想像したらゾクゾクしないか?

 セルスウィン共和国内某所



「首尾のほどは?」

「抜かりなく」

「なら後は任せたぞ」

「はっ」


 隠れ家として使っている屋敷の奥で、彼はいら立ちを隠せずに居た。

 ユニバンスでの失態が……思いの外尾を引いてしまったのだ。それもこれもあの馬鹿夫婦のせいだ。


 あそこで優位な展開に運び、ユニバンスを圧倒したと言う名声を得るはずだった。ついでに資金を得られれば上出来だったが……その計画は全てあの馬鹿女のせいで水泡に帰した。

 挙句自分は圧倒的に不利な条約まで結ばされた。


 何故かその情報がことごとく国内に伝わっていたのだ。

 まるで自分が最初から失敗することを予想して、手はずを整えていたかのようにだ。


 劣勢が始まった。

 何をしてもあの時の話が出て来て負け続けた。


 後継者争いから脱落する……そう焦っていた時にそれは現れた。

 この最悪な局面を引っ繰り返す手立てを求めていた所に帝国からの使者が来たのだ。

 その話に彼は飛びついた。迷うことはない。何よりあの憎きユニバンスを蹂躙できる。


「必ずや成功する。そうすれば……この苦しい状況からも脱することが出来るはずだ!」


 彼……ウシェルツェンはこれに賭けていた。

 失敗など考えることなく。




 セルスウィン共和国首都



「……面白くない話だな」

「と、申しますと?」

「帝国からの使者と言う話だが、現在の帝国が戦争を引き起こすことに何の意味がある?」

「言われて見れば」


 手にしていた報告書を放り捨て、ハルツェンは椅子に深く腰掛けた。

 情報をもたらしたのは馬鹿な兄に仕えるメイドの1人だ。身内に寝返っている者が居ることにも気づかず、裏でコソコソと動き回っている"あれ"が滑稽にすら見える。


「たぶんこれは罠だ」

「ですか」

「ああ。帝国は現状戦争などしたくない。だが一部の者は戦争状態になることを望んでいる」


 控える男はそれに気づいた。


「……大将軍キシャーラ」

「その通りだ。それに帝国の軍師は有能ではあるが勇猛では無い。四方から攻められるようなことになれば守りを固めるだろうな。そうすれば帝国民たちは消極的な皇帝に幻滅する。そこに大将軍が立ち上がりでもしたら?」

「先手を打たれて敗れたキシャーラが、次は民兵を引き連れて戦いに向かって来る」


 クスッと笑いハルツェンはメイドにワインを求める。

 一糸纏わぬ全身痣だらけのメイドがどうにか歩いて来て、彼が持つグラスにワインを注いだ。


「帝国兵とて人の子だ。民兵が相手となれば腰が引ける。相手の中に自分の親兄弟が居るのかもしれないんだぞ? 普通の人間なら戦えまい」


 ゆっくりとグラスの中のワインを回し、彼は自分に仕えている初老の男を見た。


「ここで改めて帝国は国を2つに分ける戦いが始まる。結果として帝国は弱体化の一途を辿るだろうな」

「そうなりましょう」

「ああ。その時にこちらも弱体化していたら意味がない」


 チラッとメイドに視線を向けて、ハルツェンはグラスの中身を彼女に向けてぶちまけた。


「ひぃっ!」


 全身の傷口にワインが沁みたのか、メイドは四肢を震わし床の上を転がる。

 立ち上がった彼は……そんな醜態を晒す女を見下した。


「お前の元上司は本当に無能だなっ!」

「おゆるし……お許しください」

「それに部下までこんな馬鹿者と来ているっ!」


 踏みつけて踏みつけて……メイドは無抵抗に踏みつけられる。

 彼女の顔を知る者が見れば驚き腰を抜かすであろう。

 女の名は『クムラ』と言う。


 共和国で弁護を仕事とし、ウシェルツェンと自称『アルグスタ・フォン・ドラグナイト』の許嫁を名乗ったラーシェム・フォン・ローグレイを引き合わせる間接的な要因を作った女だ。


 彼女もハルツェンの資金力に魅了されて全ての情報を流し続けた。勿論上司である男が不利になるように働き掛けもしていた。

だが先の一件で仕事を失いハルツェンに庇護を求めた結果が現状だった。

 知的な美貌と謳われていたその様子からは想像できないほど酷い有様である。


 冷たく笑いかけたハルツェンは、彼女の顎を掴んで自分の方へと向ける。

 庇護と自分に合った仕事を求め転がり込んで来た馬鹿な女は、軽く可愛がっただけで3日もしないうちに心の奥底から服従し従属した。


「女。お前は何だ?」

「わたしは……ハルツェンさまの……いぬです」


 プライドなど消え失せている彼女は、うっとりとした表情で答える。


「そうだ。犬だ。主人が犬を躾けているのに『許して下さい』とは何事だ?」

「……もうしわけ」

「犬が人の言葉を使うなっ!」

「はうっ! あうっ! ぎゃっ!」


 踏まれ蹴られ……彼女はまた床の上に力無く横になった。

 寒々しい視線でそれを見下し、ハルツェンは控えている部下に視線を向けた。


「もうこの駄犬も飽きたな。手当てをして適当に欲しがる馬鹿共に与えよ」

「宜しいのですか?」

「構わんよ。国指定の元弁護人と言うだけでも興奮する御仁も多かろう」

「そうですね」


 頷き返し初老の彼は、控えているメイドに彼女を運ぶよう指示を出した。

 また椅子に腰かけたハルツェンは、遊びに飽きた少年のような表情を作る。


「あのユニバンスの女が欲しいな」

「中々に難しいですが?」

「ああ。難しい……だからこそ手に入れてから蹂躙する価値がある」


 冷たく笑って彼は新しくワインを求める。


「あの女がどんな風な悲鳴を上げるか……想像したらゾクゾクしないか?」


 クククと笑い、彼は視線を動かす。

 棚に置かれた真円の宝玉が、怪しげな光を発して揺れたような気がした。




(c) 甲斐八雲

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