戦場を舐めるな

 セルスウィン共和国内、西部の街クヒル



「我らに下された指示を伝える」

「「……」」

「ユニバンスからの客を狩れ。捕らえる必要はない。その命を狩れ」

「「……」」


 命令を受諾し1人1人と部下たちが消えていく。

 それを見送った実行部隊の隊長は、口を覆う黒い布を下げた。

 顔には醜く抉れた傷跡がある。過去にユニバンスの化け物と戦い負けて受けた傷だ。


《あの国は化け物が多い。それを理解していないからこのような事態になるのだ》


 内心で愚痴り彼は覚悟を決めた。


 自分を死に追いやろうとした化け物は処刑されたと聞いている。

 それでもあの国では次から次へと優れた人材が出て来るのだ。特筆すべきはドラゴンスレイヤーと呼ばれる少女だろう。彼女の能力は人外の物である。


《我々は全滅するかもしれない……だが命令は絶対だ》


 任務を失敗し生き永らえた自分を使ってくれた国に感謝している。

 だからこそ命を捨てる覚悟など最初から決まっているのだ。


《死にに行くか。共和国が簡単に破れる国で無いことを教えるためにも》


 東部に現れたと言う隣国からの客人に、上からは部隊を2つに分けて対応するようにと命じられた。

 だが長年の勘から彼はその命令を無視した。誰一人として人員を東には向けず、ジッと西部でまた彼らが現れるのを待った。


 彼の勘は当たった。

 隣国の客人はまた西部に現れたのだ。


 3日で軍の大きな施設を8つも潰し、西部の軍事力の低下は著しい。

 不幸中の幸いなのは、帝国が兵を動員出来る状況では無いので外敵に襲われないと言うことだ。

 それでも不安はある。何か自分の意識の外で大きな何かが動いているような気がして落ち着かない。


『配置完了』


 通話の魔道具から部下の声が届き、彼は意識を戻した。


 客人は街の宿屋に宿泊している。野宿なのでは無くてだ。

 余程の自信があるのか、それとも何も考えていないのか……どちらにせよやることは変わらない。


『狩りをは』

『宿から客人がっ!』


 合図を遮られたが部下がもたらした情報は重要だ。

 一斉に確認をし……全員がそれを見つけた。


 月明りに映える赤い長髪を靡かせて、長い棒を手にした女性は間違いなく客人の特徴と一致している。

 ただ髪と瞳の色が違うのが気にはなったが、相手とて敵国に居るのだから変装の1つもすると思考を切り替えた。


『間違いない。客人の……ドラゴンスレイヤーだ』


 部下からの返事はない。あれが今回の任務の最大の難敵だからだ。

 ドラゴンを軽く殺してみせる本物の化け物……毒でも殺せないあれをどう殺せば良いのか正直分らない。


『全員であれを狩る』


 彼は軽く唇を舐め、疼く頬の古傷を軽く手の甲で拭った。


『細切れにすれば流石に死ぬはずだ』


 自信も確証も無い。それで死ななければ自分たちに勝機など無い。


『狩りを始めろ』


 合図は送られた。




 懐かしい空気にカミーラは軽く息を吐いて口元に笑みを浮かべた。


 前に出会ったのは戦場だった。

 悪目立ちした自分を共和国は最精鋭で殺しに来たのだ。


 あの時はスハが部下を連れて駆けつけてくれたお陰でどうにか勝ちを、命を拾った。

 でも今回はあの口煩い副官は居ない。苦楽を共にした馬鹿な部下たちも居ない。

 たった1人で……あの時出来なかったことをする。


 四方から飛び込んで来た黒装束の男たちは爪先で地面を叩いて黙らせた。

 次いで四方から飛んで来る矢も同じ方法で防ぐ。


 自身の周りに8本の土の柱を立てることとなってしまったが、気にせずもう一度爪先を地面に叩きつけて強化を強める。

 高硬度になり過ぎた柱は脆く崩れてただの土へと戻る。


「つまらんな。この体だと魔法が楽過ぎて困る」


 呆れながら飛んで来た投げナイフを棒で叩いて落す。

 敵の数は事前の報告では20人程度だ。最初の一撃を正面から食らった4人は骨折を免れない。


 残りは16人だ。


 クルリと棒を回して脇に挟む。

 カミーラはゆるりと笑って自分に殺意を向けて来る相手に目を向けた。


「かかって来な。この"ドラゴンスレイヤー"を狩れる者が居るならね」


 軽い挑発に乗って黒装束の男たちが各々の得意な獲物で襲いかかって来る。

 ある者は剣を、ある者は槍を、ある者は飛び道具を、ある者は魔法を……それぞれが必殺の一撃に相当する攻撃だが、カミーラはその全てを受け流し反撃を加える。


 ほぼ最初の場所に立ったままで相手を迎え撃ち……襲撃者の半数ほどが地面を転がる事態となった。


「かくれんぼはお終いか?」

「……ああ」


 今まで襲いかかって来た者たちとは毛色の違う気配に、カミーラは増々その笑みを深くする。


「我々の情報ではユニバンスのノイエが"串"を使うと言う報告は無かったが」

「なら新しく刻むと良い。ノイエは強化魔法……"剣山"を使うとね」

「剣山か。ユニバンスの化け物、串刺しカミーラと同じ魔法か」

「そうだよ」


 笑みをそのままにカミーラは地面を蹴って背後に土の柱を作る。

 襲いかかろうとしていた黒装束が、両足の骨を砕かれ地面を転がった。


「あの串刺しカミーラと同じ魔法だ。ただ今回は夫の指示で1つだけ出来ないことがある」

「出来ないこと?」

「ああ。命を狩ることだよ」


 ブンッと手にする棒を横に振り、カミーラは魔法を放つ。

 自然を用いて使う強化魔法の1つ。高度な技術を要求される"剣山"だ。

 土が串のような鋭利な矛となり黒装束の男たちを襲う。


 何人かが直撃を受け地面を転がるが、残りはその攻撃に対応した。

 剣山の弱点は攻撃が一方向だということだ。槍や矢のようによく見て躱せば対応できる。

 彼にはその自信があった。あの時一撃を顔に受けてから必死に鍛練を継いで、


「終わりだと思ったかい?」


 タンッとカミーラは地面を爪先で打つ。

 1人に4本の串が前後左右から襲いかかり……全員が足の骨を砕かれた。


「カミーラの魔法だと言ってもそのままな訳が無いだろう? 戦場を舐めるな」


 振るって棒を土に戻し……とどめを刺すことなくカミーラは欠伸を溢して宿へと戻るのだった。




~あとがき~


 クロストパージュ家の魔法戦士の候補生として育てられた姐さんは、実は結構な魔法使いなんですよね。

 普段は武器を作るのに用いていますが、その魔法を攻撃に向けると恐ろしい威力を発揮します。

 そんな訳で過去を乗り越えました。ノイエの魔力を使ってですがw




(c) 甲斐八雲

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