完全に誘導したよね?

 近衛がクロストパージュ領に向かって5日が過ぎた。


 ナーファは見た感じ幼子だらけの僕の執務室に慣れ、皆と普通にケーキを食べる仲になっている。

 たぶんここで精神的な癒しを得ているのだろう。夜になると我が家にてメイドさんたちからの過剰なまでのお世話を受けてヘトヘトになっている。


 最近気づいたのだが、どうもうちのメイドはノイエの相手をずっとして来たせいか、世話好きに成長しているのだ。そんなメイドさんたちから見るとナーファは格好の獲物……では無く最高のお客さんなのだろう。下手をすると『ベッドの中まで入って来る』とナーファがマジ泣きしながら訴えてくるほどに、だ。


 普通なら『頑張れ』で受け流すのだが、ここ最近の観察で判明した。

 ナーファもまた世話焼きさんなのである。


 執務室に来ると解放された感を存分に発揮し、ナーファは甲斐甲斐しくキャリミーの世話を焼く。

 多分……彼女は自分の隣に座りケーキを食べている少女が、現王妃だとは気づいていないのだろう。お姉ちゃん的な振る舞いを見せ、チビ姫の口元のクリームを拭ったりしてるしな。


 近衛団長が留守のお陰で事務仕事は増えたが、本気の僕が屈するはずも無くすべて処理は終えている。

 だからこうして待っているんだ。クロストパージュ領から先触れは来ている。今日の夜か、明日の朝に前王が王都に到着するはずだ。


「失礼します。アルグスタ様」

「あれ? メイド長……久しぶり」

「はい」


 音も立てずに入り口に立つ女性が一礼して来た。

 ここ最近姿を現さなかった人物に、チビ姫がナーファの背後に隠れて彼女を盾にする。何も知らないナーファは、首を傾げたまま妹でも守る様子でチビ姫を抱きしめた。

 一瞬だけメイド長がそっちを見たが、スルーして僕の元へと歩いて来る。


「もしかして到着した?」

「いいえ。ですがその前に、貴方様に前王からことづけがございます。どうか御足労のほどを」

「ん? まあ良いけど。ノ」

「奥様は抜きでお願いします」


 そうなの?

 立ち上がりかけたノイエに視線で『待ってて』とお願いしたら、通じたらしく座り直してくれた。

 食べかけのケーキにすぐさま手を伸ばしたのは……食べきりたかったとかじゃないよね?


「こちらにございます。アルグスタ様」


 メイド長の案内で僕は部屋を出た。




 案内されたのは、お城の奥の方にある何の変哲もない一室だった。

 余り人の出入りが無いのか、空気が何となく澱んでいる。


 歩きながら受けた説明だと、この辺りは国王陛下の専用区画らしく普通なら入れないらしい。

 そんな場所に僕を連れて来るメイド長は、ある種の超越した存在だから気にしない。


 メイド長の案内で室内に入ると……ある一画に目が留まった。

 山と積まれている書類だ。そして一番上に黒革の手帳らしき物が置かれていた。


「メイド長? あれは?」

「ええ。貴方が探していた『あの日』に関する書類です」


 行方不明になっていた?

 慌てて駆け寄ると、確かに見覚えのある書類だった。


「それとウイルモットが集めた資料と彼が書き残した手帳などもあります。ここにある物が、この国に現存する『あの日』に関する資料の全てでしょう」


 パパンを名称では無く名前で呼ぶ。今の彼女は叔母であるスィークさんだ。


「どうしてこれを?」

「頼まれました。『自分が死ぬようなことがあれば』と。瀕死と言うことなのでその条件を満たしていると判断し、貴方にこれを」


 ゆっくりと視線を向けると、彼女がエプロンを外していた。

 なに? 何が起きるの?


「それとアルグスタ」

「はい」


 一瞬彼女は目を伏せ、そして真っすぐに僕を見た。


「……わたくしの夫であるウイルアムも死にました」

「はい?」


 ちょっと待って。それは全く知らない話なんですけど?


 スィークさんが一通の手紙を僕に差し出す。受け取り開いて見ると……その内容に息を飲んだ。

 まさか……王弟様があの場所を作ったの? ならノイエたちを苦しめたのは。


「前に得た借りの払いはこれで。その手紙の内容は他言無用に願います」


 ふんわりと一礼し、彼女が読み終えた手紙を回収する。


「宜しいでしょうか?」

「ああ。分かった」

「ではわたくしは、これで」


 静かに立ち去る背中を見つめ、僕は力無くその場に座り込んだ。


 あの場所を作ったのは、王弟ウイルアム様だった。直接関係は無いが、間接的に僕も加害者の一族ってことか。あはは……このことを知ったらみんなどう思うんだろう? また血気盛んな誰かに命を狙われるかもしれないな。うん。でも伝えよう。ノイエの家族には伝えないとな。


「よしっ!」


 迷っていても仕方ない。パパンが来る前に……確か右耳の下を軽く叩けば良かったんだよな?


「ノイエ。直ぐ」

「はい」

「……速いよ」


 呼びかけている最中にノイエがやって来た。


 先生に頼んで『遠耳』の術式の仕様を変更して貰ったから、きっとノイエは何も聞こえないことに心配していたのかもしれない。

 現に床に座っている僕を見てちょっと泣きそうだしね。


「大丈夫?」

「うん平気。で、ノイエ」

「はい」

「あそこにある書類の山を、僕らの屋敷の寝室に運んでくれるかな?」

「全部?」

「うん」

「分かった」


 トコトコと書類の元に歩いたノイエが、一番上の黒革の手帳に手を乗せる。


 何をするのか眺めていたら……また常識外なことをし始めたよ!

 ノイエの掌からモヤモヤとした光が溢れ、書類の山を全て飲み込んで行く。

 まさかの異空間収納っすか? 何そのチート? 僕も欲しいっす!


「ノイエ。今のは?」

「異世界召喚」


 あ~。あったね。ノイエのスキルにそんなのが。って召喚なのに消えた理由を述べよ!


「何処に行ったの?」

「知らない」

「……出せるの?」

「はい」

「……本当に?」


 と、念押ししてたらノイエの色が変わった。


「この子を言葉を疑うなら殺すわよ」

「……突然あんなの見せられたら不安になるでしょ?」

「大丈夫よ。あの魔法を最も理解しているのはノイエなんだから」

「そうなの?」


 少しだけ記憶力に難のあるお嫁さんなので心配なのです。

 だけど先生は赤い髪を震わせて息を吐いた。


「あの魔法は、私が唯一ノイエに教えた物よ」

「何で異世界召喚を?」


 キッときつい目で先生が睨んで来た。


「……なら貴方は、ノイエに直接人を殺す魔法を教えた方が良かったとでも?」


 あ~。そう言うことか。納得し過ぎて泣きそうになった。

 薄っすら浮かんだ涙を拭っていると、ため息越しに先生の声が聞こえて来た。


「ノイエの莫大な魔力を使っても、移動用の大鷹を呼び出すのが精一杯だけどね。それでも他の物も僅かな時間なら呼べる。そうすることで彼女は生き永らえたのよ」


 言って先生は壁に背中を預けて笑う。


「何よりあの子は意外と横着するから……あれで荷物運びを編み出して、そっちの方が重宝がられたけど」

「あ~。ノイエって意外とそう言う場合があるよね」

「次にあの子の悪口を言ったら殺すわ」


 完全に誘導したよね? ズルくない?




~あとがき~


 ノイエに人を殺すような魔法を先生が教える訳無いのです。でも…




(c) 甲斐八雲

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