追憶 カミュー ③

『あら? 容赦ない』

「煩い」


 聞こえてくる声に悪態を吐いて、カミューは自身の拳を足元に転がる死体の服で拭う。

 自分を攫い暗殺者に育てた男の死体などもう興味が無い。使える物を全て漁り荷物を纏める。


『しばらくこの辺りに居た方が私としては都合が良いのだけど?』

「知らない。何より食べ物が無い」

『人間って不便よね。本当に』


 荷物を纏めて背負い袋に入れ、頭やその部下たちの死体を漁って金目の物を回収する。


『やってることが強盗よね』

「黙れ」

『はいはい』


 ようやく化け物が黙ったので、カミューは洞窟を出てとりあえず街に向かい足を進める。


『街は分かるの?』

「川を下れば良い」

『良い判断ね。なら次の道を左に入ってしばらくすると、下る道があるからそれを行けば良いわ』


 指図されるのは面白くは無いが、カミューはその声に従った。


 従い川に出て……まずは水を得る。

 川辺で水筒に水を入れ、ついでに上着を脱いで頭から川に浸かる。

 返り血が固まり髪などがパリパリしているのが不快なのだ。


『女の子がはしたない』

「煩い」


 本当に小うるさい化け物に辟辟しながら、カミューは水面に浮かぶ自分の姿を確認する。

 赤茶色の髪はそのままだが、赤黒くなった目には違和感を覚える。


 昨夜の激痛を経て強制的に押し付けられたそれは『魔眼』と呼ばれる物らしい。

 正体は刻印の魔女その物だ。

 自身の全てを眼球に変え、彼女は他者に寄生することで長い時を生きて来たらしい。


 聞いてるだけで無茶苦茶だ。

 魔法のことが全く分からないから理解出来ないのだろうと思うことにしたが。


 適当に布で頭と体を拭いてカミューは服を着る。


『ねえ』

「なに?」

『これからどうするの?』


 改めて化け物に問われてカミューは返事に悩む。


 頭たちを殺したのは、自分の目の色が変わったことを追及されたのが煩わしかったからだ。

 寝て起きたら色が変わったと告げても信じて貰えず……仕方なく殴って黙らせたら全員死んでいた。


「ねえ」

『何かしら?』

「わたしは何をすれば良い?」

『したいことをすれば良い』

「良いの?」

『ええ。私はたまに貴女の体を借りて色々と暗躍する。貴女はしたいことをしなさい』


 勝手に体を使われるのは面白くは無いが、強制的に寄生されてしまったので諦めるしかない。

 カミューは膝を抱いて座り直し、何となく水面を眺める。


『したいことが分からない?』

「ええ」

『なら出来ることをなさい』

「それで良いの?」

『良いわよ』

「……人殺しだけど?」

『それしか出来ないならやれば良い』


 小さく息を吐いてカミューは立ち上がった。


「出来ることをする」

『ええ』

「だから約束」

『分かってる。貴女に魔眼と魔法の使い方を教えてあげる』

「お願い」


 一度だけ来た道を振り返り、カミューは荷物を背負って歩き出した。


『ただし……私が出した条件も忘れないで』

「勝手に色々押し付けて酷い話」

『そうね。でも代わりに魔眼と魔法を使えるようになるわ』

「……」


 面白くは無いが悪い話ではないのかもしれないと、カミューは理解していた。

 魔眼と魔法を扱えるようになったら、刻印の魔女の記憶を自分の中から消し去る。

 聞いた話も魔女の都合の悪い部分は全て消される。一方的な契約だが受けざるを得ない。


「まず街に向かうわ」

『そうね』




 結局出来ることは人を殺すことだ。

 子供であるということを使い、カミューは暗殺者として名が知られるようになった。

 名も知らない魔法使いから教えられた強化魔法で自身の拳を鉄のように硬くし、子供ながらに相手を殴って殺すのだ。


 その死体は酷く見れた物では無いが、恨みを抱いて相手に酷い復讐を望む者からの依頼は多い。

 それに『魔眼』と呼ぶその目は魔法の式を読み発動前に対処なり回避をする。


 魔法使い殺しとしても知られるようになって増々依頼が増えた。

 同業者から嫉妬も得たが、文句を言うなら拳でねじ伏せる。

 そんな生活を送っていたカミューは最も高額な依頼を受けることとなった。


『ユニバンス王国の王妃の暗殺』


 依頼主のことは詳しく伝わってこなかったが、簡単な説明だとユニバンス王国の上級貴族からの依頼らしい。

 自分にその依頼が来たのは、標的である王妃は孤児を集めて育てているとか。


 それだけ聞くと一瞬気持ちが緩む。けれど受けた仕事は確実にこなす。

 相手が女性であり、何より孤児に優しいのであるのなら……拳を封印しナイフを使って殺すと決めた。


 乗合馬車を乗り継いでユニバンス王国の王都近くまで来れば、依頼者が手配した協力員によって無事に孤児として王妃が住む屋敷へと連れて行かれた。




「この場に居る者たちは今日から王妃様の庇護の元、豊かではありませんがこの屋敷で暮らして行きます。食べ物や衣服などはこちらで準備しますが、贅沢などは無縁だと思いなさい。

 そしてここで暮らしながら自分たちがどんな大人になるのかを考えるのです。学びたい者は学ぶと良いでしょう。体を動かしたい者は剣を手に取ると良いでしょう。ここに居れるのは1人で生きて行ける年になるまで……それまでは面倒を見ますがそれ以降は面倒を見ません。この屋敷から追い出されることが無いように自身の将来をちゃんと考えるように」


 前に出て挨拶をするのはこの屋敷に住まうメイド長らしい。

 だがカミューとしてはあんな化け物がこの世に居るのかと……生きた心地のしない時を過ごす。


 メイド長が集められた孤児たちを1人1人見て回るのを、カミューは内心震えながら見つめていた。

 最悪自分の力で逃げられるか……思案して諦める。自分の拳など無意味に感じさせるほどの気配を、あのメイド長は放っているのだ。


「名前は?」

「……カミューです」

「そう」


 無表情でポンとメイド長がカミューの肩に手を置いた。


「何人殺しましたか?」

「……生きるために」

「ならここでは殺さないと誓いなさい」

「……はい」


 ポンポンと肩を叩かれメイド長は離れて行った。

 この場においてカミューは今回依頼を受けたことを心底後悔した。




~あとがき~


 そもそも王妃ラインリアの傍には化け物…心優しきメイド長様が居るのです。

 7百話以上書いて来て『カミューってよくあの屋敷に潜り込めたな~』と作者ながらに感心してましたw

 で、案の定メイド長にロックオンされました。当たり前すぎる…。


 カミューの追憶はいったんお休みで、明日からは施設編の本編です!




(c) 甲斐八雲

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