面白く無いぞ、それはっ!

「後ろからドラゴンがっ!」


 隊列に並び歩いていたキルイーツはその声に反応した。

 慌てながらも1番安全な場所……つまり王妃の馬車を目指す。

 現れたドラゴンは騎士たちが駆逐出来ないまでも追い払うはずだ。数人の人の命と引き換えに。


 ドラゴンとて生き物であるから食料を得ようと襲いかかって来るのだ。

 だからこそそこまでの危険は犯さない。飯を得れば早々に退散する。

 それが旅人の基本的な知識である。


 知識を元にキルイーツは迷うことなく堅い造りの馬車に向かう。

 何故ならばあの馬車の真下が1番安全だと、歩きながら出した答えだからだ。


 走りながら自分同様に馬車に向かう男が居ることに気づいた。

 ちょっと前に立ち止まった時に怒鳴って来た商人風の男だ。

 彼も同じ結論に辿り着いたのだろうと推理し、キルイーツは男に向けて親指を立てた。


「無視かよ」


 一瞥しただけで彼は速度を増して馬車へと向かうのだった。




「嫌っ!」


 突然のことに怯え我が子を抱いたラインリアが震える。


 叩き起こされる格好となったハーフレンは、判断出来ないままに母親の胸に抱かれて甘い空気を肺いっぱいに吸った。

 本当に自分の母親はどうしてこんなに甘い空気を纏っているのだろう……と、数えで2歳ながらもませたことを思いつつ、普段と違う彼女の様子にようやく気付いた。


「お母様?」

「ダメっ! ハフは見ないで!」


 2人の時にだけ呼んでくれる愛称が彼女の口からこぼれ出る。

 動転しているラインリアはそのことにも気づかずに我が子を硬く抱き締めた。


「王妃様。決して動かずに」


 顔色を蒼くさせたメイドが気丈にも振る舞う。


「この馬車はとても堅く造られています。普通ならばっ」


 彼女の言葉を遮るかのように、ガタガタガタと馬車が激しく揺れた。

 ミシミシと馬車が軋み、窓ガラスが全て割れる。

 ゆっくりと傾く馬車の状況に……耐えられなくなったメイドが悲鳴を上げた。


「騎士様っ! 騎士隊長様っ!」


 泣き叫ぶメイドが慌てて窓から顔を出して外に向かい叫ぶ。だがその判断が間違いだった。

 馬車を襲撃していた"それ"は、突然出て来た人の頭に驚き、牙が並ぶ口を開いて齧り付いた。


 馬車の中でラインリアはそれを見ていた。

 突然激しく手足を振り出したメイドが……溢れ出る鮮血に汚れ、ズルズルと馬車の外に引きずり出されて行く様を。


「あっああ……いゃあ~っ!」


 我が子を抱いて激しく震える彼女の反応は仕方ない。

 上級貴族の娘として両親に愛されて蝶よ花よと大切に育てられたからだ。


 相応しい家に嫁ぐことになると思っていたが、彼女をひと目見て惚れ込んだ相手が悪かった。

 王子ウイルモットだ。

 ラインリアが呆れてしまうほど彼の求婚はすさまじく……根負けしたと周りに思われる形で彼女は彼からの申し出を受け入れたのだ。


 でも彼女は根負けなどしていない。

 ただただ自分のことを『一生愛する』と真っ直ぐな目で告げる彼に心を奪われ信じただけのことだ。

 それからも彼はラインリアを大切に扱った。決して危険に巻き込まれないように過保護なほど。


 故に彼女は血生臭い現場は知らない。

 綺麗で安全な花畑で暮らして来た彼女は。


 息子を抱き震える彼女は、自身が座っている座席が濡れて行くのも気づかない。恐怖の余りに失禁していたのだが、それすら気づけずにただただ震えながらも息子を抱きしめ続けた。

 母親の愛情なのか、恐怖の余りにすがり付いていたのかは分からない。


 だが母親に苦しいほどきつく抱かれている息子は、馬車の扉が開くのを見ていた。

 知らない男がナイフを手に入って来ようとしているのを。


「母様! 離して!」


 息子の必死の叫びは恐怖に震える母親の耳に届かない。

 男がナイフを手に押し入ろうとして、何故か真横に吹き飛んだ。


「面白く無いぞ、それはっ!」


 また知らない男だった。

 彼は手にした荷物らしき者で襲撃者に一撃を加えたのだ。




 キルイーツは怪しい動きをする商人風の男を見つめていた。

 と、懐からナイフを取り出し、死体らしきモノを咥えて振り回し暴れるドラゴンの横を過ぎて馬車に向かう。


 流石にそれが何を示す行為か容易に想像出来た。迷わなかった。

 背負っていた荷物を急いで手に持ち換え、馬車の入り口に立つ男目掛けて振り放った。


「面白く無いぞ、それはっ!」


 こんな緊急事態に男の行為はとても笑えない。

 どう見ても騒ぎが起こるのを知ってての行動だ。


「騎士さんよっ! ここに王妃を殺そうとする者が居るぞっ!」


 腕力に自身の無いキルイーツは咄嗟に叫び助けを呼ぶ。

 今の攻撃も不意打ちと荷物が本であったから与えられたダメージに他ならない。

 暗殺者が本気で攻撃して来れば、医者希望の彼が勝てる通りなど無いのだ。


「騎士さんよっ!」


 彼は慌てた。

 いくら呼んでも騎士が来ない。

 体勢を整えた暗殺者がニヤリと笑い、どこか自慢するように手を広げた。


「騎士なら大半が逃げたぜ? 見て無かったのか?」

「な……に?」

「金で雇われた俺の仲間ってことさ。間接的な、な」


 ペロリとナイフを舐めて暗殺者が身構える。

 対するキルイーツも荷物を両手で持って盾代わりに構えるしか出来ない。


「狙いは王子と王妃だが、お前も死になっ」


 と、暗殺者が背後から食らった一撃に……首から上を何回か回して崩れ落ちた。

 暴れていたドラゴンの尻尾が偶然にも当たったのだった。


「助かった……」


 安堵しその場にしゃがむキルイーツだが、ふと地面に影が生じていることに気づいた。

 慌てて振り返ると、別の方から現れたドラゴンが……王妃たちが乗る馬車を蹴り上げる所だった。



~あとがき~


 これっていったいどこの真面目な物語?

 過去編を書いてて気づいたこと…主要メンバーが出ないと真面目な小説である!

 つまり主要メンバーが普通にこの作品をコメディに変えているらしい。


 アルグスタめ…w




(c) 甲斐八雲

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