Side Story 01 追憶① 『愛しき君へ』

何かしら?

 大陸の南東にユニバンスと言う小国がある。

 立地に優れ資源が豊富なこの国は、何度も他国からの侵攻を受けるが、負けることなく耐え抜いている。

 だがそんな国にも致命的な危機が訪れることがある。


 内乱だ。


 王位を得ようと、前王の弟と前王の息子が仲間を集い争った。

 半年にも及ぶ内乱は、勝利の女神の祝福を得た息子に軍配が上がった。

 反逆者となった敗軍の将は捕らわれ首を刎ねられる。いつの世もどんな時代もどんな世界であっても……人とはそう言う生き物だ。


 平穏は訪れた。

 だが内乱を平定する代償は大きい。


 有力貴族への優遇。


 自陣営に取り込もうと提案した免罪符が、王となった者たちの首を絞める。


 それでも後を継いだ王は決して無能では無かった。

 使える者は徴用し、無能者は罪を擦り付けて放逐する。

 恨みを買っても政治は回る。

 買い過ぎた恨みは王に向かず、その周りに向いたが。




 ユニバンス王国内主要街道



 前後左右を騎士に囲まれて進む馬車は、この国で最も尊き者が使用する物だ。


 王家専用馬車。


 政治に忙殺されている王が、愛する妻への気晴らしに小旅行を提案したのはいつものことだった。

 幼き末の子供を連れ、王国南の海が見える保養所でのんびり過ごす。

 王城内の勢力争いから離れ、心休まる時を過ごした王妃も愛しい王の元に戻るべく馬車の中で退屈な時を過ごしていた。


「お母様」

「何かしら? ハーフレン」

「はい。今度は兄様や姉様も一緒が良いです」

「もう何度目かしらね? そんなにあの場所が気に入ったの?」

「はいっ」


 満面の笑みを浮かべる我が子を抱き寄せ、母親でもある王妃ラインリア・フォン・ユニバンスは柔らかく笑う。


 馬車の中には自身と息子ハーフレン。それとメイドが一人だ。

 普通の馬車ならば3人も乗れば窮屈であるが、王家専用車は十分な広さを備えている。

 故に王妃もたっぷりとした柔らかな素材の座席に座り、我が子を抱いて転がりもするのだ。


「シュニットと一緒は難しいかもしれないけど、グローディアなら連れて来れるかもしれないわね。今度はあの子も連れて行きましょう」

「約束です」

「ええ。ただグローディアが……」


 キラキラと目を輝かす息子にこれ以上の言葉は告げられない。


 2人の王子を一緒に連れて歩くことなど到底許されない。

 特に長男のシュニットは国王の後を継ぐべき存在だ。大切に王都で育てられている。


 夫の妹の娘、王位継承権8位を持つ姪ならば連れ出すことも出来るだろう。

 息子も彼女を『姉』と呼び慕っている。だが彼女は……とにかく本の虫だ。幼いのに本を好み、魔法にも精通している。ユニバンス王家では珍しいほどの才能を持ってはいるのだが、とにかく表に出たがらない。


「ディア姉様は無理ですか?」


 母親の顔色を察した我が子が、泣きそうな顔を向けて来る。

 柔らかく笑った王妃は、形の良い胸を張って軽く叩いた。


「……お母様に任せなさい」

「はいっ」


 聡明で明るい我が子の笑顔に……ラインリアは安請け合いしたことをちょっぴり後悔した。

 でも我が子の喜ぶ姿には逆らえない。どうやって義理の妹マルクベルを説得するのかを考え思考する。


 考えながらも母親としての義務は忘れない。

 暇を持て余す我が子の相手を務めながら……彼が疲れ眠るまで相手をし続けた。




「何だか嫌な空気だな」


 王妃の隊列の後ろに居る男はそう言って空を見た。

 今は雨が降るのが珍しい時期だ。だが天を覆う灰色の雲は今にも泣き出しそうに見える。


「止まらず歩けよ」

「ああ。悪い悪い」


 後ろに居る商人風の男に促され、足を止めていた彼はまた歩き出す。


 彼の名はキルイーツ・フォン・フレンデ。

 中級貴族のフレンデ家を継ぐ身であったが、彼は家を継がずに王都に出る決心を固めこの隊列に居る。


 王妃の列には護衛である騎士が配備される。

 近頃小型ドラゴンが街道に姿を現すようになり護衛無しでの旅は推奨されていない。

 だからこうした有力者の隊列に旅人が同行するのが基本的な流れになっている。


 勿論無料では無い。野営の設営の時には力を貸し、何より騎士たちには酒代程度の賃金も払う。

 それでも無事が買えるならばと街道を行く者たちは隊列に並ぶ。キルイーツもそんな1人だった。


 だが彼はこの後、奇跡的な偉業を成し得て王都に向かうこととなる。




「ラインリア妃」

「なに?」

「……もう少し王妃らしく振る舞われた方が?」

「良いでしょ? 息子の前でまで自分を偽りたくないの」


 子供のように頬を膨らませてラインリアは拗ねだした。

 何処か幼い感じを漂わせる女性だから可愛らしくも見えるが……実際彼女は2児の母親だ。


 自身の膝を枕にして眠る我が子の背を撫でてラインリアは慈愛に満ちた目を向ける。

 世継ぎとなる長子シュニットにはこの様な振る舞いは決して許されない。

 だがここは馬車と言う隔離された空間であり、何より眠る我が子は次子だ。


「この子はシュニットの影となって支えて生きて行く。ウイルアム様のようにね。

 なら今ぐらいたくさんの愛情を注いであげたいじゃないの」

「……そうにございますね」


 王妃の優しさを近くで見て知るメイドは、その言葉に頷くしかなかった。

 何か問題が生じれば自分が叱られると理解してはいても……やはり笑顔の王妃には敵わないのだ。


 と、馬車が石でも踏んだのか……ガタッと大きく揺れた。


「何かしら?」


 息子から馬車の外に顔を向けたラインリアは見た。

 窓に衝突し、顔を押し付ける……血を流した男性の顔を、だ。




~あとがき~


 そんな訳で全37話の過去編です。10年前のあの日の手前までの物語です。


 実は当初はノイエの過去編の手前までの予定でしたが、アイルローゼ先生が可愛いから悪いんだと思います。それとグローディアが一途過ぎるから!

 予定より大幅に長くなったので変則構成となります。それでも37話とかビックリです。




(c) 甲斐八雲

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