とりあえず戦えるなら手を貸すだけさね

「ではアルグスタ様。ご希望通りの馬車を発注しておきます」

「お願いね~」


 やんわりと一礼してメイド長が壁の隠し扉を開いて消えて行った。


 落ち着いて考えるとこの部屋で隠し事って無理だよね? それとソファーで寝ているチビ姫は放置っすか? 一応貴女のご主人様ですよね? ねぇ?


 消えたメイド長に心の中で語りかけても意味がないので諦める。

 いい買い物をしたはずだ。ちょっと座席にこだわったせいで高くなったが……ノイエなら許してくれるはず。


「あの金額ってどう思う?」

「お屋敷が1つ買えるね?」

「2人乗りの馬車の値段じゃないわよ……」


 クレアとイネル君との会話が煩わしい。本気の僕は金に糸目など付けないのだっ!

 稼ぎの大半はノイエだけどね。僕の稼ぎなんて罰金で消えてますけどね。

 そう考えると嫁の稼ぎを湯水のように使うダメ亭主なのか?


 ガタタッ!


 気づいてしまった衝撃的事実に慌てて立ち上がっていた。


 これはダメだ。僕もしっかり稼いでダメ亭主からの脱却を果たさなければいけない。


 座り直して引き出しの中から例の書類を取り出す。

 メイド長と2人で極秘に進めている古着商売の進捗具合だ。


 王都内で構える店舗の場所も決まった。店長の候補もメイド長が探して来てくれた。古着の方はだいぶ集まりつつある……集まり過ぎて保管に使っている倉庫が溢れそうだ。

 問題は針子が集まらない。メイド長の伝手でも……と言うかメイド長の伝手が通じない分野だった。こればかりは他の伝手を当たって貰うしかないかな。


 とは言え……初期投資の金額がエグイな。ケーキ屋の方もまだ回収しきれてないし。

 慌てて頭を振って嫌な思いを追い出す。

 ダメ亭主じゃない。僕はダメ亭主じゃない。……今度から少し自重することを覚えよう。


 書類に目を通して引き出しに戻す。

 と、ついでに馬鹿兄貴から貰った紙にも目を通す。

 難しい政治の話を僕に持って来るなと言いたい。


 机の上に皿を置いて油を溢して火を点ける。紙を入れて燃え切るのを確認する。


 帝国で内乱っすか……あの大将軍って世渡り下手そうだしな。まあ帝国が静かになってくれればノイエにちょっかいを掛ける人が減るから良いか。

 でもぶっちゃけ色々と学んできた経験から、僕的には帝国内で内乱が起きれば大将軍の方が勝つと思うんだけどね。市民からの人気もあるし、何より大女さんとか居るから負けないでしょ?




 ブロイドワン帝国内某所



「圧倒的に不利ですね」


 どうにか主を救出し、残り僅かとなった手勢も負傷者だらけだ。

 その現実を直視し……臨時で参謀となったヤージュは、力無くため息を吐く。


「正直このままでは全滅もありえます。相手も決して手など抜かずにこちらを消しに来るでしょうしね」

「おいヤージュ? 戦う前から敗戦決定かい? 男だったらもう少し腹の下に力を込めて踏ん張りな」

「慎みなさいトリスシア」

「へいへい。で、どうするんだい?」


 全身に包帯を纏う大女も幾分血の気の薄い顔をしている。

 普通なら即死してもおかしくない猛攻を受け、それでも生き残ったのは生まれ持った肉体の強度に他ならない。だがそんな幸運も二度は通じないだろう。


「帝国軍師の実力を甘く見積もり過ぎましたかね? いいえ……"敵"はもっと前からこちらを完全に潰すよう手配していたのでしょう。

 我々が唯一の例外であり、よって彼等はキシャーラ様を逃がすことになった」

「まあアタシ等は大将が受けた裏の仕事を専門にやっていたからね。あの性悪キツネも把握しきれてなかったんだろうさ」


 ドカッと胡坐をかいて座り込んだ彼女は、肉を掴んで口へと運ぶ。

 食って寝て体力の回復に努めるほか現状することが無いのだ。


「ですがあのお方の実力はどうやら本物らしい。そうなるとこちらも奪われた物が痛すぎますね」

「奪われた?」

「ええ。先日アジトに使っていた廃墟に帝国兵が来ましてね、例の『宝玉』を奪われました」


 苦笑した彼を見つめ、齧っていた獣の骨で首の裏を掻いて大女は呆れた様子で息を吐く。


「どっから漏れたんだい?」

「敵の手に落ちた部下が吐かされたか……降った部下が命欲しさに告げたか」

「つまりアンタのミスだ」

「そうなりますね」


 素直に認める相手に少々いら立ちを見せながら、大女はガリッと手で掴む骨をかみ砕いた。


「ならどうするさね? こっちは手負いの大将とアタシ。それと負傷兵だらけと来ている。相手は近衛を中心に正規兵が脇を固めて出張って来ている」

「ええ。そうですね」


 机に広げた地図を見つめ……ヤージュは頭を働かせ続ける。


 こちらの誤算は主であるキシャーラが捕らわれたと同時に動かれたことだ。

 大将軍の手勢を……それも中核をなす精鋭に毒を飲ませて大半を殺すなど想像だにしていなかった。それからは各個撃破で潰されて行き、唯一正規の動きをしていなかった自分たちだけが意表を突くことが出来た。


「敵は確実に正確な方法でこちらの首を狙っています。ならこちらは……不確実で不正確な方法を用いるしかありません」

「へぇ~。面白そうだね。で、どうする気だい?」


 骨ごと肉を咀嚼する彼女に不満げな視線を向けつつ、ヤージュは机の上の地図の一点を指す。


「帝国から見て一番厄介な相手……それはユニバンス王国です」

「……それで?」

「共和国と手を結んでこの国を攻めましょう」


 パンと手を打ち彼は立ち上がった。

 突然のことで頭の中で処理できないトリスシアは、らしく無いほど間の抜けた表情を見せる。


「待ちなよヤージュ。何を言ってるんだい?」

「ですから我々が生き残る方法ですよ」


 悠然と笑い彼は口を開いた。


「帝国とあの小国とを戦わせるのですよ」

「……難しい話はアタシには分からん」


 肩を竦めて大女は軽く首を鳴らした。


「とりあえず戦えるなら手を貸すだけさね」




(c) 甲斐八雲

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