Side Story 04 番外① 『ノイエの中の人たち』

私たちは人じゃ無いんだから

 これは、アルグスタがノイエの中にやって来て帰った後の話です。




「ん~、んん~」


 鼻歌を奏でながらその人物は歩いていた。いつも何処かを彷徨い続けているレニーラだ。


 腰まである朱色の髪をなびかせて、黄色の瞳で薄くぼんやりと明るい通路を歩く。

 彼女が現在歩いているのは、大陸屈指のドラゴンスレイヤー……ノイエ・フォン・ドラグナイトの瞳の中だ。理屈やその他諸々の説明を受けた気がするが、忘れてしまったので気にもしていない。


 生きていると言うと語弊はあるが、でもこうして自分の体と自分の意思を持って活動できるのだから不満は……全く無いと言ったら嘘になるが、それでも不満は無い。

 特に最近は"外"に出て楽しむことを覚えたから気分は良いのだ。


「る~、るる~」


 鼻歌から変化し、適当な音を口ずさみ出す。

 昨日は外に出てこれでもかと言うほどに楽しんだ。思い出すと頬が熱くなってくる。

 自分の本来の体では無いから仕方ないけれど……それでもやはり人を愛するのは心地良い。


「ら~」


 軽くなった足取りで踊るように回りだす。

 舞姫と呼ばれた実力を遺憾なく発揮し、レニーラは楽し気に踊る。


「おっと……久しぶり~」

「やっぱりレニーラか」


 人の姿を見つけ踊りを止めたレニーラは、相手が誰だか分かると駆け寄った。

 床に腰かけ片足を伸ばし、もう片方を立てるようしていた人物は……仲の良いパーパシだった。

 青い髪が特徴的な真面目で優しい女性だ。


「パーパシがこんな場所に居るなんて珍しいね」

「そうかな? ……そうかもしれない」


 現在2人が居る場所は、中間域と呼ばれている所だ。

 ここから奥に進めば深部となり、そこに居る仲間たちは……今の状況に疲れ切ってしまった者たちが大半だ。


 その深部の傍に居る相手を見て……レニーラは隣りに座った。


「パーパシも疲れちゃった?」

「……そうだね。たぶんそうなんだと思う」

「え~? 一度外に出てみようよ? 旦那君は優しいから色々してくれるよ?」


『あ~んなこととかこ~んなこととか』と言って笑うレニーラを、パーパシは光でも見つめるような目を向ける。


「レニーラは疲れないの?」

「疲労困憊だよ! 昨日は旦那君と限界まで」

「そうじゃなくて……そんな存在で居ることにさ」


 真面目な声にレニーラもふざけるのを止めた。


「ん~。疲れは感じてないかな。だって旦那君を見てると毎日楽しいしね。それにここに居る人たちだって少しずつだけど変化してるんだよ? だから私はまだまだ平気かな」

「そうか……レニーラは凄いね」

「あはは~。凄くないよ。多分鈍感なだけだよ」


 ケラケラと笑ってレニーラは視線を上に向ける。

 何となく通路の天井を見上げて深く息を吐いた。


「疲れたって言う人の気持ちは分かるよ。私たちはここに居る限り絶対に死なない。罪人として処刑されたはずの私たちが死ねない体なんてどんな皮肉だろうって思うこともある」

「そうだね」


 対照的にパーパシは床を見つめて深い息を吐いた。


「死ねないこと。いつ終わるのか分からないこと。何の代わり映えの無い日々……確かに心が腐るよね」

「そうだね」


 分かっている。言いながらレニーラは分かっていた。

 確かにあの日あの時カミューは『最低だけど最悪では無い方法』と言ったのだ。


 罪人であった自分たちとすれば……唯一罪を背負っていない"あの子"を生かすのが正しい選択だった。

 心を壊し、色を失い、今にも消えてしまいそうな最も弱い女の子を。


「でも私は思うんだ」

「えっ?」

「私たちは皆してノイエに全てを押し付けてしまったんだって。全てを奪って全てを押し付けたんだって。なら……そんな悪いことをした私たちが、ノイエよりも先に音を上げちゃいけないんだって」


 笑いながらレニーラは反動も無しで立ち上がる。

 足捌きと自身の運動神経の良さで成し得る行為だ。


「だから私は最後までノイエと一緒に居るよ。ノイエが死ぬ時が私の死ぬ時だから」

「……それは皆そうでしょ?」


 馬鹿なことを言う舞姫にパーパシはクスクスと笑う。

 その笑い声にレニーラは顔を真っ赤にした。


「だから何て言うか心構え! そう心構えなの! 根性で一番最後に消えるの!」

「それは凄いわね」

「でしょ?」

「でも……しれっとセシリーン辺りが一番最後な気がするわ」

「アイルローゼも怪しいよね。あの化け物たちは本当に考えられないことをするから」


 言ってて2人は何となく腕を擦った。

 セシリーンには今の言葉が届いていると思うが、アイルローゼにまで届いて良そうな気がしたのだ。


「化け物で思い出した」

「なに?」

「エウリンカを見かけたわよ」


 パーパシの言葉にレニーラの表情が変わる。

 新しい玩具を見つけたような少年のような顔になった。


「何処で何処で? エウリンカは無音無気配で床を這いまわってるから本当に見つからないんだよね! 最後に見たのはいつだろう?」

「貴女とセシリーンに見つからないあの"化け物"も大概だけど」

「あはは~。でも久しぶりにエウリンカに会いたいかも。どうだった?」

「ええ。禁断症状を出して苦しそうだったわよ」

「あはは~。なら逢って伝えてあげないと」


 クルクルと回りだし、レニーラは今にも走り出しそうな気配を見せる。


「パーパシも奥に引っ込むなら……一度くらい外を見てからでも遅く無いと思うよ」

「そうね。考えておく」

「なら……待ってろ~! エウリンカ~!」


 放たれた矢のようにレニーラは駆けて行った。

 その背を見送ったパーパシは、小さく息を吐いた。


「外なんて見たら……辛くなるだけよ。今の私たちは人じゃ無いんだから」




~あとがき~


 結構前に出て来た割には出番の無かったパーパシです。

 彼女は代わり映えの無い生活に疲れ、全てを忘れて奥深い場所で世捨て人のように終わりが来る日を選択したっぽいですね。

 で、元気なレニーラは新しい玩具を発見した模様です




(c) 甲斐八雲

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