師匠に見つかったらヤバいぐらい

『叙任式』


 一応そのように銘打たれた儀式ではあるが、現状のユニバンス王国に置いてそれは緊急の措置でしか無かった。

 結論とすればフレアが言っていたことが正しく、そして現実になっただけのこと。


 騎士の正装を身に纏い父親でもある国王の前で片膝を着いて首を垂れる。

 国王が握る剣の腹で肩を叩かれ……騎士となることを許される。


「国の為に良く働くのだぞ」

「はっ」


 相手が息子であるせいか、国王陛下からの言葉数は少ない。だがそれを咎める者も居ない。

 内乱から続いた国内の不安をどうにか保ち、続くように押し寄せて来た二大大国からの侵攻にも耐え抜いた。


 ウイルモット国王は近年稀にみる名君だと国民からの支持も厚い。

 国王に対して不満を言うことは国民からの支持を失うことに繋がる。ウイルモットの存在を面白く思わない勢力からすれば現状は本当の意味で面白くないのだ。


「これにて準騎士たちの叙任を終える」


 これが最後の仕事と言われている宰相様の声に頷き……準騎士と呼ばれた年若き者たちが謁見の間から解放されるのであった。




「で~。どこかの王子様は目出度く騎士になりましたとさ」

「何か不満か? 馬の世話役」

「不満しか無いわいっ! 私は騎士になりに王都に来たの! それがどうして馬の世話係!」


 使い慣れた感じの作業着姿の小さな少女が怒りだす。

 何故か最近周りから略称で呼ばれるようになった『ミシュ』だ。ハーフレンも正式名称の『ミシュエラ』よりも言いやすいから略称の方を使うことにしている。


「仕方ないだろう? お前がブシャールに出向いた時は正規の兵では無かったしな。報奨金は上乗せしたんだから文句を言うな」

「言うわ! だったら正規兵にしろ!」

「……知ってるか? 正規兵には身長制限が設けられていると?」


 表情を凍り付かせてミシュが王子を仰ぎ見る。


「嘘? またまた~。この馬鹿王子ったらそんな冗談を……冗談よね?」

「事実だ。そして常識だ。それを知らない方が馬鹿だな」

「ぬぅおぉぉぉおおお~!」


 奇声を発して地面を殴りだす馬鹿に第二王子は生温かな視線を向けた。


「返せ~! 私の色んなあれ~な時間をっ!」

「俺に言われてもな……」


 標的をハーフレンに移しミシュが吠える。


「騎士になれると思って色々と豪遊したの! 最近ちょこっと借金の取り立てがきついの~!」

「……報奨金は?」

「そんなの飲み食いと返済で消えたわっ!」


 偉そうに胸を張る馬鹿に蹴りを入れ、ハーフレンは頭を振った。

 メイド長がこれをフレアに会わせたがらない理由が良く分かった。変に毒されたら最悪だ。


「って食えても飲めないだろう?」

「はんっ……馬小屋暮らしを舐めるなっ! ちょこっと酒屋さんに行って『お父さんに頼まれたの』って言えば何故だか飴玉も貰えるんだから!」

「子供のお使いだよなそれ」

「うっさいボケ~!」


 憤慨し暴れる馬鹿を脇に抱え、ハーフレンは馬に乗る。


「もう決めた。私は旅に出てまだ見ぬあれ~を探しに行くわっ!」

「その時はお前の借金を全て1つに纏めて……メイド長が取り立てに来るだろうな」

「国外に出る前にあの世に行くわ~!」


 祝福を駆使しても勝てない化け物など、元来居てはいけないとハーフレンですら思う。

 だがメイド長の規格外は昔からだから仕方ない。

 付き合いの長い国王ですら『あれは……人の形をした別の者だ。うん』と顔を蒼くしながら言っていたほどに。


「もう嫌だ。何だよ……酷い詐欺だ……」

「大半はお前が悪い気がするがな」

「にゃにを!」

「ちなみにミシュ」

「何だよ! この変態幼女囲い込み王子が! 待って……そのまま脇を締められたらミシュちゃんの穴と言う穴から色んな物が出ちゃうから!」


 一部の者たちから言われている陰口を耳にしてハーフレンはちょこっとキレた。

 脇に抱えていたミシュがグッタリしているが……耳が使えるなら問題は無い。


「王家の者がある一定の地位にまで昇ると、個人の裁量で多少の無理が出来る。俺は父親から『近衛団長』になることを命じられているから、最低でもそこまでは出世する」

「何だよ~自慢かよ~」

「で、近衛団長にまで出世すれば、俺の裁量で一般人を騎士にすることぐらい簡単に出来る」

「……マジで?」

「事実だ」


 ハーフレンの脇から抜け出し、彼の背中に張り付いたミシュが……肩を揉み出した。


「もうご主人様ったら、このミシュ……喜んで馬の世話でも下の世話でも致します」

「お前……どれだけ借金作ったんだ?」

「…………師匠に見つかったらヤバいぐらい」


 翌日ミシュの借金を調査したハーフレンは、その報告を監督者に手渡した。

 流石のメイド長もその金額を目にして顔色を悪くしたが……見てて怖くなる笑みを浮かべて弟子の元に向かった。


 10日ほど、ミシュはあれ~な事情で馬小屋から出て来れなかったらしい。




 ハーフレンは屋敷の庭に出ると久しぶりに剣を手にした。

 ブシャール以降……事務仕事やフレアのこともあって剣を振るう余裕が全く無かったのだ。

 このままでは流石に鈍ると思い剣を持って外に出たのだが。


 カタカタと剣を持つ手が震えていた。

 そこまで鈍ったのかと……一瞬思ったが、事務仕事でペンを持つことが多かったから手の感覚がおかしくなったのだろうと言い訳をして剣を抜く。


 だが抜けない。

 接着したのかと思うほどに剣が鞘から抜けない。


 全身から嫌な汗を溢し、ハーフレンは自身の手の中の物を見る。

 吸い寄せられるように視線が漠然と剣の柄を見、そして体がおかしなほど震えだす。


「かはっ!」


 込み上がって来た物をぶちまけ……ハーフレンはそれを見た。

 地面に落ちた衝撃で、鞘から剣が抜けていたのだ。


「俺……か」


 落ち着いて考えれば自分から剣を遠ざけていた。

 あの日から……意識して、だ。


「壊れたのは……フレアだけじゃなかったんだな」


 ここに来てハーフレンは気付いた。否、認めた。

 自分も壊れていることをだ。




~あとがき~


 フレアの言葉通りハーフレンは準騎士に。

 で、ミシュが…ある意味通常運転してます。

 何度も言いますがミシュはハーフレンと同じ歳ですw


 ハーフレンとミシュのコンビは書いてて楽です。

 何だかんだでミシュって存在が書いてて一番頭を使わないですからwww


 そしてフレアだけでなく自分自身のことに気づいたハーフレン。

 彼もまた心に大きな闇を抱え込んだことをようやく認識したのでした。




(c) 甲斐八雲

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