先生……

 ユニバンス王国内ブシャール砦近郊



 ドラゴンを殴り地面にめり込ませたノイエは、ふと違和感を感じて視線を砦に向けた。

 今までに感じたことのない漠然として"嫌な空気"に、背中がピリピリとして痒くなった。


「行かないと」


 自分でも良く分からないが、ノイエはその言葉を発していた。

 だが周りにはまだドラゴンが残っている。これを無視して行く訳にはいかない。


 困っていると瞼が重くなって目を閉じた。

 開いて見れば……ドラゴンが全て死に絶えている。

 何が起きたのかは分からない。でも間違いなく死んでいる。


「これは凄く痛い」


 何度か自身で食らい"痛い"のは良く分かっている。

 でもどうしてそうなったのか分からず、首を傾げるが……答えが出来ないから後で"アルグ様"に聞こうと決めた。


 話すことが出来て少しだけ足取りが軽くなったノイエは、爪先を砦に向けて地面を蹴った。

 腐り分解されたドラゴンの遺体をその場に残して。




「分かっていることだけを報告しろ!」


 敵であるドラゴンの圧に押されている大女の背を睨み、ハーフレンは声を上げる。

 何度となく吐き出された石をその身に食らい盾となったのであろう彼女の様子から……全てを察した。


「たぶんあれは異世界のドラゴンでしょう」

「何故そう思う!」

「我々が捕らえた竜司祭ドラゴンプリーストなる者から得た情報にございます」


 帝国の元大将軍の部下を自称する男の言葉にハーフレンは何となく理解した。


 思い出したのは弟の結婚式だ。あの時大陸の北から司祭を弟は警戒していた。そして式中に、突然中型のドラゴンが発生したのだ。

 現在でも警戒網を潜り抜けて、どうやってドラゴンが姿を現したのかは分かっていない。


「どうしたら建物の中から姿を現した!」

「大陸の北から来た変態が右手に持った球を握り潰したら湧いて出たよ」

「なかなか根性の座った変態だな。俺には無理だ」


 男としてそれをやったら終わりだと感じ、ハーフレンは薄く笑った。


「おうおう! 私の言葉にはどうしてそんな返事が返って来るのかなぁ!」

「薄い胸に手を当てて考えろ」

「ルッテ! その脂肪を譲れ!」

「今ならちょっと分けたいです。つっかえて抜け出せなくなりました!」

「「死ね!」」


 フレアとミシュの声と殺気を受けても、胸が瓦礫に引っかかって身動きを取れないルッテは体を動かし続けていた。


「たぶん握り潰した物は宝珠と呼ばれる珠でしょう」

「詳しく」

「……彼ら司祭が持つ透明な珠にございます。使い方は知りませんでしたが、その中にドラゴンが封じられているとか」


 的確な答えにハーフレンは彼を見た。


「……打てば響く良い部下だな。アンタ」

「どうも」


 後輩に石を投げ出している駄犬の様子にため息を吐きつつも、ハーフレンは軽く右手を握り締める。

 指の骨が3本ほど折れているらしく、伸びたまま動かすことが出来ない。


(胴斬りはあのまま預けておくか)


 ハーフレンは頭の中をフル稼働させて策を練る。

 自分は間違えなく戦えない。ならばドラゴンと戦えるのは帝国のオーガだろう。

 だが彼女はドラゴンが吐く石の直撃を回避せずに食らい続けている。その傷が蓄積しているのかだいぶ足に来ている様子だ。


「そこの大女。石を避けろ」

「断るよ。逃げるみたいで情けないっ!」


 上段に大剣を掲げて両手で握り振り下ろす。

 確実に彼女の体が小さくなっている。


「そのままだと負けるぞっ!」

「負けないよ! アタシは最強さねっ!」


 肩の筋肉を膨らませ彼女はまた大剣を振るう。

 だがドラゴンは攻撃を受けても……傷を得ているようには見えない。


(何だあれは? 皮膚が硬いのか?)


 改めて観察して、ハーフレンは違和感に気づいた。

 胴斬りと呼ばれている剣は、その強度と鋭さが売りの大剣だ。

 重量級の刀身を叩きつけられてぶつ切りにするはずなのに……。


(刃が通っていない?)


 観察し結論を出した。

 つまり刃物ではあのドラゴンは倒せない。


「ミシュ!」

「はいよ」

「ノイエを呼んで来いっ!」

「了解」


 立ち上がった小柄な女性騎士は、カクンと膝の力を無くして地面に片膝を着く。


「思ったより空腹だった!」

「死んどけ馬鹿がっ!」


 たぶん頭に受けた一撃で正確な判断が出来なくなっていたのだろう。

 ゴソゴソと腰の革袋から干し肉を取り出し咥えだしたミシュが、急いで補給を始める。


「動けるようになったらノイエを呼んで来い! フレア!」

「もう影は使えない」

「……なら魔法で支援だ。胴斬りを出来るだけ強化しろ!」


 命じてハーフレンはルッテを見る。


「ノイエの方のドラゴンはどうなってる!」

「はい! ……えっ? ええっ!」

「どうした!」


 声を上げるルッテが血の気の失った顔を向けて来る。


「もう全滅してます」

「っ!」


 嬉しい誤算ではあるが、ハーフレンは背筋に冷たい物を感じた。

 気のせいかアルグスタと結婚して以降、ノイエの強さが増しているようにすら思える。


「ミシュっ!」

「ああもう! 人使いが荒いな!」


 干し肉を噛み千切り、ミシュが姿を消す。

 その様子を確認せずにハーフレンは戦場全体を見つめていた。


 ユニバンス王国屈指の軍人と呼ばれる片りんを見て、跪いた姿勢で待機しているヤージュは内心笑っていた。

 やはり自分の考えに間違いは無かったと確信めいた物を得ていたからだ。


 これだったら……そう考えた矢先、その音が響いた。

 石がぶつかり顔を後ろに反らしたトリスシアが、大きくよろめいて後方に崩れる。


 盾を失ったハーフレンたちは、正面から中型ドラゴンの姿を見た。

 クワッと口が開き吐き出された石が……迷うことなくハーフレンに向かい飛来する。彼は咄嗟にフレアの背を押し射線上から追いやった。


「ハーフレンっ!」


 宙を浮きながらフレアは自分の影を動かす。

 だが最初の一撃で骨格となるプレートを砕かれた影は動かない。

 石の前に立ちはだかる黒い影は、紙よりも薄い盾でしかなかった。


(先生……)


 フレアが呟くように願ったのは、誰でも無い……亡き恩師だった。




(c) 甲斐八雲

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