


「陛下?」

「……これはとある者が作った魔剣だ」


 はい犯人が分かりました。

 次に会ったらあのエウリンカとかどうしてくれようぞ?


 渋々ながら自称魔剣を受け取る。どう見ても槍だけどね。


「投擲専用の魔剣だそうだ」

「剣を投げるってその時点で色々と間違えている気がしますが?」

「制作者にでも言って欲しいな。私が作った物では無い」


 苦笑するお兄様のお言葉が正しい。つまりエウリンカに何かしらの罰を与えろと。

 元に戻ったらホリーお姉ちゃんかレニーラ辺りと要相談だな。


「使い方はこの紙に書いてある。何より魔力を扱えなければ魔剣は操れん。お前ならば使えよう?」

「ですね。剣の才能が全く無かったのでこの手の武器には手を出してませんが」


 魔剣と言う名の槍を見て思う。魔剣と言う名の弓とか無いですかね?


「そのような物は流石に無いな」


 試しに言ったら苦笑されたよ。


「本来ならもう少し武具でも与えられれば良いのだがな」

「そんな立派な物が残ってるわけないですもんね」

「ああ」


 戦争などもあってこの国は基本復興中だ。

 王都は結構潤って来ているが、それでも地方に行けばまだまだ酷いと聞く。


 ノイエが居るお陰でユニバンスのドラゴン対策は他国に比べれば圧倒的に低い予算で済んでいる。

 浮いた税金は復興に当てているからこそ、魔剣の工房もそんなに活動していないと聞くしな。


「まあどうにかしますよ」

「どうにかなるのか?」


 国王と言うか兄としての言葉に聞こえた。でも僕の中に迷いは無い。


「ええ。絶対に倒しますよ」


 そうしなければノイエはずっと泣いたままだ。そんなこと許せるかよ。




《明日か……》


 ベッドの上で座って隣に目を向ければ、ノイエがポーラを抱きしめて寝ている。

 このまま何も起きずに明日が終われば良いんだけど、世の中そんなに甘くないらしいしな。


「困ったねホント」

「あら? 始まる前から弱気?」

「愚痴だよ愚痴」


 最近夜になると出て来る賢者がウザいのです。


 彼女はポーラを静かに横たえるとウンッと背伸びをした。


「明日からね」

「ですね」

「でも初日だからサービスしたわよ」

「そうっすか~」

「疑ってるの?」

「大型に匹敵するとか言っててトカゲくらい弱かったら笑ってやる」

「何を言ってるの? 馬鹿じゃないの?」


 やっぱ殴り飛ばしたいわ~!


 サラリと栗色の髪を揺らし目を閉じた彼女はそっと膝を抱く。


「普通に強いわよ。だから足掻いてみせなさい」

「へいへい」


 ゴロンと横になって天井を見る。


「最後まで足掻いたらご褒美をあげるし……」


 それは楽しみなことです。


「この世界の終りの話も聞かせてあげるわ」


 不吉な言葉に顔を上げたら色が抜けてノイエに変わっていた。

 ポテッと倒れたノイエはそのまま寝てるけど……下敷きになったポーラは無事か?




~あとがき~


 エウリンカが作り残っていた投擲専用の魔剣。

 確か過去編で出した気がしたけど…錯覚かな?


 ちゃんと強いのが出るそうですよ。どうなるのか?




(c) 甲斐八雲

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