Main Story 12
逆らうなら全員食い殺す
セルスウィン共和国内マリスアン邸宅
「マリスアン殿! 失礼する!」
普段なら立って居るはずの衛兵の姿も無く、使いである彼は腹の底から声を発して屋敷の中に入る。
いつもなら綺麗に掃除されている玄関広間は床に土が溜まっていた。
何日掃除していないのか……使いの者は不審な様子に眉を寄せた。
「誰か居らぬか! 自分はハルツェン様の指示でマリスアン殿に手紙を届けに来た!」
普通ならここまで礼儀に反することはしない。だが屋敷の様子が異常なだけに使いの者は恐怖を誤魔化すように声を張り上げるのだ。
と、2階から続く階段をゆっくりと妖艶な美女が降りて来る。
鮮血を連想させる赤いドレスを身に纏った彼女は……屋敷の主人であるマリスアンだ。
「これは使者殿……何かご用で?」
誘惑的な視線に彼はドギマギする。
今までに何度も魔女の姿を見て来ているが、今日ほど『美しい』と思ったことは無い。
「此度ハルツェン様がセルスウィンの国家元首となることが決まりました」
「あらそう? 選挙はどうしたのかしら?」
「立候補した者がハルツェン様だけでしたので無投票で任命されたのです」
「あら? そこまでこの国を掌握していたのね」
クスクスと笑い、階段を降り終えた魔女は彼を誘うように奥へと歩き出す。
薄暗い屋敷の奥に嫌な気配を感じながらも彼は唾を飲み込み覚悟を決めた。
新しく主となったハルツェンは厳しい人なのだ。失敗など決して許されない。
「失礼ながらマリスアン殿。執事やメイドは?」
「ごめんなさいね。最近他国の密偵が紛れていることに気づいて全員処分したの。少し汚れていることは理解しているけれど……代わりの者が見つからなくてね」
「でしたら自分たちが手配しましょうか?」
「前の者たちも前国家元首が手配した者たちよ?」
口元に手を当てて声を発せず笑う彼女は、部屋のドアを開いた。
『どうぞ』と誘われた気がし、彼は拳を握り部屋の中に入る。
カーテンの閉じられた部屋は薄暗く……人の気配も無い。
「何故カーテンを?」
「閉じたままで開けていないだけよ。言ったでしょう? 今は1人だと」
「そうでしたな」
下座に当たる位置に置かれたソファーに腰かけ、彼はカーテンを開けに行く魔女を視線で追い続ける。
ゆっくりとした歩みで近寄り、ゆっくりとカーテンが開かれた。
柔らかく差し込んで来る光に室内が照らされ……彼は必死にそれを我慢した。
壁際に置かれた棚の上に並ぶ人間の頭部を収められそうな瓶が並んでいる。ひと目でそれが把握できた理由は、実際に人の頭部が収められて並んでいるからだ。
透明の液体の中に並ぶ頭部は男性と女性。彼はその中にこの屋敷で働いていた執事やメイドの顔を見つけた。
「ああ。物騒な物が並んでいたわね」
「……これらは?」
「新しい魔法の実験材料よ。死んだ人間の頭の中から記憶を拾い出す術の研究をしているの」
ゆっくりと瓶に歩み寄りマリスアンは指先で瓶の側面を弾いた。
その瓶に収まっているのは彼女がこの国に訪れてから忠実に仕えていた執事の頭が入っていた。
《狂っている》
そう思い感じた彼は、早くこの場から逃げるべきだと判断した。
「密偵のことはハルツェン様にご報告しましょう。それでマリスアン殿」
「何かしら?」
「ハルツェン様からの手紙にございます。ご確認のほどを」
「良いわ」
クスッと笑い瓶の中身を眺めていた彼女は、彼と向かい合うようにソファーに向かい歩く。
ゆったりとした動作で腰を落ち着け……その足を動かし膝を組む。
チラリとドレスの隙間から下着を覗かせる相手に、彼はサッと視線を逸らした。
「こちらになります」
「ええ」
軽く立ち上がり手紙を渡した彼は、ソファーに座り相手の反応を待つ。
手紙を受け取ったマリスアンはその表面を眺めて……自分の背後にそれを投げ捨てた。
「マリスアン様?」
「読む必要なんてないわ。どうせ私に自分の統治を手伝えと言う話でしょう? もう興味無いの」
「……」
不穏な気配を感じ彼は軽く腰を浮かしかける。
だがそれ以上は動けない。
自分の首元に、背後から突き出された剣の刃が触れたのだ。
「今の私はただの求道者よ。最強の力を手に入れて私に従わない存在はすべて排除する」
ゆっくりと魔女は立ち上がり、自身が着ているドレスの胸元に両手をかけるとそれを引き裂く。
彼はそれを見た。
人の体にはあり得ない物がそこに存在していた。
「この力で、私はこの世界に私の王国を築くのよ」
「あっ……」
目の前の魔女を恐れ彼は自分の首に刃が食い込むのを忘れ、立ち上がろうとする。
だが逃げられない。
彼女の胸から生えたそれが彼に向かい口を広げて飛びかかって来たのだ。
「うわぁぁぁ~!」
絶叫が響き……そして静かになった。
「定着して来たわね」
ドレスを脱ぎ捨てながらマリスアンは笑う。
愛おしそうに自分の胸の谷間に埋まる物を撫で……そしてゆっくりと振り返る。
首だけとなった使者に目を向け、まるで少女のように笑ってみせた。
「これで私は最強を手に入れた。ユニバンスのあの小娘にも負けないほどの力を」
静かに歩き出し……マリスアンは床に落ちている手紙を拾うと、その裏側に口元の血を指先で拭い文字を書く。
「もうここも要らないわね」
手紙を放り彼女は部屋を出た。
残された手紙にはこう書かれている。
『私に逆らうなら全員食い殺す』と。
~あとがき~
ぶっちゃけ殺した相手の頭をコレクションしていた魔女です。
深い意味はありません。本当です。マジですからね?
(c) 甲斐八雲
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