幼き君の中で温めておくれ~っ!

「ぶえっくしょん! ズズズ……うう……」

「アルグ様。大丈夫?」


 隣りに立つノイエが甘えるように抱き付いて来る。

 うん平気だよ。でもこうなったのは貴女の中の悪魔のせいです。


 ノイエの温もりを感じつつも広場に立つ僕らの前では、オーガさんとモミジさんが向かい合っている。


 運動をしないと鈍るとオーガさんが言い出してこうなった。

 食って飲んで暴れる……ある意味最も正しいオーガの姿な気がするよ。


「アタシとしたらそっちの小娘が良いんだけどね」

「モミジさんに勝ったらノイエが相手しましょう」

「はん。約束だよ」


 やる気を出して肩回りの筋肉が盛り上がったオーガさんを見て、モミジさんの顔色が蒼くなった。


「アルグスタ様?」

「モミジさんの場合は勝ったら酷い罰ね」

「……絶対に負けません!」


 太ももを擦り合わせてやる気になった彼女は、何をする気なのだろうか?


「では始め」


 軽い挨拶の割には人外なバトルが始まった。




「あれだね。この二人は戦わせちゃダメだな」

「はい」


 地形が変化した。あっちこっちが抉れて大変なことになっている。

 泊っている温泉からも離れているし問題は無いだろうけど……保養所の方も揺れただろうな。


 だが燃え尽きたモミジさんを下したオーガさんは、まさかの連戦希望っすか?


「さあやるよ。小娘……」


 やる気だ。全身から血を流しながらもこっちに向かって来る。


「無理しない方が良くない?」

「あん?」

「……何でも無いです」


 目がマジだ。完全に逝っちゃってる。


「ノイエ……する?」

「ん?」


 僕に抱き付いたままの彼女は、何故か辺りをチラチラと見始める。


「ここで?」

「あ~。それは夜ね。オーガさんが戦いたいって」


 ちょっと拗ねた感じで頬を膨らませたノイエが、向かって来る相手を見た。


「やだ」

「だそうです」

「……そうかい」


 と、手前まで来た彼女の手が伸びて来て僕ごとノイエを掴む。

 文字通りの鷲掴みだ。


「何をする気ですか?」

「その小娘を本気にさせるだけだよ」


 って、それはダメだ。僕が怪我するのを今のノイエが見たら……ほらっ! ノイエのアホ毛が大変な動きをっ! 何より中の人たちにも大問題な人物が! ホリーお姉ちゃんが出て来たら色々とヤバいっ!


「僕に怪我させると」

「心配しなくて良いよ。もっと効果的な方法がある」

「ほえ? うえ?」


 グイッと引き寄せられてオーガさんの熱い吐息が僕の顔にっ!

 キスと言うより食べられそうなんですけど?


「……許さない」

「……ノイエさん?」


 恐る恐る見たら……一緒に掴まれているノイエのアホ毛が別次元でヤバい。


「落ち着いてノイエ」

「うん平気」

「だよね」

「直ぐに倒して洗う」

「そっち~!」


 僕らを放り投げるオーガさん。ノイエが抱き止めてくれて着地する。


「ノイエ。平気だから」

「……良くない」


 ギンッと音がしそうなほど険しい視線がっ!


「待ってて。すぐ終わる」

「掛かって来な!」


 先の戦いが本当の意味で前哨戦だと僕は知った。

 そしてこっそりと祝福を使い守りを固めているモミジさんにイラッとした。


 入れて~! 僕もその中に入れて~!




「はあ~」


 寒さに身を震わせながら街道を行く小柄な人影。

 防寒着を身に纏ったミシュだ。


 新領地から王都ユニバンスへと向かう道を歩いている。

 背中に背負った背嚢から食べ物を引っ張り出して、今は食事を優先する。空腹で祝福が使えない。

 それでも彼女は馬よりも多くの仕事を果たす。まず雪が積もり過ぎて馬が使えないからだ。

 故に雪中行軍を続けて王都と飛び地となった新領地を往復しているのだ。


「また老いた……」


 呟きが白い息となって消えて行く。

 悲しいことにまた1つ齢を取った。

 新年の儀式など、普段は自室で酒でも飲んで寝ているだけだから有難味の無い行事だが、無条件に増やされる数字が腹立たしい。


「でも家族とか面倒臭いしな~。あっ男は欲しいかも。若くて元気な美男子が良い」


 妄想を頭の中に広げて彼女は歩く。

 ただ長くは続かない。寂しくなるからだ。

 肩を落として歩き出した彼女は、足を止めて辺りを見渡した。


 この時期は基本凶悪なドラゴンは出ない。出るには出るが『スノードラゴン』と呼ばれる比較的温和と言われる類のモノだけだ。


 雪が降りだすとどこからともなく現れるようになり、主食は木々の皮を食べる。

 食い散らかしたりはせずに一本の木を押し倒して丸々食べきるまで食するので、雪が消える頃には裸の木が何本も転がっている。


 意外と使えるドラゴンではあるが、そこはドラゴン……食事中に近づけば襲いかかって来るのだ。縄張り意識も強くテリトリーに入れば襲いかかる。

 つまり食事中と距離感を間違えなければ問題無い。


 街道を行くミシュはそんな基本的なミスを犯していないはずだと理解していた。


 ゆっくりと腰に手を回して短剣を握る。

 結局瓦礫に埋まった短剣は発見されなかった。殺したはずの男の遺体もだ。

 再度の捜索が成されているはずだが、その報告を受ける前にミシュは大忙しとなってしまった。


 新しい短剣を数度握り締めて感触を確かめる。

 暗殺者の自分が見えない敵と対峙する。寒さでは無く興奮から身を震わせた。


「来いっ!」

「ぬあ~!」

「後ろっ!」


 振り返ってミシュはそれを見た。

 雪の中で全裸の変態をだ。そう全裸だ。何も着ていない。


「うにゃ~!」


 驚き後方に飛び退きながらも蹴りを放つ。

 偶然にもクリーンヒットした爪先が、相手の股間の飛び出ている内臓を蹴った。


「ふぐぅおっ!」

「どっから湧いた! この変態っ!」

「……ふははは~。幼き君を探してようやく見つけたのだ!」


 全裸の変態が吠えた。


「失せろっ!」

「断るっ!」


 近づいて来る全裸にミシュは剣を戻す。


「ったく……この変態っ! 死ねっ!」

「ふははは~」


 高笑いをして変態ことマツバは動きを止めた。


「大変だ幼き君よ」

「……何よ?」

「私の息子が凍えてしまった」

「良し死ね」

「幼き君の中で温めておくれ~っ!」

「うにゃ~っ!」


 全裸に追われ、ミシュは全力で逃げ出した。



 街道を全力で逃げる少女を追う全裸……しばらくそんな噂がユニバンス国内で語られることとなる。




(c) 甲斐八雲

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