年下の可愛い少女だ

 ゆっくりと目を開いた少女は、しばらく天井を見続けた。


 見慣れたはずのそれは何処か違和感を感じる。

 自分のベッドには天蓋が付いていたはずだが……と思い、それはいつ頃だったのかを思い出す。


 良く思い出せない。


 体を起こそうとしてそれが出来ずに改めて驚く。

『なに?』と理解が出来ずに辺りを見渡すと、見知った顔が座っていた。


 椅子に腰かけて眠る相手はとても大切な存在だ。


 そう……とても大切で、何があっても護らなければいけない人だ。

 どんな手段を使っても彼に害成す者は排除する。彼を護れるのなら何をしても良い。


「ハーフレン様?」

「……フレア。目覚めたか?」

「はい」


 驚いた様子で椅子からベッドに座り直し、彼が手を伸ばして来る。

 顔を触られ頭を撫でられるだけで、胸の中がポカポカとして気持ちがいい。


「大丈夫か? どこか痛く無いか?」

「平気です。ただ怠くて……その……」

「何だ? 何でも言ってくれ」


 相手が望むなら言うしかないが、かなり恥ずかしい。


「……お腹が減りました。すごく」

「そうか。なら直ぐに準備をさせるな」

「はい」


 ニコッと笑い少女は改めて自分の様子に気づく。

 何があったのか分からないが、ビックリするほど腕が細くなっていた。

 慌てて確認すると体も足も細い。骨と皮だけな感じで……と、気づき自分の顔に触れる。

 こちらも同様に細くなっている。


「……っ!」


 顔を赤くして少女は体に掛けられていた毛布を頭から被った。

 メイドに食事を頼みベッドに戻って来たハーフレンは……必死に姿を隠そうとする少女を説得する羽目になったのだった。




「覚えているのはそれぐらいか?」

「はい」

「そうか」


 いきなりの食事は体に悪いとスープ主体のメニューを少女は勢い良く頬張る。

 その勢いならもっと硬い物を与えても大丈夫そうだが、念のために果物を追加するだけにした。


 食事を摂らせながら、ハーフレンは彼女から話を聞く。

 バローズから『起こりうる最悪』として念を押されたのは、記憶障害だった。

 だがフレアの記憶は確りとしていた。ブシャールでのことも、師である彼女とのことも覚えている。


 唯一気になったのは……それを語る彼女が全く動じていないことぐらいだ。


「ならお前の記憶があやふやなのは?」

「この屋敷に戻って来てからです。何だか毎日吐いていたような……病気だったのでしょうか?」

「そうか。分かった」


 賢い子だからこそ自分なりにそう結論を出したのだろう。

 連戦により無理がたたって病気になって意識不明になった。体がやせ細ったのはそれが原因だと。


「ハーフレン様」

「ん?」

「お仕事は良いのですか?」

「大丈夫だ」

「ならもう少しこうしてお話してても平気ですか?」

「大丈夫だ」


 食事も終わり少し落ち着いたのだろう彼女は、柔らかな笑みを見せる。

 何処か前とは違う違和感を覚えるが……ハーフレンはその違和感を気にしないことにした。


「先生が亡くなった今、もう学院に行くのは意味が無いので……わたしはハーフレン様の元で働きたいです」

「それは……」

「ダメですか?」

「いや……ダメとかじゃなくて、俺は一応まだ見習いの身だ。正式な騎士にならなければ部下は持てない」

「でもブシャールに小隊を指揮して」

「あれは人手不足で臨時だ」

「なら大丈夫ですね」


 満面の笑みで少女は言葉を続ける。


「今回の事件で人がたくさん死にました。

 騎士や将軍にも空席がたくさん出たでしょうから、ハーフレン様はきっと緊急の措置で騎士になれます。過去にもそのようなことはありましたから特別のことじゃないです」

「……」


 サラリと自然に彼女はそう言ったのだった。まるで人の死など気にした様子も無い。

 ハーフレンは目を瞑ると決めていた事柄を……今一度検めることとした。


「なあフレア」

「はい」

「お前……ブシャールで仲間の魔法使いを」

「そうです。忘れてました」


 ポンと胸の前で少女は手を打つ。


「そのご家族に頭の1つも下げておかないと失礼ですよね? 弱い人が戦場に来て巻き込まれて死んだというのに……でも大丈夫です。ちゃんと貴族の令嬢として恥ずかしく態度でお詫びしますから」

「そう……か」


 迷いの無い笑顔でそう告げる彼女を前にハーフレンは自身の過ちを理解した。


 救いたいと願った一心で行ったことは……彼女を壊すことでしか無かったのだ。

 本来のフレアを壊し別の者を作り出す行為。それはある意味彼女を殺したに等しい行為だった。


「ハーフレン様? どうかなさいましたか?」

「何でもない」

「良かった」


 本当に嬉しそうに笑う彼女に悪気など無い。

 ただそれが正しい行いなのだ。彼女からすれば。


「なあフレア」

「はい」

「俺の下で働きたいと言っていたが……お前がしたいことをして良いんだぞ」

「わたしが、ですか?」

「ああ。本当にしたいこと、そして本当のお前を曝け出せば良い」

「本当のわたし?」


 首を傾げる彼女にハーフレンは手を伸ばし頭を撫でる。


「そうだ。そんな敬語も要らない。俺とお前の仲だろう?」

「……良いんですか?」

「ああ。それにお前は時と場所ぐらい選ぶことの出来る頭の良い子だしな」

「はい。ならお願いがあります」

「何だ?」

「もう子ども扱いしないで下さい。わたしは貴方の正室候補です」


 痩せたせいだけでは無いが……薄い胸を張ってフレアはそう告げて来る。

 微かに苦笑し、ハーフレンはため息交じりで声を出す。


「でも年下の可愛い少女だ」

「ハーフレン?」

「お前の胸が大きくなったら考えよう」


 咄嗟に掴んだ枕を少女は、相手の顔目掛けて投げつけたのだった。




~あとがき~


 とても丁寧に魔法を施したバローズのお陰でフレアはどうにか持ち直しました。

 ただハーフレンも自分がしてしまったことの愚かさを痛感したようです。


 性格が変われば外見が同じでも別人と変わらない。

 ある意味ノイエと言う存在がその最も長たる者ですが。


 これからの2人はどんな風に…まああんな風になって行くのでしょうね。

 色々な葛藤と迷いを抱え込んで。




(c) 甲斐八雲

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