死の指し手ホリー

 10年前の事件。それはある一定の力を持った青年や女性が発狂し暴れ回ったことを指す。

 だがその中には例外が居る。その1人が『死の指し手』と呼ばれる人物だ。


 彼女が最初に犯した"殺人"は、実の父親が相手だと言う。


 魔法使いであっても実力がなく隊商護衛でどうにか食い繋いでいた父親は、酒を飲んでは世を恨み家族に暴力を振るう存在だった。

 彼女は母親や姉や弟などに気づかれずに"それ"を殺害し遺体を処理したのだと言う。


 次の殺人は母親に対してだった。


 暴力的な夫の"失踪"から再婚相手を探していた母親は、男性に好まれるために何でもした。実の我が子に手を出されても黙って見逃すほどに。

 だがホリーは見逃さなかった。自分の姉が犯された原因を作った母親を殺し、その遺体を処理した。返す刀で姉を犯した男も殺して遺体を処理した。


 流石に3人も失踪すれば事件性が疑われ捜査が行われる。

 しかし出て来たのは、子供だけとなった家族のいたたまれない話ばかりだった。


 捜査は直ぐに打ち切られた。


 親戚の家に預けられた3人は、そこで幸せに過ごすはずだった。

 だがホリーの弟をイジメていた少年が行方不明になった。また姉の心の傷を抉るような発言をした男も消えた。


 三姉弟に何かすると人が消えると言ううわさ話が広がり……怖くなった親戚一家は、彼女たちを養子に出すことにした。

 家族がバラバラになる。

 結果彼女たちを残して親戚の家族が消えることになった。


 借金を苦に失踪……そう片付けられ、3人はそのまま親戚の家に暮らすことになった。

 長女である姉が働きに出て必死に妹と弟を育てたのだ。

 その頃が一番幸せだった。貧しかったが姉弟に囲まれて穏やかに暮らせた。


 しかし平和は長く続かない。


 姉にちょっかいを掛ける男が現れた。

 ホリーは迷わずそれを消す。相手の素性など気にせずにだ。

 結果として裏稼業の者たちを敵に回すこととなり、3人は命を狙われることとなった。


 最後に生き残ったのは……ホリーだった。

 誰にも気づかれずに死体を生産して消す。それを繰り返して男たちを皆殺しにした。


 完全犯罪を続ける彼女の唯一の誤算……10年前の事件だ。


 発狂し秘密にして来た殺害方法が露見した彼女は、危険人物と認定されて捕らわれた。

 その自供から彼女の犯行が判明し、そして供述通りに古井戸から積み重なるように切断された遺体が発見された。

 綺麗に分解され、無造作に捨てられた死体が……彼女の自供した分だけパーツとなって。




 クリリとした目で彼女が僕を見上げて来る。


 普段のノイエだったら余りの可愛らしさで抱きしめてキスするのに……相手は前に読んだ報告書通りなら、"死の指し手"と呼ばれた本物の殺人鬼だ。

 その二つ名の由来は、まるで計算され尽したように綺麗に犯行を完遂する様子から名づけられたらしい。彼女からすれば誰にも気づかれずに殺して処理するまでが決まりのゲームなのだ。


 静かに笑って彼女が口を開く。


「絶望的な盤上なのでしょう?」

「えっあっ……盤上?」

「そう。盤を使った遊び……知らないの?」

「見たことはあるけどね」


 たぶん彼女が言っているのは、この世界にあるチェスっぽい感じのゲームのことだろう。

 囲碁的な要素も含まれてて一度見て挫折した。


「それと同じ。戦争も殺人も……全て盤の上の遊戯なのよ」

「そうなんですか」


 絶対に違うと思うけど、彼女を怒らしたくないから相槌を打つ。


「ええ。だから私が出て来た」


 冷ややかな表情を蕩けさせて彼女が僕に寄りかかる。


 怖いっす。グローディアとか先生とかカミーラとかと違っての純粋な恐怖。彼女の髪が動く度にその毛で斬られるんじゃないのかと不安になるっす。


 ホリーの武器は髪の毛だ。斬糸ざんしと呼ばれる糸を強化して斬る術を、自分の髪に置き換えて使用する。ただし彼女の術は飛びぬけて切れ味が良いらしい。


「なに緊張しているの? ノイエに抱き付かれるなんていつものことでしょう?」


 うっとりと笑い彼女が僕の顎先にキスをする。


「それとも斬られると思って縮み上がっているの? 大丈夫よ。私は……私の家族を傷つけようとする者しか殺さない」

「……」


 確かに彼女の供述だとその通りだ。唯一の例外はあの事件の時だけだ。

 狂って通行人を髪で斬り付けて殺害した。


「それに私はユニバンス王家の人には感謝している」

「感謝?」

「ええ。私が事件を起こした後……姉と弟を引き取ってくれた。今も王弟ウイルアム様の所で働いているはずよ」


 あ~。確かに彼女に関する報告書にはそんな記述が載っていたな。

 下手な場所に預けると家族を殺された者が復讐するかもしれないと言うことで、王弟様のお屋敷に預けられたはずだ。


「分かった。今どんな風に暮らしているか聞いておくよ」

「ええ。それがご褒美で良いわ」


 クスリと声だけ笑い彼女は冷ややかな視線で僕を見る。


「なら私は、姉弟を救ってくれた王家の為に持っている力を貸してあげる」

「具体的に言うと?」

「簡単よ。盤上の遊戯なら……私はアイルローゼにも負けない。それに絶望的な盤を手渡されるとゾクゾクして激しく興奮するのよ」

「そうっすか~」


 ノイエの顔で『興奮する』とか言わないで欲しいです。こっちが興奮しますから!


「だから貴方には今から勝つ方法を教えてあげる」

「もう?」

「ええ。だってとても簡単な逆転ですもの」


 擦り寄る彼女が僕の頬にキスをして来る。

 たぶん蛇に巻き付かれるのってこんな感じなんだろうな。深い意味は無いけどね。


「貴方が少し頑張れば勝てるわよ。私の為に頑張ってね……愛しい旦那様」


 うおお……ノイエの声でそんなことを言われたら、負けられないじゃないかよ~!




(c) 甲斐八雲

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