みんなを救う

「アルグスタ様。お話は聞きました。何でもお休みになるとか」

「ええ。ノイエと結婚してから王都を出ての休みなど得られませんでしたから……何よりノイエの代わりが

来ましたからね」


 ニッコリと笑って話相手であるカエデさんを見る。


 鍛練をしているから動きやすい姿……とかいう発想が無いらしい彼女はいつも通り着物姿だ。

 着物に関しては詳しくないからあれだけど、よくそんな物を着てて動けるなって変に感動すらする。

 彼女が動くと我がユニバンスの精鋭部隊を含め野郎共の野太い悲鳴が木霊するのだ。

 スタスタと歩いて敵味方含めて全員が地面に転がる鍛練……これって鍛練なのか?


「まさか村自慢の猛者たち30人が、ノイエの代わりも務められないとか言いませんよね?」


 ギラッと睨んで来たカエデさんが全身を震わせた。

 汗を拭った布をお付きの女性に預け、今は2人きりなので敬語とか無くフレンドリーに会話だ。

 こっちはそう接したいのだけれど、お姉ちゃんからのオーダー通りにすると高圧的になる。不思議だ。


「ご心配無用です。もし出来ないと言うならば私が端からその首を飛ばして回りますから」

「……出来たらその刃をドラゴンにでも向けて下さい」


 怖いわ~。このお姉さん本気で怖いわ~。

 余り焚きつけるとこのお姉さんは本気で暴走しかねない。ホリーの忠告通りここは飴と鞭の飴の出番です。


「それとカエデさんからお頼みされていたケーキ製造に関することですが」

「っ!」


 もっと怖い視線がこっちを向いて来たよ。


「お店の職人に聞いたら『3年弟子入りするなら技術を伝える』ということでした」

「3年ですね」


 ギラッと危ない視線を巡らせ彼女は、傍にいる女性に声をかけた。


「ヤヨイと申します。これをお店に預けますので、煮るなり焼くなり抱くなり好きにして貰っても構いません。好きにしてください」

「……煮たり焼いたりしたらダメでしょう?」

「構いません」


 何より突然の言葉にヤヨイと呼ばれた女性が肝を冷やしているよ?


 捨てられた小犬のような目でカエデさんを見つめる姿が……深く考えるのは良そう。同性愛者の思考は僕には分らない。

 控えているポーラから紙を受け取りペンを走らせて紹介状を書き上げる。


「これを持ってお店に行けば働けるようになります。確り修行をしてください」

「お預かりします」


 黒髪の日本人っぽいヤヨイさんは心此処に在らずと言った感じだ。

 頑張れ。ケーキ作りを極めればきっとカエデさんは貴女を手放さなくなるだろう。そう考えると物凄く遠回しなディープなラブだな。やはり理解は出来ないけれど。


「ところで最近モミジさんを見ないのですが?」

「ああ、それですか」


 逝っちゃった目でお姉さんがこっちを見て来た。

 屈折した姉妹関係はどうでも良いんですけど、一応彼女は自分の部下なんで無断欠勤とか正直困るんですよね。


「どうも最近鍛練を怠けているようなので、ドラゴンを500匹狩って来いと命じました」

「……」


 出たな脳筋。だが大人の僕は決してツッコまない。


「そうですか。早く終えると良いですね」

「ええ。本当に」


 クツクツと笑うお姉さんも怖いが……何故かポーラが僕まで見てビックリした表情をしている理由を問いたい。




 カエデさんたちが鍛錬がてら使っている広場を出てお城に向かう。

 ナガトの背に乗りゆっくり移動してたら、前に座るポーラが遠慮がちにこちらを振り向いた。


「にいさま」

「ん?」

「ねえさまとふたりですか?」

「だね」


 シュンとするポーラの気持ちは分かる。

 だけど戦地にこんな可愛い妹を連れて行けようか? 否。断じて否だ。


「今回はポーラはお留守番です」

「……はい」

「でもお留守番も大変だぞ?」

「たいへん?」


 首を傾げる姿が本当に愛らしいな。


「僕たちが留守中にお屋敷をちゃんと管理すること。もちろん勉強だってしないとダメです」

「はい」

「そろそろ魔法の勉強だって始めないといけないし……誰か先生を探さないとな」

「……はい」


 グッと握り拳を作ってポーラがやる気を見せる。

 どこかノイエチックでその姿が可愛らしい。


「僕らが戻って来るまでにポーラが何処まで成長するかも楽しみだな」

「はい」


 やる気を見せる彼女をウリウリと撫でて僕らはお城へと向かった。

 休みまでに仕込みと準備が山盛りなのです。




「準備は終えました」

「はい」


 ノイエがペタンと座りこっちを見て来る。僕も向かいに座り彼女を見る。今夜も可愛い。

 僕らが休むことで各方面から苦情が来たそうだが、それは馬鹿兄貴曰く『共和国から賄賂を貰っている奴らだろうな』との言葉だったので苦情に関しては完全に無視した。


「ノイエ。何をするか分かってる?」

「旅行」

「で、本当の目的は?」

「……大丈夫。明日には思い出す」

「もう」


 ピンッとデコピンしてノイエに注意を促す。

 額を両手で押さえたノイエが軽く頬を膨らませた。


「ユーリカの約束を果たしに行くんです」

「思い出した」

「何するの?」

「……全員殴る?」


 間違っていないけどたぶん間違ってますね。


 心の底からため息を吐き出して、ノイエの首に準備しておいた物を掛ける。

 銀色の鎖に繋がれた銀色のペンダント。その中には彼女の"お姉ちゃん"の遺髪が納まっている。

 でも一本のみだ。残りはノイエの希望通り額に入れて飾ってある。


 経験豊富なスィーク叔母様に聞いたら、死者を弔うのことに形など必要無いらしい。自分たちの一番納得出来るスタイルでやれば良いのだ。


 ペンダントを手にしたノイエがそれをジッと見つめると顔を上げた。


「みんなを救う」

「思い出した?」

「はい」


 でもノイエの目が真剣だ。

 らしく無いほど真面目で……それだけにユーリカの存在が彼女の中では大きかったのだろう。


「なら全員を救う。どんな風になるかは分からないけどね」

「はい」


 ペンダントを両手で持ったノイエがコクンと頷いた。

 すると……その色が変わった。赤い色へ。




~あとがき~


 モミジはドラゴン500匹退治するまでって…ユニバンスのドラゴンが居なくなりそうな勢いですなw

 ノイエはお姉ちゃんとの約束を思い出し、そして彼女の登場です




(c) 甲斐八雲

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