追憶 カミュー ⑦

 ユニバンス王国南部某都市



「王妃の暗殺ですか」

「そうだ」


 代理人と称する相手に、ローブ姿の男は息を吐いた。

 注文をして来るのは良い。だが出来る出来ないは別の話だ。


「王妃の住まいは第一王子の屋敷。あの場所に誰が居るか知っているのか?」

「孤児とメイドぐらいだろう?」

「……」


 相手の無知に嫌気を覚える。


「ユニバンスで最も厄介な人間が居る。最強と名高い女がな」

「だが女であろう?」

「……話にならんな」


 支払いが良い仕事と聞いたが、依頼人がこうも馬鹿なら話にならない。

 ローブの男はその場を離れようとして……それに気づいた。


 いつからそこに居たのか分からない。ユニバンス特有の金髪碧眼の少年が笑っていた。

 その人物の名はエルダーと言うが、ハウンと呼ばれた男は知らなかった。

 生粋の化け物の名と存在を。


「勝手に断るな。幻影のハウンよ」

「……誰だ?」


 見過ごしや見逃しは無かった。

 それなのにその少年は確かに居た。


「依頼主の代理人だ」

「それはあっちに」


 幻影のハウンと呼ばれたローブの男は、最初に話していた役立たずの男に視線を向ける。

 死体が転がっていた。首を割かれて血を流した男の遺体だ。


「気にするな。それは失敗作だ」

「……」


 分からないが分かったことがある。どうやら相手は化け物だと言うことが。


「俺に何をしろと?」

「実験に付き合って貰おうか? 面白い魔法が出来そうなんだ」


 ニヤリと笑う化け物の顔が、ハウンの最後の記憶だった。




「良いですかカミュー」

「はい」

「王妃様は甘やかすと何処までも増長します。ですから適度に厳しさが必要なのです」

「……はい」


 とは言え、ベッドに縛り付けるのは流石にやり過ぎだと思う。

 思うがメイド長を前にしたらカミューも何も言えない。


「わたくしは少しの間この屋敷を離れます。あれの世話を確りとするのですよ」

「分かりました」

「宜しい」


 静々と歩いて出て行くメイド長を見送り、カミューはしばらくしてから王妃の救出に駆け寄る。

 口に布まで噛まされてベッドに縛り付けられている王妃が『うーうー』と唸っているが、縄を解くのが忙しいカミューは相手などしていられない。


「カミュー?」

「ふぐっ!」


 背後から聞こえて来た声にカミューはゆっくりと振り返る。

 そこには拳をバキバキと鳴らすメイド長が居た。


「どうも貴女には再教育が必要らしいわね?」


 鉄拳制裁を2発ほど頂き……カミューは伸びて床に伏した。




《絶対におかしい。何でわたしが見切れないのよっ!》


 膨れた頬を冷やしながら、カミューは屋敷の中を歩いていた。

 完全に気を失い目覚めたのがつい先ほど。ベッドに縛り付けられ動けずにいた王妃様が粗相をしてしまったので、その掃除をしている間にお風呂に入って貰い……今から王妃を迎えに行くところだ。


 と言うか室内には護衛が居るはずだからその人たちが縄を解けば良いのに、どうも護衛たちもメイド長に飼い馴らされているのか決して逆らわない。


 ため息1つ吐きながら……カミューはその目を細めた。


 赤黒い目で辺りを見渡し確信する。魔法の残滓だ。それもまだ新しい。

 この屋敷に魔力を持つ者は居ても自分以外に"魔法使い"は居ない。それは何度も魔眼で確認している。


 王妃と次期国王の護衛はメイド長を中心とした密偵たちの仕事だ。その中に魔法使いは余り居ない。

 現状使える魔法使いは、大国の侵攻に対応する為に前線へと出ている。


 ならこの残滓は誰のものだ?


 ギュッと拳を硬く握りカミューは廊下を走る。

 魔眼で追えない魔法や術式の跡などは無い。だから迷わず走り続け……遂に視界に捉えた。


「止まりなさい」


 警告の為に発した声に相手が止まる。


 一度右目の瞼を閉じて改めて開く。相手の魔法の解析は終えた。

 使っている魔法は放出系だ。幻術と呼ばれる類の魔法で大半が相手を騙すのに使われる。

 今使われているのは使用者を透明にする魔法だ。


「投降なさい。今ならまだ侵入の罪で済む。雇い主を言えば命まっ」


 避けられたのは偶然だった。

 偶然視界にナイフが現れ、カミューはその射線から逃れられただけだ。


「投降しないならっ!」


 迷わず拳に魔力を注いで武器とする。

 打ち鳴らした両の拳から、ガツッと言う鈍い音が響いた。


 迷うことなく距離を詰めて拳を打ち抜く。

 元々近接戦闘には自信があった。と言うよりこれしか使える物が無い。

 子供の頃に攫われ暗殺者として育てられてから使える武器は拳とナイフだ。


 振り抜いた拳は空を切り、カミューは構えて相手を見る。

 はっきり言えば相手は見えていない。

 ただ残滓から相手のいる場所を推理して拳を振るっているのだ。


《厄介なっ!》


 胸の内で悪態を吐きながらもう一度振るう。

 手応えが無いから相手に回避されたらしい。


《何か使える物はっ!》


 激しく左瞼を閉じては開き、魔法を探す。

 意識を向けて瞼を閉じると瞼の裏に魔法や術式が浮かぶ。


 ただ見えるのは名称だけで、使えばどうなるかの説明は無い。

 一番の問題は鉄拳に回す魔力のお陰で使える魔法が多くない。

 魔眼の中の魔法は基本、使用者泣かせの大飯食らいばかりなのだ。


《あ~っ!》


 見つからない。と言うか分からない。

 宝の持ち腐れだと痛感しながらも、カミューは魔法を解いて握る手を開いた。

 再度魔力を集めて開いた手で相手の着ている物を引っ掻ける。


「見つけたっ!」


 低めに放った拳が相手の骨を捕えた。

 迷わず拳を引いてもう一度放つ。骨の砕ける感触は硬くした拳には感じられない。

 だが相手の魔法を解くには十分な威力があった。


 色がついて姿を現した襲撃者に……カミューは疑問を覚えた。

 虚ろな目は濁りきっていた。半開きの口からは血が溢れているが、どうも一度流れて固まったような血の跡もある。何より相手が骨を砕かれても悲鳴1つ上げないのだ。


 違和感だらけの襲撃者は床に崩れ落ち、カミューは拳を固めたままで警戒を続ける。


《もう大丈夫ね》


 経験から相手の生命活動の停止を判断し、カミューはゆっくりと右目の力を使う。

 しばらくして全てを終えたカミューは、誰かを呼ぼうと歩き出し……自身の横を疾風が抜けるのを感じ振り返った。


「貴女も元暗殺者なら確実に仕留めなさい」


 立ち上がった襲撃者が壁に張り付いていた。

 それをやったのであろうメイド長が、短剣で心臓に突き刺さし壁に縫い付けた襲撃者の首を落とす。とても鮮やかに落ちた首に……カミューは改めて目の前に居るのは人では無く化け物と認識した。


「ですがまあ良いでしょう。ちゃんと仕事はしました」


 埃でも払うかのようにパンパンと手を叩くメイド長に、カミューはゆっくりと口を開いた。


「お出かけすると?」

「ええ忘れ物をして戻って来たのですよ」


 静々と歩き出したメイド長を慌てて追いかけカミューはその後ろを歩く。


「わたくしとしたことが貴女を躾けてそのまま出てしまいました」


 本当に忘れ物だと言い張る彼女の背にカミューは恐る恐る口を開く。


「わたしがしていたことは?」

「見てません」


 立ち止まり振り返った彼女は普段見せない優しげな眼をしていた。


「ですが王妃を護ろうとしていたことは分かっています。ですから」


 そっと伸びて来た手がカミューの頭を撫でる。


「今夜は王妃の傍で彼女を確りと護るのですよ。良いわね?」

「……はい」


 お許しが出た。

 スィークは後始末を他のメイドに指示し、鞄を手にして屋敷を出て行く。

 それを見送ったカミューは先に自室に戻った王妃を追って部屋へ行き、彼女に掴まってベッドの中に引きずり込まれる。


「スィークが居ないから今夜はカミューと一緒ね?」

「……はい」


 ご褒美としたらこれ以上無いものだ。

 一晩中王妃に抱かれて眠っていられるのだから。


 メイド長が居れば引きずり出されて確実に説教と鉄拳制裁だが……今夜は大丈夫。


「さあカミュー。今夜はぐっすり寝ましょうね」

「はい」


 ベッドの中は……とても暖かだった。




~あとがき~


 こっそりと暗躍している…というより実験しているエルダー君なのですw

 でカミューが王妃様の為に拳を振るいます。

 魔眼の左右で役目がありますが…詳しいことは何処かで!




(c) 甲斐八雲

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