直ぐに~帰って~来るね~

「写生会ですか?」

「ええそうよ」


 師であるアイルローゼに命じられ、ミローテは全員分の絵画道具の手配をすることとなった。

 代金は天才児と名高い彼女のポケットから出される。随分と蓄えているから痛くも痒くも無いだろうが。


「どうして突然に?」

「学院長の指示よ」


 呆れつつもアイルローゼは軽く頭を掻いた。


「魔法使いはその分野にだけ才能を傾けてしまう。でももしかしたら隠れた才能が埋まっているかもしれないでしょう? それを掘り起こす一環として今回は写生することとなったのよ」

「いきなりですね」

「そう思うわ」


 ため息交じりでアイルローゼはたまっている仕事に手を伸ばした。


「4人分と言うことは、先生もですか?」

「ええ。本学院所属の生徒は全員参加なのよ」


 軽く肩を竦めアイルローゼは笑う。


「私も現役の学院生ですから」

「……」

「何よ? その間は?」

「いいえ。ただ先生ってまだ学院生だったんだなって」


『あはは』と乾いた笑い声を残してミローテは逃げ出した。




「フレアは~リグ~並だね~」

「……む~っ!」


 制作に関しては絶望的なフレアは、シュシュの言葉にキャンパスに大きな『×』を入れて新しい物を準備しだす。

 いつも通りフワフワしているシュシュは皆の作品を見て回っていたのだった。


「ミローテは~絵が~硬いな~」

「硬いって何よ?」

「もう~少し~明るい~色を~足した~方が~良いぞ~」

「……明るい色?」


 全体的に色の重ねすぎな部分もあるが、ミローテの絵は悪くない。


「ソフィーアは~凄い~ぞ~」

「そうかな?」

「とても~細か~すぎて~軽く~引くぞ~」

「そう?」


 写生と言うより描写に近い作品に流石のシュシュも軽く引く。

 ただ余りに細かすぎるので時間内に完成は難しそうだ。


「リグのは~……何だぞ~?」

「アイル」

「……」


 キャンパスいっぱいに赤い色と黒い色とが混ざり合っている。

 次いで肌色を作り出している様子からどうやらこれは顔らしいと理解した。


「頑張れ~」

「うん」


 本来学院生でないリグは描く必要は無い。でも皆がしているのに自分がしないのは寂しいから勝手に参加したのだ。道具はアイルローゼの物を使っている。

 つまり横に道具の持ち主である天才児が居るのだ。


「アイルローゼのは~……どうして~被写体が~凍り~付いて~いる~のだ~?」

「動かれたらちゃんと描けないでしょう?」

「そっか~」


 怖くなってシュシュは逃げ出した。

 どうやら天才児は最後まで被写体が停止していることを望んでいるらしいのだ。


 それからずっとシュシュは絵を描く皆の様子を見て回っていた。

 とても楽し気で……自身は全く描くことをせずにだ。




「あら?」


 今日も研究室に向かおうとしたアイルローゼは、それを見て足を止めた。

 先日の写生会で何もせず彷徨っていたシュシュが、女子寮の談話室で寝ているのだ。

 ただしその傍らにはキャンパスがあり……そこにはとても暖かな様子で笑顔の『みんな』が描かれていた。


「そう。これがシュシュの望む世界なのね」


 小さく笑いアイルローゼは自身が羽織っていたローブを脱いで寝ているシュシュに掛けてやった。


「良い絵ね。本当に」


 しばらく見つめ……アイルローゼは止めていた足を動かし仕事場へと向かうのだった。




「あれ? シュシュまだ居たの?」

「ん~」


 談話室の一画でフワフワしている幼馴染を見て、青髪のミャンが何とも言えない様子で頭を掻いた。


「またその絵を見てたの?」

「ん~。我が~人生で~最高の~傑作~なんだぞ~」

「はいはい」


 適当な返事を返してミャンは彼女の横に並んで一緒に絵を見る。


 提出期限を守らなかったと言うことで、シュシュの作品は選考除外となった。だが、とある赤毛の天才児がそれを引き取り女子寮の談話室に勝手に飾ったのだ。それも術式の力まで使って撤去不能として。

 お陰でシュシュは自分の作品なのにこうして眺めることしか出来ない。


「ミャン~」

「何よ?」

「……みんな~元気~かな~?」

「どうかしらね」


 答えてミャンは寂しげに息を吐いた。


 中心に描かれているアイルローゼとその弟子たちはもう学院に居ない。

 1人は居場所がはっきりしているが、残りの3人はどこに居るのか分からない。特にアイルローゼとミローテに関しては手掛かりすらない。

 ポーパルは戦死しているし、キルイーツとリグは学院を出て王都で妹夫婦と一緒に診療所をしている。

 シューグリッドは学院に残っているが、素行不良が目立ち過ぎて講師の地位をはく奪された。


「逢いたいね~」

「そうね」


 フワフワしているシュシュの頬を軽く突いて、ミャンは彼女の注意を自分に向けた。


「実家に帰るんでしょう?」

「ん~。見合い~話とか~本当に~嫌なんだけど~」

「でも相手は良い所の貴族なんでしょう?」

「ん~。面倒臭い~」


 本気で嫌がっているシュシュは不満げに揺れた。

 それでも結婚適齢期な彼女にはその手の話がやって来て止まらないのが現状だ。


「ミャン~みたいに~全く~来ない~方が~良いぞ~」

「男を毛嫌いしてれば良いのよ」

「それは~それで~嫌だぞ~」

「どう言う意味よ?」


 あはは~と笑って逃げ出したシュシュを追ってミャンも廊下へと出る。

 と、幼馴染が揺れるのを止めた。


「ミャンはこの新年は学院に残るの?」

「ええ。誰か年長者が残ってあげないと……帰宅できない子たちが不安になるでしょう?」

「あはは。ミャンは本当に面倒見が良すぎるんだよ」


 笑ってシュシュは軽く幼馴染との距離を詰めた。

 正面から相手を抱きしめる。


「どうしたのよシュシュ?」

「うん。少し怖くなっただけ」


 手を放してシュシュは笑う。


「ミャンは何処かに消えないでね」

「ええ。分かっている。だからさっさと行って破談にして帰って来なさい」

「ほ~い」


 またフワフワを再開してシュシュは廊下を歩いて行った。


「直ぐに~帰って~来るね~」


 クルクル回りながら大きく手を振って。




 それからシュシュが魔法学院に戻って来ることは無かった。

 彼女は新年の祝いで帰宅していた所であの日を迎え……そして全てを殺して捕らわれたからだ。




~あとがき~


 シュシュは実家で、ミャンは学院であの日を迎えました。

 そして捕らわれて処刑されたのです。資料の上ではですが。


 これにて学院編はお終いです。

 落ち着いて考えると施設編で重複する部分が多いので制限がきつかったっすけどね。なぜ書いた?


 次話からは本編をと思ってましたが、番外編を3話挟んでから本編の再開です。

 主人公が出ないから番外編扱いですけど、ある意味で本編です




(c) 甲斐八雲

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