しばらくは遊ばせて貰いましょう

 ユニバンス王国王都、貴族居住地区内



「どうして……」


 頭を抱え少女は机に向かい倒れ込んだ。


 こんなにも……両親の地位や王族の称号まで費やし集めた魔法の書には、彼女の問いに答える記述など記載されていない。

 もう何年と部屋での研究を繰り返してきたが、気づかされたのは自身の才能の無さばかりだ。


 隈の浮かぶ目元を誤魔化すように擦り、少女は幽鬼のように椅子から立ち上がるとメイドを呼ぶ。

 部屋仕えのメイドは静かに一礼をして入室して来た。


「着替えを」

「はい」

「……顔色はどう?」

「お化粧をなされた方が宜しいかと」

「そう。なら湯を浴びてから仕度するわ」


 主の声にメイドは一礼をして廊下に待機する同僚に指示を出す。


「グローディア様」

「……なに?」

「少しお部屋をお片付けした方が」

「……そうね。これを見たらまた母様が煩いでしょうね」


 口元を引きつらせるように笑いグローディアと呼ばれた少女は、パラパラと捲っていた本から手を離した。


 彼女が暮らす部屋は、とても王位継承権第10位を持つ少女の部屋とは思えないほど散らかっていた。

 まだ幼い弟などは、姉の部屋の余りの惨状に遊びにも来なくなった。だが正直グローディアとしてはそっちの方がありがたい。研究の邪魔をする弟が疎ましくてならなかったからだ。


「床に転がっている本は集めて題名が見えるようにしておいて」

「はい」

「机の上は……ある程度纏めて良いわ。大半がゴミだけど」

「はい」


 メイドに指示を出し少女は歩き出す。

 現国王ウイルモットの妹であるマルクベルを母に持つ彼女は、人生の大半を屋敷で過ごしていた。


 暗殺を恐れてなどでは無く、父方の血がもたらした"魔法使いとしての素質"のせいだ。何より女性である彼女は暗殺対象となるには最後の最後でしかない。

 王位を狙う者であれば、最悪王位継承権を持つ者を上から順に殺して行き……最後に彼女を娶れば国王になれるのだ。拠って誰も彼女を狙わない。


 浴場に辿り着きメイドの手を借りてドレスを脱ぐ。

 いつも通り2人のメイドに全身を綺麗に洗われ……グローディアは湯船に身を沈めた。


 暖かな湯を全身に受ける彼女も今年で11歳。未成熟ながらも女性らしい成長が身体に伺える。

 母親譲りの金髪碧眼。そして外に余りでないお陰で日焼け1つない肌は白く清らかだ。

『王位継承権を持つ姫の中で一番美しい者は?』と問えば、彼女を知る者たちは口を揃えて言うだろう……『グローディア・フォン・ユニバンス』と。


 だが彼女の美貌を知る貴族は少ない。公の場に全く出て来ない彼女は、陰で色々と悪い噂が立っている。母親であるマルクベルはそんな噂を払拭したくてグローディアを何度も屋敷から連れ出そうとするが、神童と謳われる魔法の力を振るわれ叶わずに居る。


 だがグローディアは気付いていた。自分がただの"凡人"であると。


(本当の天才が必要なのよ。治療魔法では無く、リア伯母様の体を全て再生させる魔法を作れる者が)


 グローディアの研究は、治療では無く再生。

 それは蘇生や時間停止などと同列に並ぶ不可能魔法の1つである。


「本物の天才を探すしかない。もうそれしかない」


 湯船の中で膝を抱き……正気を失いつつある目でグローディアは自分にそう言い聞かせた。




 ユニバンス王国王都、魔法学院敷地内



 王都の魔法学院の学生は、寮で暮らすことを義務づけられている。

 例外は上級貴族の子供ぐらいで、彼らは王都にある自分の家の屋敷から通って来るのだ。


 寮は男女に別れていて、原則部屋の行き来は禁じられている。泊まり込むなど停学物だ。

 それでも年に何組か恋人関係となる者が生じるのだから……恋する人間の底力は侮れない。


 寮での暮らしは、どんなに非凡な者でも、どんなに才ある者でも大差は無い。実家が裕福であれば自室の魔法書や身の回りの物に贅沢できる程度。貧しければ質素なものだ。

 だから貧しい者は授業が終わると暇潰しを求めて研究室を訪れる。日が沈むと研究室を閉じられるので違う暇潰しを探し、見つけられなければ部屋に帰って食事と風呂を済ませて寝る。

 魔法書を読んで時を過ごすのはごく一部の者だけだ。


 だが……彼は違う。

 キルイーツ・フォン・フレンデは他とは違う。


 研究内容が公に出来ないが、彼が持つ医術の知識は抜けている。

 お蔭で治療行為に対する対価や多額の寄付、研究報告から金銭を得て……最近は故郷に居る妹夫婦を王都に呼び寄せた。

 彼女たちも医者をしていて、王都で細やかな治療院を開いた。姪もすくすくと育っている。


 キルイーツの治療魔法の進捗具合を無視すれば、彼らはとても平和な時を過ごしていた。


「で、後悔と懺悔は終わったかしら?」

「……」


 とても冷ややかな声に、彼は人生初の走馬燈を見た。

 本当に僅かな時間のはずなのに、今までの人生全てを振り返った気がする。


 ゴクリと唾を飲み込み彼は目の前に居る人物を見る。

 赤い髪で赤い目の……少女だ。まだ10歳ぐらいにしか見えない。

 故に気づく。彼女が噂の天才であろうと。


「お風呂場の外で魔法が使われた残滓があったから待っててみたら……器用ね? 強化魔法で接地面を強化して壁を昇って来るだなんて」

「……」


 そう告げる彼女は苦も無く壁の上に立っている。

 普通に地面を歩くように壁の上に立ち……昇って来たキルイーツを制したのだ。


「何か言ったら?」

「……君が噂のアイルローゼかね?」

「ええ。先日付で学院の生徒になったわ」


 クスクスと笑いしゃがみ込んだ彼女とキルイーツは向かい合う。

 両者ともに壁の上と言う部分を除けば、しゃがみ込む少女と四つん這いの男性でしかない。


「で、女性用のお風呂を覗き見る貴方のお名前は?」

「……我はキルイーツ・フォン・フレンデ! 治療魔法を作り歴史に名を残す男だ!」

「はい良く出来ました。じゃ……さようなら」


 少女とは思えない冷たい視線と声を発し、アイルローゼと呼ばれた少女は魔法語を紡ぐ。

 キルイーツは自身の魔法が強制的に解除されたのを見て……相手の実力の一端と、幼い太ももの隙間から見える白い下着に激しく興奮しながら、地面へと落ちて行った。


 グシャッ……と鈍い音が響き、慌てた様子で人が集まる。


「誰か! 人が、人が落ちて来たぞ!」

「うわっ! 頭から血を流している! 医者だ! 医者を呼んで来い!」

「って医者だ! またキルイーツだ!」

「医者が怪我するな馬鹿! 誰か急いで妹さんに連絡しろ!」


 騒がしい下の様子を見つめてクスクスとアイルローゼは笑う。

 地面に触れる前に、彼は強化魔法で自身を強化し防御力を高めていた。死にはしないだろう。


「部屋に閉じこもってばかりだと視野が狭くなると先生に言われて来たけど……楽しそうね。ここは」


 立ち上がりクルクルと軽い足取りで回りだす。

 重ねて言うが彼女は壁の上に立っている。


「しばらくは遊ばせて貰いましょう」


 後に術式の魔女と呼ばれる彼女も……この頃から普通ではない少女だった。




~あとがき~


 引き籠ってばかりで影が薄い少女グローディアと、容赦など母親の腹の中に忘れて来た少女アイルローゼです。

 神童と呼ばれてもその才能の限界を感じているグローディアは迷走中ですね。で、天才の名を欲しいままにしている先生は…やはり天才少女でした。


 舞台が王都に移ることもありこの2人が、と言うかフレアの師であったアイルローゼが出て来るのは当たり前なんですけどね。

 変なフラグ立てないでよ先生。マジで暴走が怖いっす。


 八雲さんの作品は基本勝手にキャラが動き回るのを放し飼い状態で執筆しているので、時折おかしなフラグが勝手に立ちます。

 ええ。アイルローゼとかが勝手に。マジで…勘弁して欲しいっす。




(c) 甲斐八雲

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