ハフ兄様と一緒じゃなきゃ、嫌

『王都の方は、メイド長と呼ばれるようになったスィークが余りにも綺麗好きっぷりを発揮して、だいぶ掃除が進んで綺麗になった。だが今度は王都から地方へと逃れて悪巧みをしている奴らも居る。今後はそいつ等の炙り出しと淘汰が主流になるだろう』


 夫からの手紙はいつも用心を重ねて隠されてくる。

 隠し場所を知っているフロイデは、新たに送られて来た夫と妾との間に生じた子供をあやしながら……お包みの中に隠されている手紙を取り出して見ていた。


『俺もしばらくそっちに戻れなかったが、王の許可を得て一度帰郷する。その時までにハーフレンの荷物を整理させておいてくれ。王都に戻る時は彼も連れて帰ることになる』


 箇条書きで書かれている文章を二度確認し、フロイデは魔法語を呟いて手紙を燃やした。


「……ハーフレンを連れて行くのですか」


『良し良し』と子供をあやしながらフロイデは屋敷の外に目を向ける。

 最近はやたら身長が伸びだし、下手な大人程の育った彼は乗馬が気に入ったらしく、暇を見つけては馬に乗っている。

"2人"で跨り、馬を御しながら"妹"の相手までしているのだ。


 自分のことを大切にしてくれる"兄"に懐き過ぎているフレアをどう説得したものか……フロイデはその難問を前に逃げ出したい心境だった。




「ハフ兄様」

「どうしたフレア?」

「フレアもやってみたいです」

「そうか。でも急な動きはダメだぞ?」

「はい」


 兄がやっているのを見れば自分もしたくなる。

 フレアもそんな年頃を迎え……彼から手綱を受け取り乗馬ごっこを始める。


 二人が乗る馬はちゃんと教育が施された軍馬。ユニバンスの西部にある馬産地で育てられた一級品の馬だ。

 多少フレアが乱暴に手綱で遊んでも馬はそれを理解し慌てずに歩く。何より馬の胴体を挟み込む青年と呼んで差支えの無い体格となったハーフレンの足が正確な指示を出して来るのだ。


「ハフ兄様」

「何だ?」

「走ってくれません」

「そうか」


 優しく少女の体を抱きしめて馬に早足を指示する。

 胴からの振動で走り出した馬にフレアは大喜びだ。


「凄い凄い」

「ああ凄いな」


 本当に兄のようにハーフレンはフレアを大切にしていた。

 彼女の笑顔を見ていると……募る不安が掻き消えるからだ。




 いつの頃からか従姉からの手紙が途絶えた。


『リア伯母様は元気です。でも安心は出来ないから……私が必ず助けてみせる』


 最後に送られて来た手紙はとても短く、それ以降何通と送っても返事など来ない。

 兄に出した手紙は彼の元に届いているのかも怪しい。フレアの父親であるケインズが帰って来れば話ぐらい聞けるのだが、彼はここ2年ほど戻って来ていない。


 外部からの情報は全て途絶え……ハーフレンは否が応なしに王都へと気持ちを向けていた。

 そんな兄の気持ちをフレアは幼いなりに感じ、普段以上に甘え懐いていた。


『決して離れたくない』


 少女の様子を見る者全てがそれを理解し、何とも言えない気持ちにさせられるのだ。




「久しいなハーフレン。ってお前育ち過ぎだろう?」

「お久しぶりです。ケインズ小父様」


 屋敷の警備兵と一緒に並んでいた第二王子をケインズは最初気づけなかった。

 確かに直接会うのは2年振りとは言え……あと少しで自分の身長を抜きそうなほどに育っているとは思いもしなかったのだ。


「大きくなり過ぎだ。余程ここの水がお前に合っていたんだろうな」

「そうかも知れません」


 クロストパージュ領は魔法使いが多く居る穀倉地帯だ。

 魔法の方はからっきしでも、良質の小麦から作られる小麦料理を多く食べて来たハーフレンは普通の若者よりも多くの栄養を得た。そして朝から夕方までボロボロになるほど鍛練を積み……肉体の成長に必要な要素が揃い過ぎていたのだ。


 我が子以上に嬉しそうな表情を見せ、ケインズは王子を連れて屋敷へと入る。

 自身の子供たちは後回しにさせてしまうが、それは納得して貰うしかない。

 ただハーフレンの服の裾を確りと掴んで離れないフレアは……父親として叱るべきだったのかもしれないが。




「まず最初にハーフレン」

「はい」

「国王陛下からの手紙だ」


 メイドから手渡された手紙をケインズは王子へと渡す。

 封蝋された手紙を受け取り、ハーフレンはそれを剥して開こうとする。


「ここで読むな。後で自室で読め」

「……分かりました」


 たぶん何か深い理由があるのだと察し、彼は懐に手紙をしまった。


「もしかしたらその手紙にも書かれているかもしれんが」


 と言いかけて、ケインズはチラリと王子の横に居る我が子を見た。

 恐れ多いことに王子様の腰に抱き付いて……何故か父親であるケインズを毛嫌いしているような目を向けて来る。我が娘ながらに勘が良く容赦無いと察した。


「お前には王都へ戻るように指示が出ている。5日後に戻る時に一緒に行くから準備をしておけ」

「はい」


 静かに頷いたハーフレンは、自分の腰を強く抱く存在に目を向けた。

 プルプルと震えて今にも泣きそうな妹に……何とも言えない気持ちにさせられる。


「で、次はフレアです」


 ポンと手を打ってフロイデが場の空気を変えた。

 母親らしい柔和な笑みを浮かべ、彼女は夫にも内緒にしていたことを披露する。


「フレアの魔法の才能はとても抜けていて、このままここで育てるのは勿体無いと思うのよね。だから伝手を頼って王都の魔法学院に飛び級でねじ込もうかと思ってます」

「ちょっと待て! 俺は聞いて無いぞ?」

「ええ。私も聞いてませんわ。新しい……ねぇ?」


 妻の声と睨みで夫は沈黙した。

 どんなに用心を重ねても、何故か妾が増えたことが妻の耳に届くのだ。


「だからラインリア様にお願いして、今度はうちの娘をあっちで預かって貰うの」


 これにて一件落着とばかりに言いたげなフロイデを……何故か娘が睨みつける。


「フレアは不満?」


 コクンと少女は頷いた。


「何が不満?」

「……ハフ兄様と一緒じゃなきゃ、嫌」


 甘えん坊な我が娘……フレアが要求したのは、ハーフレンとの共同生活だったのだ。


「それは……ハーフレン次第かしらね? どうするのお兄ちゃん?」


 退路を断たれている状況でフロイデが悪戯が成功した子供のような目を向けて来る。

 助けを求めケインズを見た彼は、歴戦の雄がただただ首を横に振ると言う反応が精一杯なのを知り……諦めて全てを受け入れた。



 こうしてフレアは、王都の王妃が住まう屋敷に預けられることとなった。




~あとがき~


 これにてクロストパージュ領でのお話は終わりです。で、ちょっと小話を。


 本文に出てませんが、本編でクレアが指摘した通り現時点で彼女は…実は生まれてますw

 2年前にケインズパパンが戻って来た時に生を受け、実は確り誕生しているのです。が、たぶんクレアは母親の性格と自分の正確な年齢を把握しきっていなかったのでしょうね。


 実はこの小説で最大の地雷が『年齢』なのです。

 ええ。フロイデママンがおおざっぱ過ぎて……まあ一応貴族全体にその風潮があるから仕方ないんですけどね。

 詳しいことは、後にグローディア姉さんがなぞ解きをしてくれます!



 小話ついでにぶっちゃけを。


 今回の過去編を書くにあたって初期設定と称して書いたメモ紙を読み返すと…本当にミスだらけでビックリしました。よくもここまでやらかしてるな…と本編の修正してて冷や汗が止まりませんでしたよw


 一番の問題は、自分もこの話を書くのが楽しくて…途中で『デスロード』と呼ばれる無制限最長シナリオに移行したのが問題の始まりなんですけどね。当初は100万文字で終わるはずでしたし。

 だからハーフレンやフレアの話とか書く予定が無かったんですよね。ぶっちゃけw


 それもあってフレアと言うキャラがだいぶブレブレになってしまいました。

 最初から最長シナリオを採用していたら…全く異なる彼女になっていたでしょう。


 打ち切りを考えずに突き進む勇気が必要だと知りました。




(c) 2019 甲斐八雲

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