追憶 カミュー ⑥

「ねえカミュー? 貴女は何処で生まれたの?」


 唐突に質問して来るのは王妃ラインリアの得意技だ。

 自分が『孤児』だと知っていても、彼女は疑問に思うと質問をして来る。


「分かりません」

「分からない?」

「はい。わたしは暗殺者たちに攫われそこで教育を受けました。教育と言っても」


『人殺し』のと言う言葉は続けられない。相手が知っていてもだ。


 だがラインリアはカミューを捕まえ抱き寄せると、猫可愛がりを始める。

 他にもこの可愛がりの餌食に遭っている者が居るらしいが、回数が多いのはカミューだろう。


「大陸西部の山岳地帯にそのような赤黒の目が多いと聞きます。たぶんその近辺の出では?」

「そうなの? スィーク?」

「はい。わたくしは王妃様と違い勤勉なので」


 勤勉で無いらしい王妃は膨れ、クッションを掴むとメイド長に投げた。


「その山岳地帯では不思議な力を使う者が多く、噂では『三大魔女の子孫なのでは?』と言われているとか」

「ならカミューもそうなのかしらね?」

「分かりません」


 王妃の質問にカミューは一瞬言いよどむ。

 自分にメイド長の鋭い視線が向けられているのは理解でき、覚悟を決めて口を開いた。


「ですがわたしは魔法が使えます」

「まあ凄い」


 素直に喜ぶ王妃と違い、メイド長が放つ気配にカミューの冷や汗が止まらない。


「ならカミューはこれからも私を護ってくれるのね?」

「はい王妃様」


 それは変わらない。自分は王妃を護る存在なのだから。


 覚悟を改めたカミューであったが、魔法使いであることを黙っていたことにご立腹なのか……メイド長の恐ろしい気配はしばらく止むことが無かった。




 その裸体を極力晒さないラインリアの傷跡を知るのは、メイド長を除けば極数人のメイドと傍仕えのカミューだけだ。

 最初は信用がマイナスだったこともあり一緒に入浴など出来なかったが、傍仕えの実績を1つずつ積み重ねて彼女は、王妃と一緒に入浴をする仕事を得た。

 厳密に言えば少女のように遊ぶ彼女の相手をすることだ。


 時折王妃は少女のように振る舞う時がある。

 理由をメイド長に尋ねたら……詳しい説明を受けた。


 失血が原因による記憶障害。


 王妃は少しずつ記憶を失ってしまうと聞き、カミューはそれ以来暇を見つけては自身の魔眼に眠る魔法や術式の解明を続けていた。


「王妃様」

「な~に?」

「今日は王妃様にお願いがあります」

「ん~?」


 湯船に浸かりまったりとしている王妃は何処か眠そうにも見える。

 自分を信頼し気を許している様子が見て取れ、それだけにカミューは相手を救いたかった。


「王妃様だけにわたしの秘密を告げたいのです」

「……」


 寝そべりのんびりしていたラインリアが座り直す。

 体の……特に酷い腹部の傷を布で隠し、王妃は目の前に居る少女見つめた。


「この目は『魔眼』と呼ばれる物です」


 自分の目を指さしカミューは相手にそれを告げる。


「魔眼? 魔眼って何?」

「……魔法に関して特別な力を発揮する目です」

「ふ~ん。魔眼ってそんな色をしているのね?」

「色は……良いです。それで」


 色や形など今のカミューにはどうでも良かった。

 不安から一度口を閉じ、顔を上に向けて息を吸う。


 魔眼は魔法使いが知れば全力で欲する禁忌に等しい恐ろしい目だ。

 これがあれば大陸中の魔法を手に入れることが出来るかもしれない。その事実を理解しているカミューは決してこの目のことを誰にも話さなかった。


 話したのは王妃ラインリアが初めてだ。


「この目は魔法を、術式を食らいます。食らいその魔法と術式を覚えるのです。わたしは魔力量が少ないので余り使えませんが……王妃様の記憶のことを聞いてから、ずっとこの目の中に封じられている魔法や術式を調べました」

「それで?」

「はい。『停滞』と言う特別な術式があります。わたしの魔力でどうにか発動できます」

「それを使うと?」


 絶対ではない。確証も無い。

 それでもカミューは希望を信じて口を動かす。


「王妃様の記憶の消失が停滞……たぶん止まるかゆっくりになるはずです」

「そうなの」


 カミューは気付いていた。

 王妃が何故毎日自分を傍に置いて猫可愛がりするのか。日記を付けるのか。


 失われてしまう記憶を自覚し忘れないように努力しているのだ。

 自分を可愛がり、記憶だけでは無く感触などで覚え続けようとしているのだ。

 そこまでしてくれる人にカミューは恩を返したかった。


「わたしは王妃様を」

「良いわ。その魔法を使って」

「……」


 いつも通りの笑みにカミューの胸が疼く。

 この人は信じてくれる。自分のようなどうしようのない人間でも信じてくれる。


「なら使います」

「ええ。お願いね」


 微笑み目を瞑る王妃に、カミューは全ての魔力を左目に注ぐ。

 使う魔法は『停滞』


 浴場の外に居る護衛が中の様子に気づいて踏み込まれでもしたら、二度と使えないかもしれない。だから全力を注いでカミューは魔法を発動させようとした。


 カクンと彼女の首が折れ、ゆっくりと持ち上がる。その両目に金色の模様を浮かべて。


《一度も使わなかった魔眼の力を人助けに使うなんて……嫌いじゃないけど》


 出て来た存在は目を閉じている王妃に向かい、文字を綴って指で弾くとそれで魔法とした。


《人殺しを止めて更生したご褒美よ。だから良いことをする貴女の邪魔をしてあげる》


 停滞では無く自作の魔法を作り、刻印の魔女は王妃の記憶が留まるようにした。


《これでもう大丈夫よ。甘え下手なカミューちゃん》


 クスリと笑い持ち主に体を返す。

 魔力量がギリギリの魔法を使い、意識が飛んだと思ったカミューは慌てて王妃の体を揺さぶった。


「王妃様っ!」

「あら? もう終わったの?」


 ゆっくりと目を開いた王妃が辺りを見渡す。


「……良かった」


 自然と涙が溢れてカミューは王妃の胸に抱き付くと素直に甘える。

 我が子を抱くように彼女の背に腕を回したラインリアは、優しく優しくカミューの背を撫でた。


「ありがとうカミュー。私は本当に良い娘を持ったわ」


 クスクスと笑う『母』の声に、カミューもただただ笑った。




 その日から王妃の記憶は失われないようになった。

 理由を問うメイド長に対しラインリアは笑顔でこう告げた。

『可愛い娘が毎日お世話をしてくれるから』と。




~あとがき~


 停滞の魔法は物質を留める魔法です。生物に使用すると…全てが停滞し死亡します。

 そんな訳で自称悪い魔女の刻印さんは、とても良いことをしようとしているカミューの邪魔をしようと姿を現したのです。ええ。あくまで邪魔ですからね?




(c) 甲斐八雲

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