生きるって何だろう?

 元の薬は、帝国によって併合された国で作られていた成分であることが分かった。

 問題はドラゴンの骨髄液と言う毒が混ざっていることだ。


 その"毒"を口にしたことのある医者……キルイーツ・フォン・フレンデが言うには、骨髄液には強すぎる効果があるらしい。『痛覚の無効と怪力』である。

 確かに戦場で使用するならこの上ない武器となるだろう。

 だが猛毒だ。飲み過ぎれば命を失うと、助かったとしても激しい副作用に苛まれる。


 副作用で性欲が増すと言うことには語弊があって、薬を服用した者の攻撃性が増すのが正しいらしい。ただ血の巡りがあり得ないほど良くなる結果、あっちが元気になり過ぎ生じた攻撃性が加わり襲いかかってしまうとのことだ。

『場合によっては同性すら襲うぞ』とキルイーツは告げていたが。


 毒の材料を書き示してくれた彼が最後にこうも言っていた。


『ドラゴンの骨髄液は他の物と混ざり合わない性質がある。だからこの薬は本来なら作り出せる訳が無い。この世には最低な物を作る天才が多くて困る』と。

 寂しげに告げていた彼の様子が印象的ではあったが……結果として、一つの問題が解決し新たな問題がまた生じただけだった。




 ハーフレンは警護に立つ女性兵に腰の飾りを見せてその建物へと押し入った。

 普段は男子禁制の場所だが、相手がここに居着いているのだから仕方ない。


 男性である彼の登場に驚く女性騎士に『背が小さくて胸の無い』とまで言いかけると『あっちです』との言葉が返って来る。名前は知られていなくてもその存在は知られているらしい。

 階段を上り奥に進み……ハーフレンは何故か物置の前に辿り着いた。

 女性騎士たちの言葉を信じれば、現在の彼女の住処はここらしい。


 ノックもせずに問答無用で扉を開けたら納得だ。机の上で酔い潰れていた馬鹿が居た。

 2人一部屋の相部屋が基本の女子寮で1人で暮らす方法……部屋で暮らさなければ良い。それに気づいて実行するとは流石の馬鹿だと感心した。


「誰だよう……今日は休みだよう……」

「起きろ馬鹿。仕事だ」

「無理~。何故ならミシュちゃんは酔っぱらってだな……おい馬鹿王子? 何する?」


 馬鹿の襟を掴んで持ち上げたハーフレンは、明り取りのような小窓を開けた。


「さあ目を覚ますか?」

「何だかちょびっと起きたかも?」

「ちょびっとか……残念だな」


 窓の外に突き出した腕。勿論ミシュを握っている方だが、彼は迷うことなく掴んでいる襟を解放する。


「馬鹿~! 流石に死ぬわっ!」

「大丈夫だ。昔ある人はこの程度の高さから落ちても死ななかったらしいぞ?」

「嘘だっ!」


 窓枠に手をかけ必死に這い上がろうとするミシュの邪魔をしつつ、ハーフレンはやれやれと肩を竦めた。


「事実だ。ついさっき会って来たばかりだ。ただし落ちて記憶は無くなったらしいがな」

「いぃ~やぁ~!」


 ジタバタと足掻き這い上がろうとするミシュの腕を掴み持ち上げる。


「目は覚めたか?」

「死んでしまえ! この糞っ! 待て~! その手を離そうとするな~!」


 何かを察して腕に抱き付いて来た馬鹿を建物の外壁に打ち付けて剥そうとするが、事前にそれを察知して彼女は激しく抵抗する。

 そんな攻防をしばらく続け……『完全に目が覚めました~』と馬鹿が宣言したので終わった。




「この薬の出どころ? そんなの密偵にやらしてよ」

「お前は何で、どんな立場だ?」

「王都で素敵な彼を求めてます!」


 馬から投げ捨て手綱を操り馬鹿を踏むように仕向ける。

 驚くほどに躾けられている軍馬は動いて迷うことなく前足を振り上げた。


「育ててやった恩をっ!」


 緊急回避して難を逃れたミシュは、自分が居た場所に落ちた足を見てゾッとなった。


 おかしい。動物には好かれる方なのに……と疑問に思いそれに気づいた。

 馬鹿王子の乗る馬は自分が実家を出てから生まれ育った馬だ。つまり相手から見たら赤の他人である。


 しゃがみ地面に丸を描くミシュをハーフレンは生温かな目で見た。


「どうした?」

「馬にまで相手にされない寂しさがね……生きるって何だろう?」

「難しい話はメイド長としてくれ。とりあえずお前はこの薬の出どころを当たれ」

「……帝国とか共和国が一枚噛んでたら終わるんですけど?」


 密偵の実力からして大国と呼ばれる両国は小国のユニバンスよりも優れている。

 正直な話……ミシュとしては、探すよりも刈り取ってしまった方が簡単でお手軽なのだ。


「これにはドラゴンの骨髄液が混ざっているらしい」

「で?」

「ならば少なくともドラゴンを狩れるだけの実力を持った者たちが中心に居ると考えるべきだろうな」

「……馬鹿王子の嫁の実家が最有力になるけど?」


『良いの?』と小首を傾げて問うてくる馬鹿にハーフレンは頷き返した。


「虱潰しだ。身びいき無しで捜索しろ」

「了解です。我が飼い主よ」


 軽くスカートの端を抓んで、ミシュは一礼を寄こし姿を消した。


 一応ミシュは貴族の娘として最低限の礼儀は備わっているらしい。

 ただ王妃専属のメイド長との付き合いで凶暴性が増したのは、第二王子から見て大問題な気がするが。


「さてと……こっちはこっちで地道に仕事をするかな」


 軽く肩を竦めてハーフレンは王国軍の鍛錬場へと馬を向ける。

 ドラゴンの遺体は国の方針でその数が細かく確認されている。何よりあれは上手く処理すれば売れるのだ。


「銭勘定は兄貴の管轄だからな……となると、兵たちの噂話を拾い続けるしか無いな」




 再編の進む王国軍は、新兵と熟練が混ざり……まだぎこちない動きを見せていた。

 鍛練場を警護している兵に馬を預け、1人歩くハーフレンの前に立ちはだかる者が居た。

 鼻が潰れ折れ曲がった滑稽な顔をした男だ。


「見つけたぞ王子」

「誰だ?」

「ふざけるなよ! 俺の顔をこんなにして!」


 顔を紅くして唾を飛ばし激怒する男の顔を見つめ……それでもハーフレンは思い出せなかった。

 まあ逆恨みの類でも喧嘩を売って来るのならさっさと買って終わらせようと決めた。

 牽制で左の拳を一発放り、決める為に放った右の拳が横合いから出て来た手により防がれた。


 左一発で伸びた男を無視してハーフレンは新たな敵に目を向ける。

 見上げるほどの大男。それほどの巨躯の人物をハーフレンは1人しか知らない。


「……アンタ王子なんだって?」

「ああ。それがどうした?」


 首を左右に振ってゴリゴリと鳴らせる男がその顔に笑みを浮かべる。


「弱い割には『強い』とうそぶいて、馬鹿な兵たちから人気を集めているそうじゃないか?」

「そうだな。その通りだがなんだ?」

「……気に食わないんだよ。弱いのが偉そうにしているのが」

「だったらどうする?」

「決まって居るだろう?」


 大男が振り上げた拳が落ちるよりも早く、ハーフレンは相手の顔面に3回拳を投げ入れた。

 だが……ニヤリと笑った彼の拳は止まることなく振り下ろされる。

 右腕で守りを固めたが、その上から強い衝撃を受けて……ハーフレンは軽く吹き飛んだ。


「やっぱり弱い」


 卑下た笑みを浮かべ大男が声を発する。


「王子がこんなに弱いからこの国は周りから攻められる。倒しやすいと思われているからだ! 弱いんだったらその地位を強者に譲って引っ込んでいろ!」

「そうかよ」


 鈍い痛みを右腕に感じつつも、ハーフレンは構えた。


 同時に自分の記憶が間違いで無かったと感じていた。

 相手は前線で猛威を振るい、帰還途中に姿を消した人物のはずだ。


「ならちょっと殴り合うか?」

「良いぜ王子。だが死ぬなよ? お前が死んだら俺は縛り首だ」


 ヘラヘラと笑う男に、ハーフレンは迷わず突進した。




~あとがき~


 メイド長の元から脱出したミシュは普通に寮生活しています。

 ただ部屋が物置と言う…うん。ミシュらしいですけどね。


 で、突如として兵たちに絡まれたハーフレン。

 皆さん…王国軍の大男のことは覚えてますか? 名前はまだ無いですがw 実際に名前はありますからね? ただまだ出て来ないだけです。




(c) 甲斐八雲

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