家族の傍で死するのも大切なことだ

「ふぅ……」


 深い息を吐き出し、手を拭っていた布を投げ捨て彼は椅子に腰かける。

 久しぶりにここまで自身の力を酷使した。

 それでも思い描く完璧は遠く、彼はまた額を押さえて息を吐く。


「先生」

「王子か」


 こちらの様子を伺っていたかのようなタイミングでハーフレンは部屋の中へと入って来た。

 立ち上がり迎えようとするキルイーツに、近衛団長である彼は気を遣い軽く手を挙げてその動きを制した。


「前王の具合は?」

「ああ。あの時の……前王妃の時よりかはまだ良い」

「なら」

「年齢が母親の時と同じであればな」

「……」


 微かな希望すら現実が打ち砕く。希望など最初から残っていなかったのだ。


 急ぎ街道を進んで来たハーフレンたちは、そのままクロストパージュ領の領主屋敷へと急行した。

 彼からすれば幼少期に過ごした屋敷だ。馬を飛び降り腰を痛めて苦悩する医者の首根っこを掴んで、父親が居るであろう賓客用の部屋へと駆け込んだ。


 ベッドに寝かされた前王の姿は……酷いとしか言いようが無かった。


 両足は完全に潰され、背中には槍で抉られたような傷もあった。何よりドラゴンたちの攻撃を受け、全身至る場所に爪痕が残っている状況だったのだ。

 それを見たキルイーツは、数人の治療経験を持つメイドたちに手伝わせて治療を開始した。

 

 治療は医者に任せハーフレンは詳しい情報を求める。

 前王が微かに命を長らえたのは……幸運にも街道傍でクロストパージュ家所属の魔法戦士隊の者たちが、野良競馬をしていたからだ。


 この時期限定で各自が馬を持ち寄り競い合うその場に踏み込んだ不届きな騎馬とドラゴン。


 競争の邪魔をされ、怒りに任せて暴れた魔法戦士たちによってドラゴンは討伐された。

 そして季節外れのドラゴンを連れて来た傷だらけの者の様子を見に行った戦士が、偶然にも領主であるケインズの傍で護衛の経験があり、前王を顔を知っていた居たから、ことの重要性が理解され急いで領主屋敷にウイルモットが運ばれたのだった。


 幸運にも駿馬だけは数が揃っていたこともあり、王都への早馬に事欠かなかった。

 それを聞いたハーフレンは、後でミシュの実家に何頭か纏めて用立てし戦士たちに送ることと決めた。


 ただ……ウイルモットの幸運はそこまでだった。

 余りに酷い傷に打つ手も無く、止血優先の治療で数日を過ごしたことが命取りとなっている。

 いくら天才と言われたキルイーツの腕をしても、失われている命の源までは補充出来ない。


「王子よ」

「はい」


 キルイーツは前王の息子にそのことを告げる覚悟を決めた。


「馬車の手配を」

「ですが先生?」


 静かに視線を向けて来る彼にハーフレンは何となく悟った。


「家族の傍で死するのも大切なことだ」


 彼の言葉が全てなのだろう。故にハーフレンも覚悟した。


「……分かりました。至急馬車を準備します」


 一礼をし立ち去る彼が十分に離れたことを感じ、キルイーツは立ち上がり……目の前の机を引っ繰り返した。


「まただ! また救えん!」


 やり場のない怒りと自分の無力さに彼は吠える。


 不可能であった治療魔法に絶望し、それでも命を救いたく続けて来た医者としての力でも……救える命など両の手で微かにすくえるほどしかない。

 大半が指の間をすり抜け死んで行くのだ。


「救えん。誰一人として結局は救えん」


 あの日もそうだ。妹夫婦は命を失い、唯一隠されていた姪だけが助かった。

 そして妹たちを殺したのは……自分が最も大切にしていた『娘』だったのだ。


「救えんよリグ。結局この無能は……誰も救えんのだ」


 床に膝を着いて彼は泣いた。

 救えなかった者たちのことを思い……そして泣いた。




「馬車の手配はこちらで」

「助かります」

「いいえ」


 現当主見習いであるテイルズは、父親であるケインズを全体的に優しくした感じの人物である。

 決して父親よりも劣るとは思えない才能を示しているが、それでも前当主が偉大過ぎて比べられると肩身の狭い思いをさせられている。

 自身の兄に通じるものを見て、ハーフレンは彼に対して同情的だ。


「フロイデ小母さまは?」

「王都に向かうにあたり、王家の保養所に立ち寄ってから行くと言って……お恥ずかしい話です」

「良いじゃないですか。貴方が後を継いでようやく休めるのですから」

「『半人前』と怒られてばかりですよ」


 30半ばの彼が疲れた様子で笑い、そしてその表情を正した。

 辺りに……メイドに目を向け部屋を出るように促す様子に、ハーフレンも何かを感じ部下を下がらせた。


「ご配慮感謝します」

「いいえ。こちらとしては父親を助けて貰いましたから」

「なら……ここからの話はどうかその胸の内に」

「?」


 距離を詰め切羽詰まった様子の彼にハーフレンは眉を寄せた。


「前王を襲撃した者ですが」

「分かっているのですか?」


 コクンと頷く相手を見つめ、言いようの無い不安を覚える。

 ハーフレンは我知らず唾を飲み込んでいた。


「どうも『フレア』らしいのです」

「っ!」


 息を飲みハーフレンは声をあげるのを堪えた。


「出血の熱でうなされるウイルモット様が『止めるのだフレア』と何度も。

 それを聞いたメイドには決して他言しないように命じてあります。必要であれば口封じも」


 告げている相手が"誰か"を知っているからこその申し出だろう。

 最悪メイドの口を封じてしまえば、前王の襲撃者は"不明"のままだ。


 ハーフレンは一度目を閉じ、荒れ狂う自身の胸中を落ち着かせた。


「ここに来る前に現王も襲われた」

「……まさか?」


 テイルズの顔から血の気が失せる。


「傷一つ負ってはいない。ただ犯人はフレアだ」


 相手の心中を察して先に知りたいであろうことを告げ、ハーフレンは言葉を続ける。


「相対した様子から、フレアが狂わされ操られていたと現王の警護をしているフレイアの証言がある。

 だが王都では俺やクロストパージュ家を面白く思っていない者が多い」

「フレイアは嫁いでいるとは言え、元は我が一族の者。証言とするには弱いと?」

「ああ。ただ俺もその現場に居たが、竜司祭と名乗る者が関与していることが判明している。

 現在はその者たちについて調査を進めようとした矢先のこれなのでな」

「……左様にございますか」


 困った表情を見せ、テイルズは眉間の皺を揉む。


 幸運にも前当主であるケインズが王都に居るから、最悪な事態を迎えることは無いはずだ。

 それでも多数派工作など頭を痛める案件だらけで……父親が逃避でまた愛人を作らなければ良いと場違いなことを考えてしまった。


「ハーフレン様」

「何か?」

「……必要であれば我々も部下を動かしフレアを捜索しましょう」


 普通なら有り難いはずの申し出だった。

 そのはずなのだが、ハーフレンは相手の意図に気づいていた。


「こちらでやる。下手に動けば貴族たちに突っつかれるぞ」

「ですが?」

「こちらでやる。だから手を出すな」

「はい」


 一礼をする彼の判断は間違っていない。

 本来であれば自分がその決断を下さなければいけないのだ。


『これ以上ことが大きくなる前に……フレアを消す』


 ハーフレンにはそれをする決意など抱けるはずが無かった。




~あとがき~


 全ての命を救うことなど出来ない。医者であるが優しい彼には辛い現実である。そしてフレアを取り巻く状況はどんどん最悪な方へと




(c) 甲斐八雲

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