姉さんを置いて行くのは

「……初めまして。コリーです」

「初めまして」


 突然訪れた男性に自身をコリーと名乗った女性は、その視線を彷徨わせ怯えた様子を見せる。

 訪れた男性……ヤージュは事前に渡された資料から、彼女が初見の男性を恐れているのだと推理した。


「お仕事中に無理を言って済みません。

 自分は王都のとある貴族に仕えている者で、ヤージュと申します」

「は、い」


 とは言っても相手の仕事は屋敷での簡単な作業ばかりだと聞いている。

 屋敷の主は気にしていないそうだが、周りの者が彼女の経歴を警戒しているのだ。

 そう聞くと『ユニバンス一の厄介者』と言われている今回の雇い主の行動にも理解を示せた。


「実は……その主がどうしても貴女様を自分のお屋敷にお呼びしたいと申していまして、本日は貴女様とお会いする時間を作って貰ったのです」


 仕事柄交渉には自身のある彼だ。そして今回は潤沢に資金が使える。

 流石依頼主がユニバンス一の金持ちであるドラグナイト家だ。破格の支度金が準備されていた。


 新領地の運営資金で頭を痛めているヤージュに主人であるキシャーラから命じられた仕事。

『勝手に受けないで欲しい』や『この忙しい時に』などの言葉が喉まで出かける中、命じられたヤージュは主人の背中越しの言葉が忘れられなかった。


『不満は分かる。だが……彼はとにかく金払いが良いのだ』


 しみじみと言われた言葉に涙をこらえるので精いっぱいだった。

 主人に苦労を掛けさせていると知り、彼はこの仕事を完璧なまでに成功させる気でいた。

 だからヤージュは最初に彼女の弟と交渉し既に口説き落としている。


 警戒するコリーに柔らかく笑いかけ、彼は言葉を続ける。


「実は我が主は……領主であるハルムント家と親戚関係であるドラグナイト家の当主となります」

「領主様の?」

「ええ。王弟ウイリアム様……現在はウイリアム・フォン・ハルムント様になりますね。

 そのお方の兄君に当たるウイルモット前国王様のご子息アルグスタ様なのです」


 知っている名前がつらつらと出て来て、コリーの様子から緊張が薄れる。


「そのような方が、私に何の用でしょうか?」


 男性に乱暴され続けた経験を持つ彼女は、自然と相手の様子を伺う癖があるらしい。

 半身に構えている様子から何かあれば逃げ出そうとしているのは分かるが、それだったらまず手の届く距離に相手を寄せ付けてはいけない。

 掴まれ押し倒されれば、経験者と言う物は過去を思い出し動けなくなってしまうからだ。


 職業柄、そのようなことを考えたヤージュは胸の中で首を振る。


「我が主は前々から慈善事業を考えていまして……その一環で『あの日』の加害者家族の救済を考えているのです」

「っ!」


 慌てたコリーが当たりを見渡す。


 今2人が居る場所は彼女が働いている屋敷から離れた場所で人気も無い。

 何より周りをヤージュの部下が警戒しているから盗み聞きされる心配もない。


「ご安心ください。この場に自分と貴女様だけです」

「……はい」


 また怯えた様子を見せるのは、余程辛い目にあったことが伺える。

 街行く人をただ殺しただけだが……それでも彼女の妹は生粋の殺人鬼だ。

 同情の余地もなく非難の言葉を浴びせられたのだろうことは、容易に推理で来た。


「我が主は、貴女や弟君のように加害者となった家族を探し保護する活動をしています」

「……どうしてでしょうか?」


 当然の言葉だ。


「我が主は元々王家の者であり、何よりご自身も裏切り者であるルーセフルト家の一員でした。故に知っているのでしょう……加害者のご家族の辛さを」


 それらしいことを言ってヤージュは相手の目を見て訴えかける。

 説得する時は相手の目を見ることが大切だ。

 たとえ嘘を言っていても目を見ない人間を人は本能的に信用しないのだ。


「だからご夫婦で慈善事業をお始めになりました。その一環として貴方たち姉弟を引き取りたいのです」

「……」


 戸惑っている。そう理解しヤージュは畳みかける。


「弟君はお店で商いの見習いをしているとか。それを知った主は、弟君に自身が今度始める商売の店舗を任せようと考えています」

「……あの子に?」

「ええ。結婚して奥様に良い暮らしをさせたいと願っていた彼には良い話だったのか……ここに伺う前にお話をして承諾を得ています。ですが彼は『姉さんを置いて行くのは』と仰っているのです」


 戸惑い悩む相手がその顔を少し俯かせる。

 ヤージュは相手の顔を少し覗き込み言葉を続ける。


「どうかコリー様もご一緒に王都に来てお店を手伝っていただければと思います。

 もちろん貴女達の身の保証は我が主が責任を持ちます。ドラゴンスレイヤーの妻を持つ主が保証するのです。何の心配も要りません」

「……」


 顔を上げてコリーはヤージュを見つめる。


 やはりこの国は『ドラゴンスレイヤー』と言う言葉は強い力を持っているらしい。

 あれほど悩んでいた彼女の目からだいぶ迷いが失せていた。


「……少し考えても良いですか? 弟に会って話してみたいので」

「ええ。構いませんよ。ただ出来ればお早い方が助かります」


 一礼をしヤージュは正直に告げる。


「実は店舗の方が……そろそろ開店の準備に入ってまして、弟君は今日明日にでも王都に向かいたいと」


 流石に思いもしなかった言葉にコリーは違った意味で慌てだした。


「でしたら今すぐ会って話して来ます」

「だったら自分も一緒に参りましょう。貴女のような魅力的な女性が一人で歩き回るのは不用心なので」

「……助かります」


 ホッとした表情を見せるコリーは、少しだけ自分の衣服を整える。

 過去の経験からおどおどしている彼女だが、決してその顔の作りは悪くない。何より男性の視線を集めがちな物を胸に供えている。

 異性を虜にする要素を秘めた素材なのだ。多分普段から何かと生きづらいのかもしれない。


「なら急いでまいりましょう」

「はい」



 翌日……ヤージュたちは王都に向かい旅立った。もちろん件の姉と弟夫婦を連れてだ。


 姉の職場である領主屋敷の方は、平和的にドラグナイト家の家名を振りかざして話を纏めた。

『何かあるのなら王都に居る我が主に確認して頂きたい』と委任状まで置いて来てだ。

 昔やり合ったと話に聞く両家だから騒ぎになるかもしれないが、その辺の注意は受けていないから、雇い主から何か言われたら『知らぬ存ぜぬ』で逃げ切る予定だ。


 時間短縮を目標にだいぶ無理な交渉をしたが、ヤージュは微塵も気になどしていない。

 それよりも戻ってからの山となっているであろう仕事を思うと……彼はこのままどこか遠くに旅立ちたいと思ってしまった。




~あとがき~


 裏方ヤージュさんは、シュニット王並みにこっそりと完ぺきな仕事をしています




(c) 甲斐八雲

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