今日をお前の命日にしてやる!

「ぐふっ……げほっげほっ」


 込み上がって来た物を全て吐き出し腕で口元を拭う。

 もう何日と同じことの繰り返しだったが、どうにか鞘から剣を抜くまでには回復で来た。

 だがそれまでだ。

 鈍く光る刃を見るだけで全身が強張り動けなくなる。


 月夜の空を見上げ……ハーフレンは大きく息をした。


 あと数日でこの屋敷を出ることになる。移る屋敷は規模は小さいが十分な庭と大きな馬小屋がある。

 違うことに気を向けその手で地面に放り出した剣を手繰る。

 指先が柄に触れたと同時に全身に震えが来た。


「かはっ!」


 空気を吐き出し空いている手で自分の頬を叩く。

 震えているせいで上手く叩けなかったが、それでも痛覚で目は覚めた。


「俺にはやらなきゃならないことがあるんだ。こんなことで……」


 必死に剣を握ってハーフレンは立ち上がる。

 だが何かを拒絶する彼の体ではろくに剣を振るうことなど出来ず、結局……何度も吐いては地面を転がるしか無かった。




「あれだね~。そのうち壊れるんじゃないの?」

「そうなるのならばそれまでと言うことです」

「厳しいな~。メイドって主人の為に誠心誠意ご奉仕する存在じゃないの?」

「あれはわたくしの主人では無いので」

「……主人だったらするの? きもっ!」


 余計な一言で師であるメイドの怒りを買った馬鹿は、タコ殴りに合って……全身痙攣させながら地面の上で一夜を過ごした。




「王妃様に別れの挨拶ですか?」

「ああ」


 第二王子の突然の申し出に、メイド長はスッとその目を細めた。

 引っ越しと言うことで業務は3日ほど休みを取り、本日はラフな格好をしている彼がそんなことを言い出したのには理由があるはずだ。


 だが意図は読めない。本当に"挨拶"だけなのかもしれない。


「……条件があります」

「言ってくれ」

「刃物の持ち込みは禁止です。それと……もし起きていても余計なことは言わずに居て下さい。それが出来ないのであれば」

「構わん」


 腰に佩いている剣を外し彼は無造作に壁に寄りかける。

 どうやら本当に挨拶だけの様子なのでスィークは彼を王妃の自室へと案内した。


「一緒か?」

「わたくしの使命は王妃の護衛ですので」

「……救えなかったろう?」


 部屋に入ろうとする足を止め彼がそう声をかけて来る。

 事実スィークはカミューと言う少女の凶行から王妃を救えなかった。

 元々王妃を暗殺する為に送り込まれた少女を何故あそこまで信じてしまったのか……今でもその結論は出ていない。


「ええ。悲しいことにわたくしも人間ですので出来ないことはあります」

「……」

「だからもがき苦しむのです。死ねまで」


 通行の邪魔になっている王子を室内に押し込み、メイド長は扉を閉じる。


「わたくしは自分の程度を把握しています。子供の戯言のように『全部』とか『全て』とか無茶は言いません。言っても出来ると思っていません。所詮人間ですから無理なことは無理なのです。だからこそ足掻くのですよ」


 サッサと行けとばかりに王子を手で追い払いスィークは扉の傍に立つ。

 何処か迷子の少年のような顔をしている馬鹿息子を見ていると腹が立って来るのだ。


 ベッドの傍までやって来たハーフレンは静かに眠る母親を見た。

 1日の大半を眠って過ごす彼女と起きてる時に会うことは難しい。

 今も目を閉じて……静かに眠っている。


「母さん」


 優しく声をかけハーフレンは傍らで膝を着いた。

 それでもまだ視線は彼女と同じにならない。体ばかり大きくなる自分が嫌になる。


「俺は……何て弱いんだろうな」


 頭も悪く政治には不向きだ。ならせめて武人として生きて行くはずが剣すら振れない。

 今の自分では何も護れないとはっきり分かる。


 だが眠っている母親から返事など無い。

 分かり切っていたからこそハーフレンは彼女との面会を望んだのだ。

 返事が欲しい訳では無く、ただ心の内を吐き出したかった。


「なら強くなれば良いのよ」


 突然の声にハーフレンは顔を上げた。


 パチッと開かれた母親の目は……自分の知る物とは違っていた。

 強いて言えばドラゴンのような目をしている。


「簡単なことよハーフレン。弱いなら強くなれば良いの」


 聞いていた話とは違い、はっきりとした声で彼女がそう言う。

 慌てて肩越しに扉の辺りを見れば、あのメイド長が慌てた様子の表情をしていた。

 つまり彼女も王妃のこの行動を知らなかったのだ。


「聞いてる?」

「……はい」

「頑張りなさい。ハーフレン」


 そっと動いた母の手が、息子の頭に置かれる。

 優しく撫でられ……ハーフレンは胸の内が暖かくなるのを感じた。


「貴方なら出来るわ。貴方は一番彼に似ているのだから」

「……はい」

「頑張りなさいね」


 柔らかく笑って彼女は目を閉じた。

 頭の上に載っている手を外そうとして、自分の横にメイド長が移動して来ていることに気づく。


「後はわたくしが」

「頼んだ」

「はい」


 やんわりと一礼して寄こす彼女に後を託し、ハーフレンは母親の部屋を後にする。

 ズカズカと歩き、途中で剣を回収すると……彼はそのままの勢いで屋敷の外へと出た。


「ミシュ! 居るんだろうが! この胸無し!」

「よ~しこの糞王子。今日をお前の命日にしてやる!」


 音もなく姿を現した番犬に、ハーフレンは笑って剣を抜く。

 鞘など放り投げ……その剣先を憎たらしい小娘に向けた。


「未練が生じないようにその胸の脂肪を全部削いでやる」

「……良し殺す。お前を殺して絨毯にしてやる!」


 ハンデと言わんばかりに握り拳で襲いかかって来る少女に、ハーフレンも剣を捨てて拳を握った。

 どうせ持っていても震えて扱えないなら最初から持たない方がいい。


「ふにゃっ! ……女の顔を殴るか!」

「あっ女だったんだ」

「そうかい。分かった……全力で潰す!」

「おまっ! そこを狙うか?」

「問答無用だ!」


 その日1日……ハーフレンはミシュを相手に殴り合いをした。


 後日メイド長から『喧嘩必勝法』を習い、どんな手段を使っても勝つ技術を磨いた。

 少女を相手にコショウを投げつける王子……その存在は隠蔽されて明るみには出なかった。




~あとがき~


 迷走し続けたハーフレンですが、母の助言で少しは吹っ切れたご様子。

 ちなみに王妃は不完全ですが体に宿したドラゴンの力を少しずつ使えるようになってます。

 ただ所詮は人と言う器に無理やり……無理が生じるのが普通なんですよね。




(c) 甲斐八雲

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