アルグ様が居ないのは……嫌
王都を出たユニバンス王国大将軍シュゼーレが指揮する王国軍は、北東に向かい進軍を続けていた。
が、先方からの報告に……初老の大将軍は苦笑してから軍を街道の左右に分ける。通行の邪魔にならないようにとの配慮だ。
「落ち着けナガト~!」
しばらく待機していると、哀れんだ悲鳴を上げる巨躯の馬が走って来る。
普段は牛のようにのんびりと歩く様子が見られるが、その大きな体を使い走る姿は……恐ろしいほどの迫力がある。圧倒的過ぎて一般兵などは軽く怯えている。
「マジで~!」
止まることなく駆け抜けた馬から、ポロッと黒い筒が落ちるのを大将軍は見た。
また苦笑し、馬周りの兵が拾い上げて……驚き恭しく差し出して来る。
受け取ったシュゼーレも押されている封蝋の模様を見て背筋を伸ばした。
彼がこの封蝋の印を使ったことが何度あっただろうか?
宛名を確認し、大将軍は"第三王子"からの書状を開いた。
「このまま兵を進める!」
黙読しそれを懐へしまった彼は、待機している部下に指示を出した。
「アルグスタ王子よりの命である。立ち止まるな!」
「「おうっ!」」
隊列を戻し進軍を再開した王国軍は、止まることなく進軍を続け……パーシャル砦でそれを見た。
奇声を発して小型のドラゴンたちの尻を蹴る異国の少女の姿を。
ヤバい。吐く。
激しい上下運動で胃の中の物が出そうだ。
祝福で消費した力の回復が食べ物ってどんな仕様か問いたい。
教えてカミューさん! ……何か言えよ。小姑の癖に。
『もう殺す』
斬新な処刑宣告が耳の奥に響いたんですけどっ!
『腸を引きずり出して、それでお前の首を絞めて殺す』
処刑方法の掲示までっ! 何それどこの世界の残酷物語っ! って、ここは異世界でしたね!
『股間の《ピー》を引き抜き《ピー》に』
ごめんなさいっした!
たぶん本気だから全力で頭を下げる。
馬上じゃ無ければ全力土下座しました。本当です!
『言葉に気を付けなさい。この屑がっ』
素が出てませんよね? ノイエは貴女のことを優しいお姉ちゃん……とは言ってなかったな。
『……』
で、どうして回復が食事なのか聞いても良い? 折角繋がったんだからそれぐらい良いでしょ?
『簡単よ。貴方の世界にもあったでしょう? 供物を捧げるって……つまりそれよ』
だったら捧げるだけにして欲しかったっす。どうして胃袋に収めて捧げるのか問いたい。
『知らないわ。昔からそうだったから』
お役所仕事かよ! 担当が替わったから分からないとかダメっしょ?
『文句あるの?』
無いです! お答えいただきありがとうございますっ!
沈黙しか返って来ないから切れたんだろう。
あんな怖いことを言う人がノイエを可愛がっていたとかどう言うことですかね?
最近思うんですが……ノイエの中の人たちって、何でノイエをあんなに可愛がっているのさ?
もしかしたらノイエって人をたぶらかす天才なんじゃないのかな?
「ヒヒーン!」
「だから落ち着こうかナガトよ~!」
全力で暴走する愛馬もノイエの元にまっしぐらだ。
そうか……ノイエの魅力は種族をも超えるのか。つまり僕がメロメロなのは仕方が無いのだ。
「分かったナガト! 止まらずノイエの元へ!」
「ヒヒーン!」
軽く腹を蹴ったらグンッと加速してナガトが街道を突き進む。
落ち着いて考えると……この馬は行き先を分かって走っているのかな?
「あら?」
戦場なのでお風呂など浴びることは出来ない。
だから湯で拭いて身を清めたフレアは、寝る前に夜空を見ようと外へ出た。
身を刺すような冷たい風が吹く中でその姿を見つけて驚いた。
戒厳令も発動され戦時指定となっている現状、"上官"扱いとなる全体的に白い隊長が居た。
毛布で全身を包んで、砦の塀の上に腰かけ膝を抱いている彼女は東の方角を見ていた。
「隊長」
「……」
ゆっくりと向いた顔は、頬を涙で濡らしていた。
ギュッと胸が詰まる思いを受けながら、フレアは歩み寄りそっと指で涙を拭う。
「ベッドが合いませんでしたか?」
「……はい」
「そうですか」
隣に腰を下ろして優しく微笑みかける。
「隊長はベッドにこだわりますからね」
「……はい」
頷く彼女はこだわりを理解しているか分からない。
だが付き合いだけなら彼女の夫よりも長いフレアは、もう一度手を伸ばして頬の涙を拭ってやる。
「だから寝ずにこんな場所に居ると言う訳では無いでしょうね」
「……」
何も答えないノイエはまた視線を東へと向ける。
横顔を見つめ……フレアは少女の表情に微笑んでしまう。
初めて見た時は、人形のように顔色1つ変えずにドラゴンを殺していた。
今も大きな変化は見られない。相変わらずの無表情と言えるが、見る者が見れば理解出来る。
本当に僅かだが、ノイエの表情は寂しげで……泣き出しそうな顔をしている。事実泣いているが。
「寂しいのですか?」
「……」
ピンッとアホ毛を立ててノイエが"副官"を見る。
金色の副隊長と認識している女性の言葉にノイエは心を動かされた。
「これが……寂しい?」
「ええ」
柔らかく笑う女性に……ノイエは自分の胸に手を当てた。
「ここが苦しい」
「はい」
「冷たくて千切れそう」
「でしょうね」
自分にも経験がある。だからこそフレアは相手の気持ちを理解出来た。
「本当に……貴女は夫を愛しているのですね?」
「……分からない」
愛や恋などノイエはまだ分からない。
「でもアルグ様が居ないのは……嫌」
(c) 甲斐八雲
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