毎晩頑張ってる感じなの?

「ねえフレア?」

「はい先生」

「今日はちょっとお出かけしましょう」


 彼女の元に学びに来て1年が過ぎた。

 正直教えられる内容に物足らなさを覚えていたフレアは、暇潰しに読んでいた魔法書を閉じ……外出を好まない御婆ちゃん先生に連れられて魔法学院の施設内を歩き出す。


 ここは王都の外れにあり高い壁で囲まれている。

 魔法の知識は国の財産でもあるから厳しく管理されているのだ。

 敷地内には色々な建物が建ち並び、時折爆音と共に振動が襲うぐらいで比較的静かな場所だ。


 外の様子を見ながら歩くフレアに前を行く老女が声を掛けた。


「実はねフレア」

「はい」

「……私だと貴女の先生にはふさわしく無いと思うの」

「……」

「良いのよ。貴女はフロイデよりも優秀過ぎたの。きっと母親であるフロイデも手を余すわ」


 ここ数年フレアと同等の天才児が大量に学院に入学して来ている。

 特に抜け出た天才……赤毛の天才児が学院では有名だ。


「そこで私たち講師たちは話し合って、才能のある子供を集めて互いに磨き合う教育を実験的に始めることにしたの」

「実験?」

「ええ。魔法も術式も勉強も……色々な実験の上に成り立つ。成功も失敗も実験から産まれる。この学院の基本理念よ」


 歩みながら老女は言葉を続けた。


「そこで数人の才能ある者同士を同じ研究室に通わせ学ばせる。でも貴女は特に学科が秀でているから……ほかの生徒とは違う研究室に通うことにになるわ」

「違うのですか?」

「ええ」


 途中警備兵に会釈しながらフレアは自身が学院の奥に向かっていることに気づいた。

 学院の奥……それは特に秘匿するに相応しい術などが研究されている場所だ。


「この奥よ」

「……はい」


 案内されたのは最深部。最重要の研究を進める研究室だ。

 知識でしかその存在を知らなかったフレアは……緊張からコクンと唾を飲んだ。


 この地域の研究室に居るのは陰で"魔人"と揶揄される魔法使いたちだ。

 だが確かにそう呼びたくなるほど彼らの能力は飛び抜けている。


「さあここからは1人で行きなさい。突き当りの扉の先に……彼女は居るわ」

「はい。先生……お世話になりました」

「良いのよ。貴女は貴女らしい魔法使いになりなさい」


 老女に見送られフレアは緊張する足を動かして奥へと進む。

 閉ざされた扉の前で立ち止まり、一度呼吸を整えてからノックした。


「開いてるわ」

「はい」


 若い……女性の声だった。若すぎるようにも思えたが。

 静かに扉を開けて中へと入ったフレアが見たのは、燃えるような赤い髪と抜けるような白い肌だった。


 そして一瞬で服の中が汗まみれになるほどの室温が押し寄せて来た。


「あつっ!」

「……ごめんなさいね。寒い時期用に暖房の術式の実験をしてたら、換気を忘れてたの」


 室内に居たのは全裸でパタパタと風を求めて手を煽ぐ少女……赤毛の天才児アイルローゼその人だった。




「改めて自己紹介ね。私がここの代表アイルローゼよ。以上」

「……フレア・フォン・クロストパージュです」

「へ~。貴女が」


 ソファーに向かい合うように座り、うんうん頷いているアイルローゼにフレアは複雑な視線を向ける。

 彼女はまだ全裸なのだ。同性とは言え堂々と裸を見せられるのは何故だか恥ずかしい。


『資料が飛ぶと面倒臭い』と言う理由で窓を開けることが出来ず、フレアは初期の魔法で冷気を作り出して室内を冷やした。

 その結果、天才児から『合格』を頂き今に至る。


「確か今日からうちで預かるのよね? あ~その辺に学院長からの手紙が転がってた気もするけど良いか。本人が来てるし」

「はあ」

「にしても第二王子の恋人が来るとは思いもしなかったわね」

「ふぐっ!」


 突然の言葉にフレアは咽た。

 ゲホゲホと咳をする少女を楽し気に見つめ、アイルローゼはケラケラと笑う。


「王子様の屋敷から通ってて何も関係ありませんとか無いでしょ? ねえ……どんな関係? もう毎晩頑張ってる感じなの?」

「なっ何の話ですか!」

「あら怒った」


 クスクスと笑うアイルローゼはソファーから立ち上がると、適当に放り投げられている下着とローブを掴んだ。


「いえね……部屋に入って来たお嬢様が余りにも人形っぽく見えたからからかっただけよ。わたしは人形と一緒に生活する趣味は無いから」

「……」

「それと噂は本当だしね」

「ぶっ!」


 フレアはまた咽た。




「ミローテ・フォン」

「ああ。この研究室では家名は不要。それを持ち出されるとわたしが1番格下になるから」

「……分かりました。アイルローゼ様」

「様も要らないわ。……何か付けたいなら先生にして」


 やれやれと呆れた様子でアイルローゼは自室にやって来た3人目の"弟子"から視線を外した。

 部屋には既に2人の弟子が居て……最初の仕事として掃除を押し付けてある。


「ミローテ。貴女も向こうで掃除を手伝って」

「はい」

「それと、その中にはわたしが戯れに書いた魔法の理論がゴロゴロと転がっているわ。気になる物があったら捨てずに懐にしまいなさい。でもこの部屋からの持ち出しはダメ。見つかれば学院法に基づいて罰せられるから……個人の箱でも作って管理なさい」

「……」


 出遅れに気づいたミローテが慌てて駆けて行き掃除を始める。

 その様子を見つめてアイルローゼは改めて悩み始めた。


 一応年下の生徒を集めて貰ったが、年長のミローテですら1歳違い。フレアともう1人のソフィーアですら2歳違いでしかない。


「……何を教えろと言うのかしらね。本当に」


 押し付けられた生徒に、アイルローゼは早速不満たらたらだった。




~あとがき~


 絶対的な支配者降臨!


 そんな訳でフレアが赤毛の天才児アイルローゼの元に預けられました。

 この時点でアイルローゼの優秀さは手の付けようがないほどで、彼女は研究室と言う玩具箱を与えられ好き勝手にやってます。


 で、今回3人の弟子(ミローテ、ソフィーア、フレア)を押し付けられ…彼女は人生は初の難題を抱えるのです。


 人に何を教えれば良いのか?


 人に教わることがほとんど無かった彼女にはハードルが高過ぎました。迷走しそうですねw




(c) 甲斐八雲

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