ずいぶんと掛かっちゃったよ

「おお~」

「これでシュシュとは気づかれまい」

「だね~」


 ハリセンで髪と瞳の色をノイエにしたから大丈夫。シュシュの場合、自分でノイエの色に出来るんだけど直ぐに集中力がどこかに遊びに行くので念のために色付けしておいた。

 窓ガラスを鏡代わりにしていた彼女がフワフワと揺れる。と、言うかこのフワフワを見られたらアウトじゃね?


「ん~? そう~いうのは~」

「フワフワしない」

「ん~」


 彼女の腕に肘を回してフワフワを強制的に止めさせる。

 しばらくフワフワと抵抗を見せたが、シュシュは大人しく僕の腕に自分の腕を絡めて来た。


「強引~だぞ~」

「言うことを聞かないシュシュが悪い」

「ん~」


 ただノイエのように僕の腕に頭を預けて来るとか演技が出来るんだから、いつもちゃんとして欲しい。


 小雨を避けつつ魔法学院内を彼女の案内で移動し始める。

 特に建物の中に入ることはせず、本当に外から建物の様子を覗くような感じだ。


「何か探してるの?」

「ん~」


 頭がフワフワしだしたから、腕を動かし相手と密着して動きを止める。


「揺れ~られ~ない~ぞ~」

「ここで揺れないの。帰ったら好きなだけ揺れてて良いから」

「ん~」


 納得したのかまた彼女が頭を預けて来た。


 黙って散歩感覚で建物を外から見て回る。

 あの日とその前にあった戦争のせいで学生や教師の数が大きく減った魔法学院は、半数の建物が使われていないと言う話を聞いた。事実あっちこっちの部屋が閉鎖されていて、立ち入ることが出来ないらしい。場所に寄ってはあの日に破壊された教室がそのままとも聞いた。


 シュシュが立ち止まったから僕も足を止める。


「ここ~」

「なに?」


 建物と建物の間にあるちょっとした広場だ。

 何故か建物の外壁に補修の跡があったり、焼き焦げた跡があったりするけど。


「皆で~魔道具の~実験とか~した~」

「そうなんだ」


 魔道具の実験か。たぶん兵器だろうな。そうじゃ無ければ補修とかの跡は一体何と聞きたくなる。


「暴走した~魔道具を~アイルローゼが~破壊した~んだ~よね~」

「納得した」


 大いに納得出来た。と、彼女がまた腕を引くので釣られて歩き出す。

『ここでは何をした。そこでは何をした』と色々な話を聞く。たまにハリセンで叩いては色を付け直しながら、最後に来たのは封鎖された建物の前だ。


「ここは?」

「私たちが~使ってた~女子の~寮だね~」


 女子寮だったらしい建物は、腐り落ちた縄で玄関の扉が閉じられている。

 扉には木の板に『立ち入り禁止』とだけ書かれていた。


 シュシュはそれを気にせず縄を解いて扉を開けた。


「ただいま~」


 僕の腕から逃れ、そう言って建物に入った彼女はフワフワと揺れる。

 懐かしむように揺れ動く彼女の様子を静かに眺めた。


 魔法学院の女子寮。そこでは2人の生徒が暴れ殺し合いになった。

 巻き込まれた生徒たちはほぼ全員が死亡。助かった者も居たらしいが、四肢の欠損などをしてそれ以降どうなったかの報告はない。


 フワフワと揺れ動くシュシュは、階段を昇り何処かへ向かう。


 扉を閉めて僕はそれを追うと……彼女はある部屋の中に入った。

 荒れたままの机やソファーはそのままだった。あの日のまま時間が停まっているような室内を軽く見渡し、僕はある一画で動きを止めているシュシュを見つけた。


 ゆっくり歩いて彼女の背後に立つと、そこには1枚の絵が飾られていた。

 少し高い場所に飾られていたからか、騒動から逃れたその絵は埃をかぶり汚れていた。


「ただいまみんな」


 いつもの口調では無くポツリと呟くシュシュに目を向ける。

 ジッと絵を見つめる彼女は静かに泣いていた。


「直ぐに帰るって言ったのに……ずいぶんと掛かっちゃったよ」


 ポロポロと涙を溢し、その絵に語り掛けるシュシュはとても寂しそうだった。

 きっとこの絵にはいろんな思いが詰まっているんだろうな。


 彼女が落ち着くまでその背を見守っていると、飽きたようにフワフワと揺れ出した。


「シュシュ」

「ん~」

「その絵は?」

「ん~」


 クルッと振り返った彼女の目にはもう涙は無い。いつも通りにフワッとした表情だ。


「我が~人生~最高の~傑作~だぞ~」

「そっか」


 ならば持って帰るか。

 額に手を掛けると……何これ? 全く取れる気配が無いんですけど?


「無理だぞ~」

「何でよ?」

「それは~アイルローゼが~魔法で~無理やり~くっ付けた~から~」

「なるほど」


 余計なことを。だが僕は持って帰ると決めたのです。


「ホリーお姉ちゃん~」

「ん~。ん?」


 カクンとノイエの頭が下がって、スッとまた頭が持ち上がった。


「呼んだかしら?」


 いくらなんでも早過ぎるでしょう?


「……セシリーン経由での呼び出しのつもりだったんですけど?」

「うふふ。シュシュと2人だなんて間違いがあったら大変でしょう? だから彼女の後ろで終始見張ってたのよ!」

「そうっすか」


 胸を張って踏ん反り返る彼女の行動原理が、段々とブラック過ぎて来ました。

 もう犯罪者レベルに突入しているね。ホリーは大罪人か。納得。


「早速で悪いんだけど、この絵を無傷で剥して欲しいんです」

「……」


 こっちを見つめて軽く首を傾げて来るホリーの目が雄弁に語って来る。『何してくれるの?』と。

 露骨に見返りを求めすぎでしょう?


「明日の夜で良いですか?」

「もう。催促じゃ無いんだからね?」

「分かってます。お姉ちゃんは優しいもんね」

「うふふ」


 笑ってノイエの髪が生き物のように動き出し、額を壁に張りつけている何かしらの何かを物理的に切断して、シュシュが描いた絵が額ごと外れた。


「流石お姉ちゃんだ」

「うふふ。これぐらいお姉ちゃんに任せなさい」


 ガッツポーズを見せたホリーの頭がカクンと下がり、今度はフワッとした表情がこっちを見た。


「剥がれたんだ」

「ホリーお姉ちゃんの髪の切れ味は普通じゃないからね」

「そうだね」


 僕が持つ額を受け取り、シュシュはサッと埃を払う。


 そこには淡い色合いで描かれた学生らしき人たちが居た。

 中央の赤髪はアイルローゼか? 後は褐色の肌がリグかな? 知らない人が多過ぎる。

 しばらくその絵を眺めていたシュシュは、そっと抱きしめるとフワフワしだした。


「持って~帰る~ぞ~」

「へいへい」

「あはは~」


 嬉しそうにフワフワしているからまっ良いか。

 問題はどうやってあの絵を学院の外に持ち出すかだな。



 結果……ノイエの異世界召喚の中に押し込み、無事に出入り口を通過することが出来た。




~あとがき~


 あの日の前に学院を出て実家に向かったシュシュは…その辺は後の追憶編で。

 と言う訳で、前の追憶編でのシュシュのフラグをちゃんと回収しました!


 作者的にはずっと書きたかった話がようやく書けました




(c) 甲斐八雲

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