そうなら……良いわね

「壮観だね」

「……はい」


 鎧姿となったモミジさんが、口を真一文字に結んで眼前の大軍を見つめる。

 万里の長城を思わせる国境の砦、バーシャルで僕らは遂にドラゴンと対峙した。

 最初は小物が走って来るのをモミジさんが一刀で斬り殺していたが、流石に押し寄せる数が増えるとその手が止まった。数は50を越えてからカウントしていない。


「怖気づいた?」

「いいえ。数が多くても陸上型の幼体ばかりですから」

「だね。ただこれから成体が来るよ」

「……」


 少し顔色を悪くした彼女がこっちを見る。

 皮鎧姿のロングスカート。ポニーテールにしている黒髪などから『サムライガール』とか言いたくなるほど凛々しい中に可愛らしさのある14歳の女の子だ。


「幼体は身軽だから足が速いんだって」

「なら」

「そう。本隊はこの後だよ」


 この国1番のドラゴン学者であるノイエから聞いた知識が役に立つとはね。

 ただノイエにドラゴンのことを聞くと、人が替わったかのように話し出して止まらなくなるから……気軽に聞けないのが難点なんだよね。


「さてと。モミジさん」

「はい。大丈夫です。わたしが全部倒しますから」


 緊張なのか力み過ぎなのか……刀を持つ手をカタカタと震わせている様子を見るとダメっぽい。


「本命が来る前に燃え尽きたらダメでしょう?」

「ですがドラゴンを退治できるのはわたしだけですから!」

「あ~。その気負いが緊張に変わったのね」


 手を伸ばして良し良しと頭を撫でてあげる。


 普段は少し背伸びをして立ち振る舞っているんだな……って、うちの14歳で14歳らしいのってイネル君ぐらいじゃない? 見た目だけならクレアもそうだけど、あのリトル性欲モンスターは最近危ない気配を内包し過ぎて妄想のお花畑を彷徨っているしな。


 素直に頭を撫でられていたモミジさんの肩から力が抜けた。


「はいはい。少しはお兄さんの本気を見て頼りなさい」

「……?」


 何故にそんな不安げな顔をして首を傾げますか? 強引に戻してやる!

 相手の頭を元の位置に戻して、僕はポンポンと軽く叩いてから壁の下に居るドラゴンを見る。


 これ以上数が集まって横に広がられると壁が終わって侵入を許してしまう。


「今回の僕は本気だからね。でも今から起こることは他言無用です」

「えっ?」


 腰に下げている袋を手に取ってその中から小石を手の平に溢す。

 この力は本来使いたくない。でも今回だけは仕方ない。


「守兵を砦から下げた理由……どうしてだと思う?」

「それは壁を越えたドラゴンを押さえる為に……」

「うん。でもそれは建前。本当の理由はこれ」


 握った小石に力を纏わせて節分の感覚でそれを撒く。

 放物線を描いて落ちて行く小石が……壁に集まっていたドラゴンたちに当たる度に抉って殺して行く。


 投げた小石の数だけドラゴンたちが抉れて死んだ。


「目撃者は少ない方が良いでしょ?」

「っ!」


 真っ青な顔をしたモミジさんが、目の前で起きたことに絶句し怯える。

 まあこれを見ればその反応が正しいと思うよ。


 だから使いたくないんだけどね。




『でも使った。怒ったことを理由に、ね』


 出たなこの性悪。


『ええ。言ったはずでしょう……私は見ている、と』


 覗きが趣味とか本当に最低だな。



 頭の中に響く声にモミジさんが慌てて辺りを見渡す。

 彼女もまた祝福持ちだから聞こえてしまったのだろう。



 ノイエが居ないから出て来たのか?


『ええそうよ』


 全く……本当にお前たちはノイエを可愛がり過ぎなんだよ。だからって何をしても許される訳じゃ無いぞ?


『……黙りなさい』


 誰が黙るかこの糞野郎がっ!



 心の中で怒鳴る度にモミジさんがム〇クの叫びのような表情になって行く。



 ただノイエを外から見つめて慈しんでる気でいるのか? ふざけるなボケがっ! ノイエに寂しいって感情が無いとでも思っているのか!



 回数は減っているけど、今も尚ノイエは寝てる時に泣きだす。

 居なくなった仲間……家族たちのことを思い出して泣くんだ。



 何より唯一ノイエが名前を覚えるほど可愛がったのは誰だよ? お前だろう!


『煩い』


 やっぱりか。


『……』



 何故か悔し過ぎて歯軋りをされた気がした。

 だが僕の考えは間違いではなかったらしい。



 お前がノイエを大切に想うように僕も負けないぐらい彼女を愛している。

 だから余計なことはしないで、言わないで、自分の仕事を全うしてろ。



 普段何をしているのか知りませんけどね。



『ならその力をどう使う気なの?』



 そんなのは決まっている。何よりその点では僕はブレない。



 僕は最強のドラゴンスレイヤーをお嫁さんに持つ夫だ。

 夫である以上彼女を支え、支えられて生きて行く。簡単なことだろう?


『そうね』


 まっお前たちがノイエに対して過保護すぎるのは知っているけどさ……少しは自分が育てた娘を信じてあげなよ。ノイエは決して仲間を、家族を恨んでなど居ない。


『そうなら……良いわね』




 声が消えた。

 モミジさんが今にも気絶しそうな表情をしているが、あれはそんな神聖な物じゃないからね?

 聞いた話が正しければ元々は暗殺者だしさ。


「それが何を間違って神様みたいな存在になっちゃったんだろうね。その点だけは同情するよ」


 そうだろう? カミューさん。




(c) 甲斐八雲

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