行こうノイエ
「や~」
間の抜けた悲鳴を上げてノイエが僕に抱き付いて来た。
寝起きならすんなりと頷いてくれると思ったんだが、甘かったか。
「ノイエ。我が儘はいけません」
「……」
やんわりとアホ毛を怒らせて彼女が抱き付いて離れない。
ドラゴンが居ない現状、鎧を着る意味も無いので今日の彼女は私服だ。
安定のワンピース。生地は厚くなっているけど、スカートで素足って寒くないのかな? ファッションの為なら気温でもねじ伏せる女子高生パワーの一種ですか?
「アルグ様と一緒」
「うんうん。でもねノイエ? ノイエが北西に行ってドラゴンを全て退治すれば良いんだよ」
「……」
我が儘モードのノイエさんの顔が僕を見た。もう一押しだな。
「ノイエがこっちのドラゴンを全部倒してから僕が居る北東に来てくれれば……とっても嬉しいな」
「嬉しい?」
「うん嬉しい」
「……」
へにゃんと力を無くして垂れ下がったアホ毛の様子から悩んでいると判断。
「そうだノイエ」
「はい」
「これが終わったら休みを貰って2人で温泉に行こう」
「……」
ピンとアホ毛が反応した。アメは甘いほど効果がある。
「2人っきりだよ? 朝から晩までノイエがしたいことをしても良いよ」
「良いの?」
「うん。約束」
「……」
無表情のノイエが僕を見て背伸びをする。
唇に柔らかな感触を……って、ノイエさん? 貴女の部下たち全員が見てますけど?
まあ国民の前でやったことですから今更羞恥心も何も無いですけどね。
『約束がキスとか無いな』『隊長も大人になって』『死ねば良いのに』『皆の前ですよ?』『……負けません』と、外野の声が煩わしい。
少し長めなキスをしてからノイエが唇を離して僕に抱き付いた。
「直ぐに行く」
「うん。待ってる」
「分かった」
らしく無いほど本気モードのノイエに軽く引く。
そのやる気はもう2、3日ほど我慢して頂けますか? まだ色々と準備もありますし……何よりそんな状態のノイエと寝室で2人きりとか僕の命の危機を強く感じるから!
「どうにかノイエを説得しました」
「……まあ一番の難題は終わったな」
縄から解放された馬鹿兄貴が頭を掻く。
「それより北東の配置は本当にこれで良いんだな?」
「まあね。帝国からの侵攻が少数な限りこれが最良の手でしょう。って逆に聞くけど、近衛団長閣下? 本当に良いの?」
前線に向かう気満々の馬鹿の気が知れない。
「ああ。俺が留守の間は兄貴が近衛の指揮を取る。親父もまだ現役だからな……最後に良い記念だろうさ」
「戦争を記念行事にしないでよ。まあこっちとしては別動隊を任せられるから大助かりだけどね」
「心配するな。帝国方面は任せておけ」
戦場に行ける様子から馬鹿兄貴が異様に元気だ。
その様子を見てフレアさんが頭を抱えているし、ミシュは指を差して笑っている。
「まあ良いか。は~い。注目」
パンパンと手を叩いて全員の視線を集める。唯一床で伸びているルッテは……仕方ないな。
「では北西方面は馬鹿兄貴が指揮を執ります。随伴するのはノイエ、フレアさん、ミシュ、ルッテの5人です。それと砦の守兵さんたちですね」
モミジさんがニコニコと笑いながらこっちに来た。
止めてよその笑顔……ほらノイエが気づいてガードに来た。
「北東方面は僕が指揮を執ります。随伴するのはモミジさんとその他大勢です」
一括りにした男性諸君からブーイングが。気にするな全く。
「こちらはドラゴンの動きを封じて砦を突破されなければ良いです。それで勝ちです」
「本当に大丈夫か?」
「あっ? うん。たぶん」
「おい」
知らないよ。ホリーがそう言ってたんだから信じているだけだよ。
「まあドラゴンが居る状況では、共和国軍は進軍することも出来ませんしね。
仮に向こうが兵を動員する建前の『共闘』を申し込んて来たらドラゴンと戦って貰いましょう。ただしその時は砦の門は閉じたままですけど」
敵認定の共和国兵を砦内に招き入れるなんてことはしません。
当たり前ですが外で頑張って貰いましょうかね。
「はい。何か質問は?」
会議室内を一通り見渡す。
特に意見等は無いので解散で良いかな?
「なら各自準備開始」
『さて仕事だ』と声を発して皆が会議室を出て行く。
僕は残って睨み合っているノイエとモミジさんの仲裁をしないと。
「と、アルグ」
「はい?」
「それが終わったら付き合え」
「何でしょう?」
ノイエの目の前に腕を出してちょっと待つ。
食いついて来た彼女が僕の腕を抱きしめて甘えだした。
「早いな」
「夫婦ですから。ほらモミジさんも支度に向かって」
「……はい。アルグスタ様。では後でゆっくりと」
うふふと笑って彼女が背を見せる。
余計な一言をっ! ノイエさんっ! 僕の腕が貴女の胸に挟まって幸せな感じで潰れそうです!
こっちの様子を見ていた馬鹿兄貴が、呆れた感じでため息を発した。
「幸せそうだな」
「ほっといて!」
「まあ良い。行くぞ」
「何処に?」
「……嫌な仕事をしにだよ」
ボリボリと頭を掻いて馬鹿兄貴がメイド長の元へと向かう。
ルッテを椅子代わりにして腰かけていた彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
「何かご用でしょうか?」
「ああ。嫌な仕事だ」
「そうですね」
立ち上がった彼女は軽く頭を振ると、毅然とした様子でまた顔を上げた。
「キャリミー様以外は王妃様のお屋敷に居ります」
「そっちはコンスーロに命じて近衛を配置している。で、チビ姫は?」
「きっとアルグスタ様の執務室にでも」
「そうか」
で、歩き出した馬鹿兄貴を追って僕らも歩き出す。ノイエが抱き付いたのままなのは仕方ない。
「兄貴? チビ姫がどうしたの?」
「決まっているだろう」
足を止めて彼が振り返った。
その表情はいつもと違ってとても冷たい。
「キャリミー・フォン・ユニバンスは元共和国の国家元首の娘だ。このような状態になった以上……捕らえて監禁するほかない」
「ちょっと!」
突然のことで慌てる。確かにチビ姫は共和国の出だけど!
ガシッと馬鹿兄貴の手が僕の肩を掴んだ。万力で締め上げられるような力強さがある。
「これが現実であり政治だ。納得しないでも分かってるふりをしろ」
「……」
背を見せて歩き出した兄貴は、やっぱり本物の王子なのだろう。
でも僕はそこまで冷徹に出来ない。
「アルグ様?」
「行こうノイエ」
彼女を連れて歩き出す。
例え王子じゃなくても何か出来るはずだ。
(c) 甲斐八雲
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