毒よりも始末に負えんな

 必死の思いで屋敷を出て簡単な書類を提出したハーフレンは、愛馬と戯れている馬鹿を見た。

 自然と動いた手が……それに気づいたミシュがやれやれと肩を竦める。


「おう馬鹿王子。この超絶可愛いミシュさんを見たからって、いきなり股間を押さえて前屈みになるのは流石に引くぞ?」

「お前の醜い顔を見たら……激痛と殺意が俺の股間で疼きやがった」

「こわっ!」


 飛び跳ねるように逃げ出した少女が、しばらく様子を伺い安全を確認してからまた来た。


「何があったの? ここは優しいミシュさんが聞いてやろうじゃないか!」


 無い胸を叩いて踏ん反り返る馬鹿にハーフレンは息を吐いた。


「目の前の馬鹿を巨乳にする方法でも教えてくれ」

「うん簡単だ。そんなことが出来るならもうやってるわ馬鹿ぁ~!」


 殴りかかって来るミシュをいなしながら、ハーフレンは彼女が投げつけて来た物を掴む。

 小さな皮の袋だ。厳重に縛られ封までされている。


「注文の薬」

「頼んではいないがな」

「おうおう……それを手に入れる為にミシュさんがどれ程苦労したか。この清らかな体を売り渡してでもと……ちょっと待ってよ。人の話は最後まで聞くものでしょ?」


 間違いなく面倒臭い話になると思い、ハーフレンは馬に跨り歩き出していた。

 それを追いかけたミシュは、自分の力を使って彼の背後に姿を現すと……相手の背中を背もたれにして馬の背に腰かける。


「……こんな姿を見られたら本当に踏み潰されるな」

「何が?」

「こっちの話だ」

「ですか」


 腰の袋からパンを取り出してミシュはそれを齧る。


 最近はウイルモット王の努力が実り、穀倉地帯の収穫率が増えたらしくパンも安価となって来た。

 味の方はまだまだだが、このまま価格が落ちれば口減らしにあう者も減るだろう。


「で、ミシュよ」

「ほい?」

「この薬の効き目は?」

「ん~。結構ヤバいかもね」


 彼から背を離してミシュは馬の背で座り直す。

 足の裏を合わせるようにして気持ち前屈みになった。


「戦場などで服用することを考えられているのか、効き目は長いけど後遺症も凄いよ」

「効果は?」

「何て言えば良いのかな~。『狂戦士化』とか売り手は言ってたけど、一粒飲めば倍の力を。二粒飲めば限界の力だ。三粒飲めば命と引き換えにって類の奴」

「嘘じゃないだろうな?」

「死に間際に嘘が言えるほど肝が据わって居るなら、そんな薬を扱う商人にはならないよ」


 ケラケラと笑って彼女は、またハーフレンの背中に自分の背中を預けた。


「入手経路は『知らない』の一点張り。何でも定期的に黒衣の男が来て売ってくれるんだって。どうして悪いことをする人は色が黒いのかな~」

「明日にでもメイド長に聞いてみる。お前からの質問だって言ってな」

「ならば今日中にお前の息の根を止めるまでだ」


 鞘の付いた短剣を適当に振るって来る馬鹿を馬から放り投げ、ハーフレンは革の袋を手にした。

 それなりの量が収められているのか中々に重い。


「それで後遺症は?」

「……重度の疲労感と発汗。後は人それぞれだけど、一番ヤバいのは性欲が増すらしい」

「道理でな。最近貧困層での強姦と殺人が増えているのはこれが原因か」


 投げ捨てられても一瞬で戻って来たミシュは、チラリと背後の王子に目を向けた。


「飲むなよ?」

「……飲ませる方が面白そうだな」

「あはは。悪くないけど何が起こるか分からないよ」


 ぴょんと馬の背に立ちミシュがハーフレンの財布を投げ返して来る。

 代わりに彼女の手の中には数枚の硬貨が握られていた。


「仕事はした。今日は休むのだ~」

「……飲み過ぎるなよ」


 忠告が届かないと分かっていたがそれでも相手のことを思い一応声をかけ気ておく。

 三日に一度はメイド長が様子を見に来るらしいので……運悪く見つかったら休みが伸びてしまう。


「メイド長も何だかんだでまだミシュ離れが出来てないよな」


 苦笑しながらハーフレンは手綱を操った。




「久しいな王子よ!」

「ええ」

「今回は何だ? 骨か? 吾輩としては上腕骨を繋げたい気分なのだが!」

「場所を指定しないで下さい。それに俺は健康そのものです」

「何だつまらん。怪我したら出直して来い」

「……股間は踏まれて痛いですけど」


 と、本当に片づけを始めていた医者の手が止まった。


「吾輩に触って直せと?」

「触れようとしたらその首落しますよ」

「うむ。そこは女性に触られるからこそ良いのだ!」


 両手を握り天井に向かい吠える彼は……出会った頃から変わっていない。

 天才的な医者にして祝福"透過"を持つ彼は大陸でも屈指の存在だろう。

 ただ外科的な治療は人によっては嫌う為、ふざけた格好や言動で場を和ませようとしている節がある。


「で、何用か?」

「はい。先生に薬に詳しい人を紹介して欲しくて」

「……難しいな。吾輩はその昔、高い所より落されて死に掛けてから記憶が無いのだ!」


 カラカラと笑う彼のお決まりの言葉だ。

 事情を良く知るフレアから聞いた話では、確かに彼は良く高い所から落とされていたらしい。

 犯人……と言うにはどこか語弊があるが、覗きを働こうとしていた彼に罰を与え続けたのは、天才の名を欲しいがままにした魔女だったという。


「だが努力の人である吾輩は、きも~ち薬学を学んでいる。

 今日はお姉さんが酌をしてくれるお店に案内してくれるのなら特別に見てやろう。だが今宵は姪の相手をせねばならんから、何か小さな子供が喜ぶ物でも構わんぞ?」

「これになります」


 たぶんそう言うと分かっていたからハーフレンは、彼の言葉の途中から皮の袋と人形を取り出していた。

 その2つを受け取った医者は、人形を机に置いて革袋の封を解き、中の錠剤を1つ取り出した。


 見つめ、臭いを嗅いで……軽く舐めてからカリッと歯で割り中身を舐める。

 一連の動作を流れるような動きで見せ、医者は口の中の物を吐き出した。


「毒よりも始末に負えんな」

「分かるのですか?」

「ああ。大半は知っている薬だ。だが1つだけ思い出せん。ここまで出ているのだがな」


 口をゆすぐ医者は、少し沈黙するとハタと何かに気づいた。


「知っている味だと思ったわ。ドラゴンの骨髄液か」

「骨髄?」

「ああ。薬の中に骨髄液を混ぜている」


 汚物でも見るような感じで捨てようとする彼から急ぎ皮の袋を回収し、ハーフレンは改めて問うた。


「何でそんな物の味を知ってるんですか?」

「はっ……何が使えるか分からんから、吾輩はドラゴンの血肉を生で食らって三日三晩死に掛けたことがある」


 はっきり言って無謀でしかない行為だ。

 ドラゴンの血肉を生で口にする……毒を飲むのに等しい自殺行為なのだ。

 だが医者は苦々しく笑い椅子に腰かけた。


「不可能に挑むと言うのは……それぐらいのことでもすると言うことだ」


 らしく無いほど不機嫌で彼はそう告げた。




~あとがき~


 真面目なのか不真面目なのか…仕事はこなすミシュなのです。

 そして入手した薬を手に出向いた先は医者の元へ。

 つか…この世界のドラゴンの血肉は猛毒なので生で食べちゃダメだぞ! 血を浴びるのも危ない行為ですが、ノイエには通じませんからw


 で、何度も言いますが、キルイーツは『高い所から落ちて死に掛けて記憶を失った』ということになってますから。それが原因で祝福を得たと。

 ただとある報告書では『養女に喉を噛まれて死に掛けていた』とか書かれています。


 まっ…彼は何だかんだでこんな性格なのです。

 不器用な人間が多い物語だな。




(c) 甲斐八雲

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