起きたか?

 両腕は腰の後ろに回した状態で固定されていた。

 体に違和感が無いから弄ばれた様子は感じられないが、首に感じる違和感と何より頭に袋を掛けられた状態から察するに……最後の時を迎えた自分はそのままの姿で他に運ばれたのだろう。


 処刑台で首を括ったはずの自分が生きてどこかにだ。


 現状の把握を済ませ、彼女……カミューはゆっくりと体を動かすと人の気配を感じた。

 最初から居たのだろう。相手がこちらの様子に気づいて動いたから感じられた気配だった。


「起きたか?」

「……」


 返事をしようとしたが、喉の奥がベタっとして張り付く感じがする。


『ふぅ』とわざとらしいため息が聞こえ歩いて来た相手が首を掴んだ。違う。首に嵌められた何かを掴み無理やり上半身を起こしたのだ。


「薬のせいで喋れないか。報告通りだな」


 一方的に言われ頭の袋が外される。

 差し込む光に目を瞑り、カミューはゆっくり瞬きをする。


 まず見えたのは高い壁だ。成人男性が縦に2人程度並べたくらいの高さに見える。壁の上には金属製の返しが付いていて、無理に昇ると尖ったその返しで怪我をする仕組みだ。

 ざっと見た限り何らかの施設に見える。しいて言うなら監獄だろうか?


「見学は終わったか?」


 その声にようやく相手を見る。

 30代ぐらいの金髪碧眼の男性だ。ただ口調は軽いが相手に隙は無い。血生臭い気配を感じるに王国の兵には見えないから、傭兵か賊の類に思えた。


 彼は腰にぶら下げている革製の水筒を手にすると、それを無理やり口に押し込んで来た。

 警戒するが無理やり飲ませて来る物が水だと知って大人しく飲む。強引な手段だったのでゲホゲホと最初は咽たが。


「お前みたいな美人なら本当は優しくしてやりたいんだが……ここの仕事も色々と訳ありでな」


 空になった水筒を腰に戻し、男は苦笑した。


「俺は監視の1人だ。名前は言うつもりもない」

「……それで?」


 ようやく吐き出せた声は擦れ切っていた。

 一度話しただけなのに喉の奥から嫌な感じがして軽く咳き込む。異様に痰が絡んで不快だった。


「お前は処刑後に死体として運び出された。途中で死体はすり替えられた訳だが……お前が生きて居るのはそう言う訳だ」

「いつ薬を?」

「最後の食事だ。わざと数日食事を与えずに処刑の前に与えられただろう?」

「……食べなかったわ」

「分かっている。でもお前は食事を我慢しても水には手を伸ばしただろう? そう言うことだ」


 理解した。


 食事と一緒に水分も与えられなかったから、つい水には手を伸ばした。

 処刑を待つ身でありながら本能的に体は生き残ろうとしたのだ。


 本当に情けない。


「それで処刑をして……と言っても縄を首に軽く巻いただけだからそのまま下にドンッだ。その衝撃で体は死んだと錯覚し薬も体に回って仮死状態になるとか。それで死体袋に入れて運び出してすり替えてここだ」

「そう」


 からくりは理解出来た。


「それで私に何をさせる気なの?」

「難しいことじゃない」


 お道化る監視にイラッとしたが我慢をする。


「お前たちはこれから色々と鍛えられてドラゴンを倒す存在にする」

「ドラゴンを?」

「ああ。そう言うことらしい」


 含みを持たせる言葉に監視は後ろに回り腕の拘束を解いた。

 咄嗟に弾かれたように動き出し……カミューは自分の体が思っていた以上に動かないことを知って監視に組み敷かれた。


「まだ薬が残ってるぞ?」

「でしょうね」

「お前……俺を試したな?」


 背後に回り相手を制圧していた監視は、つまらなそうに地面に唾を吐く。

 スッと伸びて来た監視の手がカミューの胸を掴んだ。


「意外と大きいな。その顔でこれなら男がほっとかなかっただろう?」

「どうかしら? 寄って来る男は大半を殺すか股間を潰したから」

「流石に怖いな」


 数度胸を揉んで監視は手を離した。


「暗殺者カミューか。こんな場所に来るには惜しい女だよ」

「知らないわ。私は処刑されたはずなのだから」


 吐き捨てるように告げてカミューは監視を睨んだ。


「それよりも魔法が使えないのだけど?」

「当たり前だ。お前のことは調べてある。魔法使い専門の暗殺術を持つ魔眼使いだろ?」

「そう呼ばれているわ」


 事実カミューは自分がそう呼ばれていると知っていた。


 魔眼を使えば魔法の式を読み取りその魔法がどんな方に使われるのかが分かる。

 効果の分かっている魔法であれば、相手が普通の魔法使いである限り自分は決して負けない。


「お前は鉄拳と魔眼を封じてしまえば、こんな風に美人で胸の大きさも丁度な良い女でしかない」

「褒め言葉として貰っておくけど」


 スッと目を細めてカミューは放った。


「私の胸を勝手に揉んだことは忘れない。必ず貴方の股間を潰してあげるわ」

「忘れないようにしておこう。王妃を呪った暗殺者様」

「っ!」


 溢れ出そうになった殺意をカミューは必死に我慢した。


 監視はカミューから離れそのまま歩いて行くと高い壁に一部に存在する鉄製の扉を潜り遠ざかった。

 しばらく地面に転がっていたカミューはゆっくりと体を起こして自分の体を確認する。

 手足など問題はない。弄ばれた気配もない。唯一の問題は空腹だ。


「そうそう。食事は朝夕の2回だ」


 カミューの様子に気づいたように監視がそう声を寄こす。

 相手の姿も気配もカミューは感じられない。それは魔眼越しでもだ。


「首の魔道具は外すなよ? あの悪名高き術式の魔女が作った魔法封じの首輪だそうだ」


 親切なのか嫌味なのか……カミューは自分の首に嵌められている物を触り理解した。

 どうやら自分はこの場所で飼われる犬になったらしいと。




~あとがき~


 ちなみに前編の主人公はたぶんカミューです。だと思うw

 施設での話なので、中の人たちがちょいちょい出てきますが…まあ色々とあったので…




(c) 甲斐八雲

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