確かに懐かしいな

 人間は慣れる生き物だ。

 それを体感したエレイーナは、今度の"移動"で空から見る景色を楽しむ根性を見せた。


 何より人間は慣れる生き物だ。

 一度やってしまったら二度しても変わらない。今度は自分で洗って着替える根性を見せた。


「そんな訳で2度目の西部です」

「はい」


 妻を腕に抱き付かせながら彼は笑う。


「予定通り共和国の兵が北部に行ってると良いね」

「はい」


 スリスリと彼の腕に頬を擦り付け彼女は無表情だ。


「旦那様?」

「ほい」


 粗相をした服を掘った穴の中に押し込み土をかけて戻って来たエレイーナは、本当に普段通りの夫妻に声をかける。


「これからどうするのですか?」

「次は実力行使です」

「……」


『今までのは?』の言葉を飲み込んだ。飲み込みエレイーナは言葉を続ける。


「それで次は?」

「西部の大きな軍の施設を潰して行きます」

「そうですか」


 間違い無く潰すのだろう。だから自分の仕事に徹するしかない。

 エレイーナは自分の記憶を元に、西部の大きな軍の施設にこの狂暴な夫婦を案内するのだった。




 セルスウィン共和国西部某所



「あれっすか」

「はい」


 西部で最も大きな軍の施設を遠くから見つめる。

 確かに大きい。流石大国だ。


「ユニバンスの王都ぐらいの大きさがあるね」

「それぐらいはあります」


 大きくて広い。だからそこに詰めている兵の数も多い。

 見つめている視線の先にも兵たちが忙しなく走り回っている様子が見て取れる。

 途中で仕入れた情報では北部に向けて兵が動いているらしい。


「それで旦那様。どうやってあれを潰すのですか?」

「ん。まずノイエ」

「はい」

「食べ物を出して」

「はい」


 何やら歌い出すと彼女の頭上に不可思議な図式が生じる。

 するとそこからボトボトと木箱が落ちて来た。


「エレイーナはその箱を開いてて」

「はい」

「で、ノイエには」


 妻の耳に口を寄せて彼は何やら命じる。

 チュッと夫の頬にキスして彼女は軍の施設に体を向けた。


「出来る?」

「大丈夫」

「なら全力で」

「……はい」


 グッと唇を軽く噛んで、ノイエは頭上に両手を掲げて歌い出す。

 流れる言葉にゆっくりと彼女の頭上に不可思議な図式が生じだした。


 エレイーナはそれを見て箱を開く手を止めた。

 2度ずつ大鷲を呼び出し、そして戻すのにそれを見た。

 だが今回は違う。圧倒的に巨大で天にも届きそうなほどに大きく見えるのだ。


「出て」


 歌を止めて発せられた命令は短い。

 だが……そこから生じた物はエレイーナは腰を抜かして見上げた。


 山ほど大きい生き物が這い出して来たのだから。




 あれだ。象と蜘蛛を合成して間違って誕生したような形をしている。

 頭は象。体は蜘蛛。そしてとにかく大きい。これが異世界の生き物か……正直引くわ。


「アルグ様?」

「あっごめん。とりあえずあそこに真っすぐ行って貰って」

「はい」


 ノイエが指を向けると象蜘蛛がズシズシズシと複数の足を動かし軍の施設に突進する。

 はっきり言おう。ただの恐怖映像だ。案の定あれに気づいた施設の方が大混乱だ。

 立ち向かう者はほとんど居なくて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。蜘蛛が相手なだけにね。


「アルグ様」

「ほいほ~い。さあエレイーナ」

「ふぁい!」

「蓋を開けて開けて」


 空いている木箱の中から干し肉を取り出しノイエの口に運ぶ。

 何と言うか、自動の鉛筆削りに延々と鉛筆を差し込む感じに思える。口に入れると同時にノイエが吸い込むように食べて行くのだ。

 これはちょっと楽しいかも。


「この長い乾パンとか大丈夫?」

「負けない」


 カリカリと食べて行くが水無しは辛そうだな。

 急いで革製の水筒を手にしてノイエの口に水を流し込みそして乾パン攻撃を継続する。

 食糧がある限りノイエの祝福は発動し続ける。あの巨大な象蜘蛛が無人になった軍の施設をこれでもかと蹂躙するまでの時間は稼げるはずだ。


「ならばこの乾燥野菜を」

「お肉が良い」

「干し肉と一緒に押し込む」

「……むっ」


 好き嫌いを見せるノイエの口にバランス良く押し込み続け楽しんでいると、施設は完全に廃墟となっていた。




「何か~表は~楽しんで~るね~」


 フワフワしながら、シュシュは膝枕しているファシーの頭を優しく撫でる。

 連発に次ぐ連発……5日で12連発の固有魔法の使用で完全にあれ~な感じになってしまったので、魔法で頭から爪先まで封印し、現在のファシーは起きているが身動き一つ出来ない状態だ。


「ホリー」

「ん?」

「何で~軍の~施設な~の~?」

「説明して良いけど、質問は面倒だから受け付けないわ」


 壁を背に置かれているモノに寄りかかり、ホリーは軽く欠伸までする。


「最初に古城の類を潰したのは、北部に出向いた兵たちがこっちに戻って来ても立て籠もる場所を無くすためよ。

 ただしそれなら通常軍は街に駐留する。

 で、あんな化け物が軍の施設を襲ったと知った住人は兵たちを受け入れるかしら? 間違い無く兵たちは街に入ることなく、下手をすればいざこざが発生する。

 そのまま放置すれば内乱にまで発展しかねない状況に陥るかもしれないから、共和国の首脳陣は北部に向かわせた兵をそのまま北部に駐留させるか、中央都市に呼んで守りを固めるでしょうね」


『はい終わり』と言いたげにホリーは肘置きにしているモノに目を向ける。

 質問する気は無いのか、シュシュはフワフワと体を揺らしファシーの頭を撫でだした。


「歌姫もこうなると形無しね?」

「……」


 頭部だけになっているセシリーンが、ホリーの言葉に眉間に皺を寄せて不満げな様子を覗かせた。


「まあ共和国に対する嫌がらせはここまでね。次はたぶん実力行使……そんな訳で出番よカミーラ」

「ああ。ここでの待機も正直飽きてた」


 赤い髪を掻いて立ち上がった女性が、部屋の中心にある台に腰かける。


「ホリー」

「なに?」

「私の敵は?」


 その問いに『死の指し手』と呼ばれた殺人者は、冷たい笑みを浮かべた。


「貴女にとっては懐かしい相手よ。共和国の精鋭部隊である暗殺集団でしょうね」

「ああ。確かに懐かしいな」


 クスッと笑いカミーラはその時を待つ。




~あとがき~


 ノイエの異世界召喚は、移動用以外の大鷲以外はとにかくコスパが悪いので普段は召喚しません。

 それもあるのでアイルローゼがノイエに教えたとも言えるんですけどね。

 久しぶりのノイエの中の人たちです。

 色々あってファシーは拘束中です。セシリーンは頭部のみです。で姐さんが…




(c) 甲斐八雲

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