本当に馬鹿だよな……俺は
「今から6・7年前になりましょうか……一部の貴族が王国に対して反旗を翻しユニウ要塞に立て籠もったのです。王国はその要塞に対し、大規模な術式を使用し灰も残さず消滅させました。まあその辺のことは後で現国王にでもお聞きください。
その際当時の大将軍、並びに近衛の副団長が反乱の首謀者となったのです。大将軍は即刻解任し、シュゼーレ様を後任としました。副団長にはあの糞王子としました。ただ反乱後に『副将軍の地位を設けたらどうか?』と言う提案がされました。
大将軍となったシュゼーレ様が一般の出だったのを快く思わなかった一部の者が提出した苦肉の策です。ですが種馬王はその提案を受け、逆に『副団長の地位を廃しても良いのではないか?』と提案し返したのです。事実団長が真面目に仕事をすれば副団長など居なくても問題はありません。
一端廃せず空席のままにし、問題が無ければ代替わりの際に廃するはずでした。しかしシュニット王が今回残したのです」
全員がソファーに着くとメイド長がそう説明をしてくれた。
ただ戻って来た2人が3人になっていて、ノイエに抱き付いていた王妃を……何故かメイド長が脇に抱えている。ぐったりとして大人しいチビ姫は、またろくでも無いことをしたのだろう。
「つまりこの苦情はお兄ちゃんの所に持って行けと?」
「そうなります」
「ん~。メイド長が言っておいて」
「畏まりました」
畏まっちゃったから、まあ良いか。
馬鹿兄貴と違ってお兄ちゃんは色々と僕に対して優しいから、直接苦情が言えないんだよね。
「で、何で残したのかな? そもそもノイエ小隊って『近衛が力を持ち過ぎる』って言う苦情から、近衛より切り離された訳だし……そこの責任者が近衛の人間って問題無くない?」
「いいえ違います。アルグスタ様」
「ほぇ?」
スススとお茶菓子をテーブルに並べメイド長がそう言う。
「アルグスタ様はあくまで『対ドラゴン遊撃隊』の責任者です。近衛の副団長はあくまで兼務しているだけです。次いでです。おまけです」
「あ~。そう言って貴族たちの不満をかわしたのね」
「そうとも言いますね」
そうとしか言わないでしょうに。
あくまで僕は遊撃隊の責任者で、副団長は馬鹿兄貴に何かあった時の為の保険であると。
だったら別に近衛の仕事をしなくても良くない? 何かあったら仕事すれば良いんでしょ?
死んでも働けや馬鹿兄貴。
「つまりあれが死んでも事務仕事をすれば良い訳だ。そんな魔法があれば良いのにね」
「「……」」
流石の発言だったか、部下夫婦が沈黙してモソモソとお茶菓子を食べる。
ジョークだよ。最近の若い子はギャグを分かってくれない。
ツンツンとノイエが僕の腕を引く。
「探す?」
「……興味はあるけど遠慮します」
「はい」
一体うちのお嫁さんは何を探そうとしたのだろうか? 本当にそんな術があるのか探そうとしていたのなら軽く引くぞ? そんな魔法を作った人間に対してね。
「で、馬鹿兄貴は本日どこに行ったの?」
「はて? 執務室に居るはずですが?」
「ほぇ? なんか『出かける』とか言って、後のことを頼んで行ったよ?」
と、メイド長の目つきが細まった。
「しくじりました。今日動くとは」
「何かあったの?」
「ええ。アルグスタ様はこの新年王都にいらっしゃいませんでしたね」
はい。国の重役たちのお願いを聞いて温泉に行ってましたよ。
「あれが前線から戻り、何をしでかしたかお聞きになっていないのですか?」
「しでかした? そんな楽しい話は全然……もしかしてお楽しみの機会を逃した?」
娯楽に飢えたこの世界で、お楽しみの機会を失うなど大失態だ!
「いいえ。それをたぶん今日仕掛けに行ったのかと」
「くっ! 良く分からんが探せば間に合うか?」
「どうでしょう。問題はこの国の密偵がほぼ全員敵に回りますが?」
「大丈夫。ノイエが居れば不可能は無い」
パクパクとお茶菓子を食べていたノイエのアホ毛がクルッと揺れた。
ほらお嫁さんもやる気だ。まだ『ざわざわ』が取れないらしくお菓子ばかり食べているけど。
「で、何をどう楽しめば良いの?」
「はい」
少し声のトーンを落としてメイド長が言葉を続ける。
「あの馬鹿が、自身が過去に捨てたとある貴族の令嬢を側室に迎えようとしているだけです」
「……」
行く気満々だった僕のやる気が、嫌な気配を感じて霧散した。
何も知らなかったのであろうその令嬢の妹が……両頬に手を当てて無言の叫びを見せている。
噂話に長けているイネル君すら左右を見渡し動揺を隠せない。
ノイエは……迷わずお茶菓子を食べている。ある意味一番動じていない。
「……詳しい話を聞いても良い?」
「はい。わたくしめが答えられる程度の話で良ければ全て」
やんわりと一礼をしてメイド長が全てを話してくれた。
僕らが王都に居ない間に……何となく戻って来てからの謎が解けた気がした。
ただそれならどうしてフレアさんが逃げ回っているのかが分からない。
あの人は馬鹿兄貴の側室になりたくないのか?
まあ馬鹿兄貴に嫁ぐなんて拷問の類かも知れないけどさ。
馬を操り、ゆっくりとしたペースでハーフレンは王都の郊外にある場所に向かっていた。
部下たちに見張らせて"彼女"の居場所は常に把握している。
だから現在どこで何をしているのかも知っている。ここ最近の行動の全てもだ。
彼女が苦しんでいるのなら本当はもっと早くに行くべきだった。
そうするのが正しいのに……ずっと過去のしがらみが行く手を遮り続けた。
『自分は本当に彼女を守る力を得たのか?』
その答えは分からない。多分ずっと分からない。
でも身近にどんなに弱くても愛している人の為に全力で生きる存在が居る。
それを見ていると……自分の矮小さに苦笑しか湧いてこない。
「本当に馬鹿だよな……俺は」
また苦笑してハーフレンは軽く馬の腹を蹴った。
彼が郊外の墓地に着いて目にした物は……無残に引き千切られた部下の遺体と、彼女の荷物だけだった。
~あとがき~
そして彼女は謎を残して消えたのだった
(c) 甲斐八雲
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