彼に嫌われる存在になれ

 新たに任ぜられた大将軍シュゼーレの号令の下、動員で来た兵の数約3,000に対し、ユニウ要塞の籠城兵は約1,000人。

 数の上では王国軍が有利であるが、籠城している場所を落とすのに必要な数は3倍とも言われている。


 だが出陣の準備を終えた大将軍の元に届けられた国王からの指示は、『包囲と降伏勧告』だった。

 要塞を包囲し、余計な戦いはしないようにと厳命されたのだ。

 何かしらの策が動いているのだと理解し、大将軍はその指示通りに派遣した兵で要塞を囲った。


 ただ彼は知らなかった。

 一般兵に混じる王子とその部下の存在を。




「宜しいのですか?」

「何がだ?」

「……フレア様に何も告げずに」


 普段とは違い革の鎧を着こんだ主にコンスーロはそう問いかける。

 苦笑して頭を掻いた彼は、その目を要塞に向けたまま軽い口調で言った。


「良いんだ」

「ですが」

「良いんだ」

「……」


 突き放しているようで無理をしているようにも見える。

 だが過去のことを思えば彼の行動も理解出来る。


「それにな」

「はい?」

「……フレアを正室候補から外そうと思っている」

「っ!」


 突然の言葉にコンスーロは息を飲み目を剥いた。

 驚きの余りに叫びかけたのを我慢したからだ。


「……御冗談を?」

「本気だ」

「何故?」

「決まっている」


 包囲陣の一画で敵兵の動きを観察する振りをしながら、ハーフレンは部下の問いに答えた。


「俺ではアイツを護れない。どんなに愛していても護れない。それが痛いほど理解出来たから……俺はアイツを手放すと決めた」

「ですが、それでは?」

「分かっている。フレアは納得しないだろうな」


 だからこそ決めている。自分はこれから彼女に相応しくない男になると。女性関係もいい加減で、適当に仕事をする最低な男の振りをしていこうと……そう決めたのだ。

 何より父親と言う手本となる存在も居るのだから。


「俺はアイツに幸せになって欲しいんだ。俺じゃない相手でも良い。もし彼女が誰かと結婚すると言うなら俺はそれを祝福してやりたい。子供が出来たら遊んでやっても良い。だからこそ……今は彼女を自由にするべきなんだ。俺の傍に居過ぎればアイツはまた壊れてしまう」

「……」


 何も言えなかった。

 一度壊れかけた少女の姿を知るコンスーロだからこそ、主の言葉が痛いほど理解出来た。

 ただそれは正しくもあり間違いでもあると、そのことにも気づいていた。

 今一度口を開こうと、何かを変えようと思ったが……運悪くそれが戻って来た。


「ただいまっと」

「早いなミシュ?」

「ま~ね。って目標が大きいから探すのが簡単なんだけどね」


 ケラケラと笑う皮鎧姿の少女……ミシュだ。

 ハーフレンは無造作に荷物を担ぐと、目の前の少女に促す。


「あれは何処に居る?」

「ほい。要塞の正面に陣取ってるよ」

「なら行くぞ。付いて来い」


 彼の言葉に一般の兵を振りをしていた部下たちが立ち上がる。


 話す機会を失ったコンスーロは、後にその日のことを何度も後悔した。

 結果として……2人は別れることとなったのだから。




「準備はどうだ?」

「はい。魔法式と必要なプレートの準備を終え、現在魔力を注いでいる状況です」

「そうか」


 準備を進めている部下たちに目を向け、ケインズは遠くに見える無骨な要塞のことを思った。

 国王であるウイルモットの指示は『ユニウ要塞の完全なる消去』だ。

 それはつまりその場に居る人間たちも含まれている。


 1,000人の命と要塞を引き換えに、不穏分子を排除する。

 もう十数年と続くこの国の掃除は……自分たちの代では終わらない様子だ。


「子に恨まれても孫が笑って暮らせるならばか……そうなると良いな。ウイルモットよ」


 そうすることが自分たちの仕事なのだとケインズは理解し、準備を急がせた。




「……」


 彼が居ない。


 訪れた屋敷でそう告げられたフレアは、また馬車に乗り自宅へと向かっていた。

 居なかったことが悲しいのではない。声も掛けて貰えなかったことが辛いのだ。


 きっと彼は反乱軍が立て籠もるユニウ要塞に向かったのだろう。

 この国の王子である彼が自ら出向くことは本来必要としないが、何かしらの理由があったのだろう。

 でもその『理由』をフレアは知らない。


「……わたしもダメみたいだよ……ソフィーア」


 馬車の壁に寄りかかり、フレアはこぼれる涙をそのまま流し続ける。

 親友の死を目にしてから……どうも自分の心がおかしくなってしまったような気がする。

 彼に仇なす存在など『全員死ねば良い』と思っていたが、何故か今は少しだけ心が痛む。

 チクチクとした痛みが嫌になる。


「ねえソフィーア? とっておきの魔法って何だったの?」


 亡き友に問いかけても返事などありはしない。

 それでもフレアは呟くしかなかった。

 優しかった彼女が最後に施してくれた魔法だ。決して悪い物では無いはずなのだから。

 でも……悲しみと辛さに心を支配されるフレアには、今直ぐの効果を望む気持ちがあった。


「辛いよ。悲しいよ。わたしも……みんなの所へ行ければ幸せになれるのかな?」


 心の中で膨れ上がる闇を……少女はどうにか押さえつける。


 それは死者に対する冒とくだ。

 ミローテやソフィーア……何より師であるアイルローゼの分まで生きなければいけないのだ。

 キュッと胸の前で手を握り、フレアは強く自分に言い聞かせる。


『強くなれ』と。そして『彼に嫌われる存在になれ』と。




~あとがき~


 ハーフレンは兵に紛れてユニウ要塞へ。

 その理由は巨人と相対する為に。


 ん~。作者的に発言するのが難しい展開になって来ましたね~。

 臆することなく語り合えば、本心をぶつけ合えばと思う反面…実際自分がこんな状況を迎えたら正直に相手と話し合いが出来るのか?

 話し合うことは出来ても本心は隠してしまいそうっすね。




(c) 甲斐八雲

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