邪魔をするなら全員死ね
ハーフレンがフレアを伴い王都に戻り1年が過ぎた。
彼は日々近衛の中に混じり、鍛錬に勤しむ甲斐もあり……10歳とは思えない体躯を得た。
今では下手な大人をも凌駕する剣技と力で、騎士の地位を得るのは一人前と認められる15歳を待つばかりの状態だ。
フレアも母親の師でもある魔法使いの元で勉強に明け暮れている。
7歳とは思えない向学心を披露する少女に、師である老女がその才能を持て余すほどだ。
互いに進む道は違うけれど……目指す道は自ずと一緒だった。
だからどんなに辛くても我慢が出来る。耐えられるのだ。
「……」
帰宅したフレアは"自室"で着替えの手を止めると、ベッドの方を見つめた。
着替えなど本来ならメイドの手を借りるのだが、普段着への着替えぐらい少女は1人で済ませる。
何よりこの屋敷のメイドは仕事が多く大変なのだ。
ジッとベッドを見つめるフレアは……今日の話を思い出して頬を紅くした。
先生との雑談から"知識"として軽く"男性"のことを学んだのだ。
『貴族の娘ならこれぐらいの知識は無いとね』と茶目っ気たっぷりで笑う御婆ちゃん先生は、何処か母親に似た性格をしている。そのこと自体好意に捕らえているから問題は無い。
問題があるとすれば……得られた知識の刺激が強すぎたくらいだ。
好きな人と裸になって抱き合って寝るだなんて……会話を思い出したフレアは増々顔を赤くした。
自分しか居ない室内で辺りを見渡しもう一度警戒する。
最近彼は野外での活動が多く、朝早く出掛け帰りも遅い。
疲労困憊の様子だから甘えることも出来ず……ベッドに入っても直ぐに寝てしまう。
そう。自分の隣で彼は直ぐに寝てしまうのだ。
別に裸にされて抱かれたいとか、そう言う気持ちは無い。今はまだ無い。
でも頭を撫でてくれるくらいしてくれても良いのに……と、考える度に胸がキュンとなって辛い。
「ん~っ!」
我慢出来ずベッドに飛び込んで彼が眠る方に顔を押し付ける。
上掛けを抱きしめてゴロゴロと転がったり、スンスンと匂いを嗅いだりと……しばらく暴れたフレアはふと寂しくなって止めた。
ベッドの上で体を起こして周辺の惨状にため息を吐く。
「何してるんだお前?」
「ふぇ?」
声に反応して顔を向けると……部屋の入り口に寄りかかるようにして彼が立っていた。
呆れたような視線を向け、全てを透かして見ているような達観した雰囲気すら見せて。
「……お帰りなさいませ……」
「ただいま」
会話が続かない。
見る見る顔を赤くする半裸の妹を見つめ……ハーフレンは何気なく頭を掻いた。
「着替えたら応接室に来い。コンスーロがカミーラを探し出して来た」
「……はい」
「それと」
呆れた視線を向けてハーフレンは告げた。
「そんなに大変なら少しは息抜きしろよ? お前はやりすぎる傾向があるからな」
「……はい」
立ち去る彼の背を見つめ、フレアはマットレスに自分の頭を打ち付けるのだった。
「こちらが報告書になります」
「済まないな」
「いいえ。では自分は」
「ああ」
着替えを済ませて応接室に来たフレアと入れ違えで、ハーフレンの従者である男性が出て来る。
慌てて一礼をし見送ったフレアは、扉をノックして彼の許しを得てから入室した。
「ハフ兄様」
「おう。これだ」
2人掛けのソファーに座る彼の横がフレアの定位置だ。
迷うことなく飛び込んで、彼に体を預けて報告書に目を向ける。
カミーラはフレアの故郷、東部のクロストパージュ領で共に過ごした仲間だ。
女性ながらに本当に強く、後で聞いた話では父親の魔戦士の候補生だったらしい。
ただ魔力が水準に達していなかったのと、本人が『騎士』志望であったこともあり、王都の王立軍入りを志願して訓練生となった。
「訓練生になってから……」
と、報告書に目を通すハーフレンの表情が険しくなる。対照的にフレアは内容を見て笑顔になる。
訓練生でありながら敵軍とも交戦し手柄を立てていたのだ。
大好きなお兄ちゃんを大甘に見る妹補正でハーフレンと互角扱いだったカミーラならその結果は当然ともいえる。
なら兄が戦場に出れば縦横無尽に活躍をして大手柄のはずだ。
「凄いですねカミーラ」
「……そうだな」
「会いたいです」
「……今は砦勤めらしい。あっちはまだ交戦状態だから難しいな」
「そうですか」
笑顔で兄に甘えるフレアは気付いていない。
ハーフレンの悲し気な眼差しが今にも泣き出してしまいそうな事実に。
報告書を仕上げたコンスーロは、フレアが覗き見ることを察して内容を省いてくれていたのだ。もし本当のことを書いていたら……聡いフレアは気付いていたかもしれない。
カミーラが転戦している先がどれも激戦区と呼ばれる地域で、そんな場所に"見習いですら無い者"を送らなければいけない現状にだ。
たぶん地獄のような環境下で彼女は今を過ごしているのだ。
平和と国を護ると謳っていた彼女が。
ユニバンス北東部ユニウ要塞
嫌な雨が朝から振り続けている場所は、ユニバンス北東の軍事の要だ。
ここを抜かれれば王都まではバージャル砦しかない為、『絶対死守』が上層部から命じられている。
「カミーラ。生きてるかい?」
「……スハか」
敵兵の躯を椅子にして座る同僚に、両剣使いの少女が肩を竦めた。
「アンタの周りは相変わらず地獄だね」
「人のことが言えるのか? お前だって大概だろ?」
「違いない」
引き攣るような表情を浮かべ、スハと呼ばれた少女が視線を巡らせる。
前線に放り込まれてもう何ヶ月……何年経ったのか分からない。時間の感覚が狂うほど彼女らは戦場で生きているのだ。
「さあ生きてる奴らはそろそろ起きな。敵兵の追加だ」
ぞろぞろとやって来る死体の素を見つめ、スハは剣を抜く。
何の感情も宿していない目で"敵"を確認したカミーラも立ち上がると……静かに口を開いた。
「この国を護るんだ。邪魔をするなら全員死ね」
~あとがき~
王都に戻ったハーフレンは近衛に混ざり鍛錬の日々。
フレアは学院へ通いながら魔法の勉強を本格化…ですが先生に恵まれてません。
実家ではハフ兄様にべったりでしたが、彼女の場合は甘える時間を作る為に日々のノルマを圧縮して受けて来ました。幼いながらでもそれが出来るのは彼女が天才の部類だからです。
で、クロストパージュの娘は暴走する傾向があるんでしょうねw
フレアを見ているとクレアの行動が納得できてしまう。
忘れた頃に登場するキャラ、カミーラさん。
彼女は最前線で訓練兵の仲間と共に地獄の日々を過ごしています。狂うほどに苦しみながら。
初出のユニウ要塞が本編に出ていない理由は…たぶん追憶②で書かれるはずです。
(c) 甲斐八雲
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