男としたわね?
「んふ~」
上機嫌で胸では無い肉の塊を抱いて歩いて来る後輩に、ミシュは地面に向かい唾棄する。
上司の阻止が解除となり、遂にお見合いの日が決まったらしい。
毎日のように精神崩壊して、憎しみの矛先を向けられるのも辛すぎるが……他人の幸せそうな姿を見るのはやはり面白くない。
「あふ~」
浮かれている。
どぼどぼと鍋に下処理した肉を放り込んで、かき混ぜだしていやがる。
「その胸の邪魔な肉も鍋に入れれば良いんだ」
「も~。ミシュ先輩ったら~。そんなことを言ってると良い出会いが逃げますよ~」
木製のお玉で鍋の中をかき混ぜながら、ついでに自分も鍋の周りを回り出す。
面白くない。やはりみんな不幸の方が良いんだ。
鬱々とした感情を抱えミシュが世の幸せを呪っていると、郊外の待機所に馬が駆けて来た。
操るモミジは慣れたもので、サッと降りて馬を繋いでミシュたちの元に来た。
「今日から復帰だっけ?」
「はい。ご迷惑おかけしました」
元気に頭を下げる彼女は、ようやくドラゴン500匹の退治を終え3日前に王都に戻って来た。
その日からアルグスタが休暇を与え……どうやら今日から仕事らしい。
「あの~? ルッテさんはどうしたんですか?」
「今度の休みに見合いだって。ケッ」
「そうですか。それは良かったですね」
素直に喜ぶモミジの様子にミシュは気付いた。裏切り者の気配を。
モミジの背後に移動し、むんずと尻の肉を掴んだ。
「って! どこを!」
「……お尻のお肉に張りがある」
突然尻を掴まれたモミジは、顔を真っ赤にしながら両手で尻を防御し相手と距離を取る。
だが自身の両手を見つめるミシュは……どこか世の終わりを目撃したような表情を作っていた。
「そっか~。もみじんも裏切ったのか~」
グリンと頭が動き、売れ残りの化け物が裏切り者の顔を見る。
「裏切りって何ですか?」
「男としたわね?」
「……」
耳まで真っ赤にし、視線を逸らしたモミジの反応が全てだった。
まだあっちのおっぱい後輩は未体験だ。次で失敗してこっち側に残る可能性がある。
だが……裏切り者はあっち側に行ったと言うことだ。
「くふっ……くふふ……」
「あの~? ミシュ様?」
「裏切り者は死んで詫びろという言葉があったわよね?」
「知りませんっ!」
「問答無用っ!」
祝福まで駆使して襲いかかるミシュに、これまた祝福を使い迎え撃つモミジ。
鍛練していた兵たちも足を止め、どっちが勝つか賭けを始める。
しばらくしてお昼の料理が出来た頃、いつも通りにノイエがシュタッと姿を現した。
「あれ、なに?」
「知りません~」
クルクルと回るルッテにも目を向け、首を傾げたノイエはいそいそとスープを食べ出した。
馬鹿2人の戦いは……両者ガス欠で引き分けとなった。
「幸せな奴はみんな死ねば良いと思うんだ」
「お前の不幸を他人に押し付けるな」
「にゃにを~!」
机を飛び越え元上司をぶん殴ろうとしたミシュは、背後からやって来た物に拘束され……机の上に落ちた。
「遊んでいないでご用件を」
「何かメイド長になったら、この犯罪者の行動が師匠に似て来たんだけど! って、締まる締まるっ!」
スカート裾から溢れ出る黒い布でミシュを拘束したメイド長は、いつも通りの柔らかな笑みを浮かべたまま元の同僚を締め上げた。
「まあ良い。この馬鹿の愚痴を聞いてたら朝になる」
「そうですね」
「にゃにを~! ああ。締まる締まる」
ぎゅうぎゅうに締め上げて来る黒い布に、流石のミシュも降参した。
「それで裏切り者だらけの職場と言う監獄から逃れて1人寂しくお酒を楽しもうとしていたミシュちゃんに何の用かな? 男の紹介なら大歓迎さっ!」
「そんな奇特な奴はマツバ氏しかいないな。そろそろこっちに戻って来るだろう?」
「
「彼なら余裕で回避しそうだがな」
密偵からの報告を信じれば、あのマツバと言う人物は化け物級の達人らしい。
「お前で遊んでいると帰宅が遅れる。だから簡単に言おう」
「はいよ」
「仕事だ」
「……お断りしても」
「お前の上司が暗殺対象だ。頑張って野良犬共を狩り尽して来い」
改めて机の上に突っ伏したミシュの後頭部に、ハーフレンは紙の束を置いた。
「共和国に存在する上位の暗殺者と賞金稼ぎがまとめて送り込まれたな」
「あの馬鹿上司は共和国で何したのさ?」
「信用出来る筋からの情報だと、新国家元首であるハルツェンをからかいまくって脅して逃げて来たらしい」
「うっわ~い」
ジタバタと机の上でミシュが暴れた。
本命であるエレイーナがまだ戻っていないので詳しい報告は上がっていないが、部分的な報告ではあの馬鹿夫婦は共和国にて存分に遊んだらしい。
こうなるとハーフレンとしては詳しい報告を聞くのが怖いが。
「で、共和国の南部はウシェルツェンに取られたって?」
「そうなるな。こっちからも援軍を送っているから悪くは言えんが」
「……陛下が動いたって聞いたけど、絶対あの上司が裏で色々やったんでしょ?」
「知らん。この件に関しては俺は全く関わってない。知ってたら楽しめたのにな」
「コホンッ」
メイド長の咳払いで、馬鹿2人はとりあえず黙った。
「正直言って共和国の暗殺者は良いんだけど……絶対ウチの馬鹿貴族たちも動き出してない?」
「密偵の数を倍にして王都を調べているが、前回の『再来』で何人か有能なのがやられているのが辛い」
「で、私に仕事を回して来たってこと? 知ってる? 私の所属は対ドラゴン遊撃隊だよ?」
「気にするな。上司の命を守るのも部下の務めだろ?」
「うっわ~い」
ジタバタとミシュは机の上で暴れた。
呆れつつ腕を組んだハーフレンは机の上に居るミシュの後頭部を見る。
「どっちにしろこの国に入って来た馬鹿共を狩るのがお前の仕事だ。行って狩って来い」
スッと机の上からミシュが消え、彼女は部屋の扉の前に立つ。
「その主の命……必ずや成し遂げて参りましょう」
綺麗に一礼をし、ユニバンスの猟犬が王都に放たれた。
~あとがき~
ノイエ小隊の面々に春が訪れてますね。
つかモミジがまさかの…どんな凄いプレイかとw
で、やらかしたアルグスタの後始末にミシュが行動を開始です。
…エレイーナは何処で何をしているんだろう?
(c) 甲斐八雲
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