なら正解ね

「準備は終えたみたいね」

「はい」

「そう」


 不意に出て来た先生はササッと寝間着を整えると、ベッドの上に立ち横断して床に降り……壁に掛けられているユーリカの髪の前に立った。


「ユーリカもこんな姿になってしまったのね」

「でも笑顔で逝きましたよ」

「そう。それだったら少なくとも私たちよりかは幸せだったかもしれないわね」


 手を伸ばし指先で額を突いて先生はこっちを見た。


「答え合わせよ。どうして私があんな魔法を作ったか……分かったかしら?」

「ええ」

「そう。なら正解ね」


 答えを聞こうよ? もしかしたら間違っているかもしれないよ?

 僕の出した答えは……家族を守る為だけどね。家族というか親しい人かな。


「先生」

「なに?」

「先生はたぶん優し過ぎる人なんですね」

「……」


 アイルローゼは何も言わずに僕を見たままだ。

 その視線に何故か促された気がする。


「優し過ぎて損な性分だから『腐海』なんて魔法を作った。刻印の魔女と似た考えかなって最初は思ったけど、先生は最初から使う覚悟を持って作る人だ。だから自分が悪者になってもそれを使う」

「買い被り過ぎよ。私はただ刻印の魔女を真似ただけよ」

「本当に?」

「……」


 こっちを向いている先生がゆっくりと歩いて来る。

 僕もベッドの端を椅子代わりに座り直した。


「ねえ馬鹿弟子」

「はい?」

「私はとある弟子に言った言葉があるの。『馬鹿になりなさい』って」


 ん? 確かそんな会話をお城でフレアさんとしていた気がするな。

 うん。自分が完全空気扱いでこっそりと扉に耳を寄せて盗み聞きしていた時の会話のはずだ。


「あれはたぶん私自身に告げた言葉だと思っていたわ」

「先生が馬鹿って……無理でしょう?」

「そう無理なのよ」


 僕の前で立ち止まると、高低差で彼女は前屈みになって僕の顔を覗き込む。

 いつも通りのノイエの顔だが表情がある分別人に感じる。


「私は『赤毛の神童』『稀代の魔法使い』『術式の魔女』『化け物』と本当に色々と呼ばれたわ」


 たとえ呼称でも自分のことをそこまで言えちゃう貴女も凄いです。


「そのどれもが私を上に置く言葉よ。だから私は常に上に立ち、人を導かなければいけない立場だった」


 彼女は苦笑して頭を振る。


「泣き言は許されない。弱気なんて見せられない。出来ないことも恥になる……貴方にこの苦しみが分かるかしら? 常に最高の魔女を演じなければいけない苦痛を」

「分かりません」

「でしょうね」


 もう一度頭を振って先生はその場にしゃがみ込んだ。

 膝の上に肘を置き頬杖をついて僕を覗き込む。


「私は魔女よ。そのこと自体は別に嫌だとは思わない。でもその前に人なのよ。何でもかんでも我慢なんて出来ない」


 ポロッと涙を溢して彼女はそれでも僕を見た。


「耐えられなかった。私の知人たちが戦場で死んで行く現状を、可愛い弟子が嘆き悲しむ姿を見ることを……だから作った」

「なら僕の考えは正解ですよね?」

「ええ。だから最初に言ったでしょう? 『正解』って」


 そう言われるとそうだ。本当にこの先生は……凄すぎるよ。


「でも腐海を作っても何も変わらなかった。変えたのはグローディアの異世界召喚だった」

「……先生」

「なに?」

「先生がグローディアと2人でノイエの中を支配していた理由って、痛い痛い」

「言葉に気を付けなさい」


 伸びて来た手が僕の耳を掴んで捻った。


「別に支配なんてしてないわ。ただ私たちの都合に悪いことをする人たちには強制的に退いて貰ってたけど」

「それを支配と、痛い痛い」


 今度は逆の耳を捻られた。


「でも……グロ―ディアに対しては贖罪の意味があったのかもしれない。私が彼女にあんな魔法を作る切っ掛けを与え、手伝わなければって」


 力無く笑う先生を見てると胸が痛くなる。


「先生」

「何かしら?」


 また頬杖スタイルに戻った彼女を見る。

 この人は気付いていないのか、それとも意識して誤魔化しているのか……たぶん後者だ。


「たぶん先生はグローディアの手伝いをしてましたよ。何があっても」

「……その根拠は?」

「先生が優しい人だからです。グローディアの純粋で真っ直ぐな想いを知れば先生は手伝うことを選びます」

「そうかしら?」

「そうです」

「……そうね」


 頬杖を突いたままで軽く肩を竦める。


「だから先生」

「何かしら?」

「今回は手を貸して下さい。ノイエの家族を……仲間たちを解放する為に」


 クスッと笑い彼女はらしく無いほどの笑みを見せる。


「ええ。良いわよ。ただしまだ足とか色々と壊れているから歩き回るのは無理よ」

「それはホリーに任せます。お姉ちゃんなら先生の使い所を考えているはずです」

「そう」


 ゆっくりと立ち上がったアイルローゼは軽く背伸びをした。

 と、ビクッと体を痙攣させて動きを止めた。


「体はノイエなんですよね?」

「……不思議と痛むのよ。本当に厄介だわ」


 さすさすと右腕を擦り先生が眉間に皺を寄せた。


「まあ今回は全員手を貸す気でいるわ。グローディアも回収して来て話をしたら『出来る範囲で手を貸す』と言っているしね」


 あのツンツンクイーンのグローディアですら手を貸してくれるんだ。

 嬉しいような、後でとんでもない請求を回されそうで怖い気もするけど。


「あ~。うちの従姉は現在どんな感じで?」

「ん? 最近は深部を巡っているらしくて、今はグチャッとしてドロッとしてベチョッとしてるわ」


 どんな状況ですかそれ? 全く想像出来ない……あっスライムか。


「……なかなかの大惨事な気がするんですが?」

「気のせいよ。この中に居ればよくあることよ」


 ノイエの中の常識は外の世界では非常識なのだと理解して欲しい。




~あとがき~


 大量殺人をしたせいでアイルローゼに対する評判は物凄く悪いのです。

 でもそれだって…この続きはいつかの過去編で語ることとしましょう




(c) 甲斐八雲

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