お願い。ころ……して

「ねぇ……スィーク」

「はい」

「子供、たちは……元気?」

「はい」


 姿を隠すようにベッドの四方を布が囲い、中に居る者の姿は決して覗き見れない。

 唯一入室を許されているメイドは、メイド長であるスィークのみだ。

 彼女以外でこの部屋に入れるのは夫と2人の息子だけ。それ以外の者が入室しようとした時点で殺される。


「皆、貴女様に会いたがって居ます」

「そう、ね……私も、会いたい……わ」


 途切れ途切れの言葉は苦しそうで、聞く者の精神すら辛くさせる。


 だが彼女がこうして話せるようになったのは奇跡的とすら思える。

 発見された時は、『決して助からない』と誰もが諦めるほどの状態だった。


 彼女は……可愛がっていた少女に襲われたのだ。

 全身から血を流し床に伏している彼女とナイフを手に呆然と佇む少女。

 2人の元に駆け付けたスィークが目にした光景がそれだった。


 少女は"王妃"の暗殺未遂容疑で囚われ連れて行かれた。

 そして自身の罪を素直に認め、全てを受け入れたらしい。

 絞首台に一番最初に登った罪人……それが王妃の暗殺を目論んだカミューと言う少女の末路だった。


「ねえ……スィーク」

「はい」

「お願い。ころ……して」

「……」

「殺して。辛い、の。お願い」


 ベッドに横たわる女性はその体から大量の血を溢し、その流れ出た血がまた体内に戻るという原因不明の症状に襲われていた。

 ただ全身を切り刻むように得た傷は癒えて来ている。


 その傷口が、塞がった傷口に"鱗"が生えるという現象を除けばだが。


「体が……千切れて、しまいそうなの。お願い」

「出来ません王妃様」


 国王からも厳命を受けている。何よりスィーク以外者が見れば、その醜い姿と痛々しい様子から彼女の願望を叶えたくなる。

 死を望む王妃は……自身の体を変質させながらもまだ生きているのだ。


「いずれその呪いを解くことが出来るはずです。今しばらくのご辛抱を」

「そう……ね」


 コポッと口から血を噴き出して、ベッドの住人は気絶するように眠りに落ちる。


 最初はせっせと血を拭っていたメイド長だったが、その血が元に戻ると気付いてから余計なことはしなくなった。

 王妃の身に降りかかった現象……該当する魔法が無いから『呪い』と呼んでいるが、スィークの目から見てそれは明らかに違う気がしていた。

 強いて言えば変化だ。人が人以外の者に変わって行く工程を見せられているような気がしてならない。


(ですが誰かがこれをやったことに、変わり有りません)


 静かに自身の中で怒気を渦巻かせ、スィークは王妃の自室を出た。


(見つけ次第どれほどか残忍な手段を用いて殺して差し上げましょう)


 彼女の中で犯人に対する処刑方法を悩みつつ、ふと動かしていた足を止めた。

 庭に蹲る筋肉……第二王子を見つけたのだ。


「ようやく自身の問題に気づきましたか……馬鹿な子ですね」


 軽く鼻で笑いメイド長は歩き出す。

 彼が大切にしている娘とは違い、あっちは完全に彼の問題だ。

 乗り越えるのは自分次第……なら手助けは頼まれるまでしないと決めていた。




「引っ越せと?」

「まあ簡単に言えばそうだな」


 近衛騎士……名目上は『準騎士』だが、無事騎士となったハーフレンは日々城へと登城している。

 まだ城内勤務では無いのだが、少しずつ城内で勤める者と顔を合わせることで馴染んで行く為の配慮として、書類の類を必ず自身で取りに行くことが義務付けられているのだ。


 今日も城へとやって来て一枚しかない書類を掴んだところでメイドに呼び止められた。

 国王陛下からの急の呼び出しを受けたのだ。

 執務室へと案内され、陛下がソファーで寛いでいる様子から家族として呼ばれたことに気づきハーフレンの口調も砕けていた。


「何でまた?」

「うむ。シュニットをあの屋敷に置きたい。理由は」

「メイド長ですか?」

「そうなる。あれの傍に置いておく方が安全だしな」


 原則王妃の傍に居るメイド長に護衛の仕事をさせるなら、王妃の館に住むことが手っ取り早い。

 一日の大半は城に居るであろう兄の身を思えば、それが正しい。


「それにシュニットに対しては共和国と帝国から婚姻の話が来ている」

「……和解の一環ですか?」

「うむ。ここだけの話だが、両国ともドラゴンの増加で身動きが取れんらしい」

「それ程ですか」


 ハーフレンも話には聞いていたが、空を飛ぶ新種が増えているらしい。

 国土が多い分、両国ともドラゴンの襲撃に多くの兵を取られているのだろう。


「それならば国境沿いの兵たちも帰還できると?」

「急には無理だがその方向で考えている」


 紅茶を嗜みながら国王はゆっくりと息を吐いた。


「ただ前線で命がけの戦いをしていた荒くれ者共だ。そのような者たちが今後の平和な世の中にうまく溶け込んで行けるか……不安ではあるな」

「そうですね」


 戦いが終わることは喜ばしいが、それに伴う問題が生じるのも戦後処理の常だ。


「まあその話はシュニットを交えていずれするとしよう。今はお前の引っ越しだ」

「……自分が一緒にと言う訳には?」

「ちと難しいな。スィークが破られるほどの化け物が現れるのは想像出来んが、万が一を考えておかねばならん。そうなると父親としては心苦しいのだがな」

「仕方ありません。兄の方が国王に向いてます。自分なんて近衛の団長ですら務まるかどうか」

「そう言うな。お前は決してそこまで酷い男では無いぞ?」


 互いに笑い合い引っ越しは決定と言う方向で話が進む。


「時にハーフレンよ」

「はい」

「お主の正室候補だが……国内の有力な貴族から選んで欲しい」

「父上」

「まあ聞け」


 息子の言いたいことを察して国王が軽く制する。


「これはシュニットと話して決めたのだが、あれが国外の姫を貰い受けることは決定事項だ。そうなると世継ぎが誕生した際に大国のどちらかの息がかかる」

「……」


 続く言葉にハーフレンは言いようの無い不安を覚えた。


「そこで世継ぎはお前の子供と言う方向で考えている。シュニットは最悪『種潰し』を飲んで子供を作らないそうだ。まああれは子種が潰えるだけだから行為自体は出来る。……話が逸れたな」


 真剣な面持ちの息子に気づき、国王は軽く咳払いをした。


「国内の有力貴族……まあクロストパージュ家の血を引いている娘などと婚姻をし、子をなして貰えれば国を預かる者としてはこの上なき幸せであるな」

「そう……ですか」


 どうも乗り気でない息子にウイルモットは父親の目を向ける。


「何だ? フレアの病気はそんなに酷いのか?」

「いいえ。最近は快方に向かってます。今は痩せすぎてしまった体を戻すまでは会いたくないと言われていますが」

「女心とはそう言うものであろう。真面目に考えてくれんか?」

「はい……」


 ハーフレンは返事の言葉に躊躇した。


「……じっくりと考えさせて貰います」




~あとがき~


 皆さん…忘れて無いですよね?

 王妃様は傍に置いていたカミューと言う少女に襲われて死に掛けたことを。

 ですが奇跡的に助かった彼女は、その体を変質させることに。

 襲われた時点で変化が生じていたっぽいのですが…その辺の話は追憶③ぐらいで。


 で、自分の抱えた問題は保留しつつ職務を全うしているハーフレンにあの話が。

 即答出来ないのは、フレアの身を案じて…って過去の話なのに、先に未来で語られている不思議w


 自分の命よりも大切な人を護る為に…彼はこれから色々と考え続けることになります。




(c) 甲斐八雲

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