Side Story 05 番外② 『不幸なエレイーナ』
これでお前は立派な飼い犬だ
目の前に絶望が居る。
短剣を手にした少女のような女性と片刃の細い剣を持つ細身の男性。2人組の化け物だ。
良く分からないが指示しに従い、宿屋の手伝いとして忍び込み……夜中に仲間たちを宿に招き入れれば十分のはずだった。なのに仲間を招き入れたと同時に全員の首が飛んだのだ。
夕方から終始大暴れしていた2人組だから、深夜はぐっすり寝ていると思ったのに。
通路が血痕で濡れ、肉片が壁に新しい飾りとなる。
絶望を、地獄を、具現化したような状況に……腰を抜かし壁に寄りかかる女性は、自身の今までを顧みた。
セルスウィン共和国の片田舎で生まれた彼女……緑の髪で緑の瞳のエレイーナは、行商人の父親に付いて各所を回る生活を過ごしていた。母親は自分を生んだ出からしばらくして、実家に帰りそれ以降連絡はないらしい。
子供の頃は理解出来なかったが、大きくなると理解出来た。
母親は行商と言う仕事を嫌ったのだろう。
確かに大変な仕事だ。天候に関係なく荷を運び、治安の悪い場所にだって出向く。
泊まる場所だって雨露を凌げれば十分なことも多く、下手をすれば外から覗かれるような建物で暮らすこともあった。
不自由で決して贅沢なんて出来ない暮らしをいつまで続けるのか分からない。
それでもエレイーナは我慢した。何より別の選択肢が無かったからだ。
父親と一緒に行商を続け、共和国内の主要な街は全て行った。一発を狙い隣国のユニバンス王国にも行き商売もした。
結果として……儲けは増えずに借金が増えた。
親子で奴隷商にお世話になることになったのは仕方の無いことだ。
首枷と手枷をはめられ、自身が番号と金額を決められ商品となった時……エレイーナは理解した。
母親が正しかったのだと。
行商人としてユニバンス王国で商いをしていた経験を買われ、娼館に売られること無く共和国の裏の仕事をしている集団に拾われた。
まずメイドとしての知識を叩きこまれ、それから密偵に必要な知識を叩きこまれる。
恋愛や結婚など無縁なまま17となり、ユニバンス王国へと派遣させられることとなった。
帝国の息の掛かったユニバンス貴族の屋敷で働きながら、その貴族が裏切っていないかを報告するのだ。
食うに困らず安定した仕事のお陰で、初めて平穏な日々を過ごすことが出来た。
このままこの日々が続けば良いと願っていたのに……終わりは不意に訪れた。
ユニバンス王国にドラゴンを倒せる者が現れたと言うのだ。それも3人もだ。
その内2人の女性はユニバンス王都に留まり、唯一の男性である者が王都を抜け出し国内を走り回っているという情報が届けられた。
ユニバンス王国に滞在している各国の密偵は上へ下へと大騒ぎになった。
エレイーナは自分には関係無いと、夜伽に誘って来る貴族の攻撃を回避し続けていた。
しかし密偵たちが次から次へと狩り取られ、遂にエレイーナにまでお呼びがかかった。
標的は街の宿に滞在するはずだと、自分同様にメイドをしている者たちが宿屋に派遣され……運悪く当たりを引いてしまったのだった。
「あっあわっ」
どうにか逃げようと必死に足を動かし後方に下がろうとする。
ジタバタともがいて逃れようとするが遅々として進まない。
化け物2人が襲撃者の荷物を漁り、金品から指示書まで漁り……そしてその目がエレイーナを見た。
「ゆるっ……殺さないでっ」
「ふむ。非戦闘員か」
「だね~。可哀想に」
2人は武器を手に近づいて来る。
もう死んだと諦め、自身の尻が生暖かく濡れるのを感じながら……エレイーナは恐怖の余り気を失った。
「えっ?」
目覚めたことにエレイーナは驚いた。
辺りを見渡すと牢獄らしい。懐かしい首枷と手枷がはめられていた。
それでも自分は殺されなかったことに感謝しつつも、下着姿である現状に恥ずかしくなった。
ただ特に何も無く時間が過ぎ、不意に牢のが開くと巨躯な男性が入って来た。
「お前が捕らえられた密偵か」
「……」
「名前は?」
「……エレイーナ」
黙秘や抵抗などしても相手の気分で殺されるかもしれない。
エレイーナは生き残る為に何でも売ろうと決めた。
「何をしていた?」
「はい。実は……」
あっさりと全て白状する。自分が知るようなことは数少ない。重要機密など教えられる身分では無いので知っていることを、特にメイドとして働いていた貴族のことは詳しく説明した。
話を聞いた相手はやれやれと頭を掻いて口を開いた。
「お前は本当に素直に話すな?」
「はい」
エレイーナに迷いは無い。必要だったら股を開いて玩具されても良い覚悟だった。
「あれか? ユニバンスの拷問官の存在でも知っているのか?」
「……」
知らないが何故か背筋に冷たい物が走った。
「まああれに掛かれば全員が口を割るけど……人間が壊されるからな」
「……」
そんな人物が出てくるくらいなら何でも話そうと心に誓った。
どうせ共和国に対してそれ程の恩も無い。生き残れるなら何でも売る。
必死に思い出しては求められていない知識まで話し、エレイーナは生き残ることに必死となった。
「潔いほど全部話すんだな」
「はいっ!」
「……そうか。元々は共和国の行商人か」
「はい!」
「……」
何とも言えない目で見つめて来る巨躯の相手にエレイーナは全力で笑顔を向ける。
「そこまでして生きたいか?」
「生きたいです!」
「そうか」
腕を組み相手は相手は考え込む。
すると牢の外に声をかけ、しばらくするとフードを被った人物がやって来た。
「呼ばないで欲しい」
「上司に暴言か?」
「上司だったら部下の気持ちを察して欲しい」
「言いようだな」
しかし男はフードの女性らしい部下に命じる。
やれやれと肩を竦めた女性は牢の中に入り、エレイーナの首枷を外すと代わりに首輪を巻いた。
「これは?」
「その昔、ユニバンスに居た性悪な魔女が作った魔道具の劣化版よ」
「魔女が?」
「そう。あんな複雑な物は作れないけど……簡単な物なら作れるの」
静かに魔法語を唱えフードの女性は首輪に触れる。
首にチクッとした痛みを覚えたがエレイーナは我慢した。
「正しい解除方法で外さないとその首輪は締まって貴女を殺すわ」
「……」
慌てて首輪に触れるが外れる気配は無い。
「指示に従わないとそれは締まるわ」
「……」
「与えた命令は『この国を裏切らない』ことよ」
「分かりました」
生き残れるなら何でもすると覚悟は決まっている。だから迷わない。
「仕事は終わった。戻るわ」
「はいよ」
牢を出て行くフード姿の女性を見送り、巨躯の男が歩み寄る。
「これでお前は立派な飼い犬だ」
「はい」
文字通りに首輪をつけられ……エレイーナは飼い犬となった。
だが彼女は知らない。
その運の無さはまだ継続していると言うことを。
~あとがき~
元々はミシュとマツバの2人がユニバンス国内を彷徨い他国の密偵を狩っていた時の話です。
そこでとある女性が捕まり、ユニバンスの飼い犬となってました。その名はエレイーナ。
この後の本編にてますます不幸っぷりを披露するはずの女性ですw
(c) 甲斐八雲
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