ぜんぶする~

 フレアは何とも言えない感情を抱いてため息を吐いた。


 場所はいつも通りの城外の待機所。

 薄い売れ残り(売約済み?)は、変態に尻を追われながら王都を出て行ったままだ。

 無駄に脂肪を溜め込んだ後輩は、本日も椅子に腰かけては立ち上がるを繰り返している。次回のお見合いでもう少し話せるように頭の中で色々と考えているのだろう。

 実姉との爛れた関係が露見した新人は……不意に自身に対して毒気の強い言葉を吐きながらもドラゴンの処理場で任務に就いているはずだ。


 そして今日の大問題は……隊長であるノイエだ。


 朝から機嫌が悪い。無表情なのに機嫌が悪い。機嫌が悪すぎてドラゴンの遺体が無駄にひき肉になっている。それほどまでに機嫌が悪い。

 普段ならパクパク……と延々と食べ続ける料理を、今日に限っては口の中に放り込んでモグモグと食べている。腹立たしい気持ちを食事で抑え込んでいる様子だ。


 覚悟を決めてフレアは年下の隊長の元へと向かった。


「隊長」

「……」

「何かあったんですか?」

「……」


 答える気が無いのか、食欲を優先しているのか……ノイエは骨付き肉を食べ続けている。しかし視線はフレアを見たままだ。

 やれやれと内心で肩を竦めながら、相手に対して強力無比な一言を準備した。


「アルグスタ様が何かしたんですか?」

「っ!」


 はっきりと分かるほど髪の毛の一部分を立てている。

 彼女の夫に言わせればたぶん『驚いている』のだろう。


「そんな怒ったままですと任務に支障が出ます。教えてください」

「……」


 手にした肉を一気に処理して……ノイエはグイッと詰め寄った。


「アルグ様が」

「はい」

「酔わせようとする」

「……隊長をですか?」


 コクンと縦に動いた相手の頭を見て、フレアはそのまま帰宅したくなった。


「寝てる時にお酒飲んだ。でも酔わない……」

「それでアルグスタ様に申し訳ないと?」

「はい」


 コクコクと頷く彼女はどれほど夫のことを想っているのか。

 そう考えさせられるとフレアの胸の奥がズキッと痛んだ。


「でしたら簡単ですよ」

「簡単?」

「はい。酔った振りをすれば良いのです」

「……教えて」


 グイグイと迫る彼女にフレアは笑顔で言葉を続ける。


「はい。後で頬に化粧で少し明るめの色を付けましょう。それを帰宅してからメイドに見せて下さい」

「大丈夫」

「後は寝室でワインを飲んで、酔った振りをしてアルグスタ様に……」


 前から色々と教えている技術を、もう一度フレアは確認の為に伝える。

 昼食を終えて警備に戻る兵たちがその会話の一端を耳にするや、慌てて耳を押さえて逃げ出す。聞いているだけでも何かが吸い取られてしまいそうなほどの恐ろしさを感じたのだ。


「……良いですね?」

「大丈夫」

「なら今夜にでもどうぞ」

「はい」


 やる気に満ちたノイエが仕事に戻る。

 最近こんな事ばかりだな……と思いつつ、フレアは疲れた様子で自分の肩を揉んだ。


「あの~先輩?」

「何かしら?」

「……アルグスタ様、干からびませんか?」


 恐る恐る問うてきた後輩にフレアは輝かんばかりの笑顔を返した。


「私たちだとこれが普通よ?」

「……分かりました。質問する相手を間違ってました」


『自分は清い交際をしよう』などと呟いている後輩から目を離し、フレアは何となく空を見た。

 乾期の終わりも近づき……空には薄っすらと雲が見える。


「今年も無事に終わると良いのだけど」

「わたしは今夜のアルグスタ様が心配です」


 後輩のツッコミをフレアは無視した。




 本日は空振り続きで1人ぼっちで帰宅した。

 今朝の様子からノイエが直帰の可能性は……これも全てカミーラが悪い。

 寂しく1人でしょんぼりしながら帰宅すると、テキパキとメイドさんたちにしきられ、食事と入浴を済ませて寝室に放り込まれた。


 普通屋敷の主人を寝室に投げ込むか?


 床との熱い抱擁から脱して体を起こすと、ベッドの上に座るノイエと目が合った。


「……」


 ノイエが座っていた。目が……赤黒い彼女の目が完全に座っていた。

 そして辺りに散乱するのは空のワイン瓶だ。何本空けたのか数えるのが怖い。


「ありゅぐしゃま~」

「酔ってるしっ!」


 フニャンとしたノイエがベッドの上で蕩けた。

 慌てて駆け寄ると……うわっ! お酒臭い!


「ノイエ。ダメだよ……飲み過ぎ」

「まだにょむ」

「もうダメ」

「にょうまでにょむ」

「もう酔ってるから、ね?」


 空の瓶を舐める彼女が首を傾げた。


「にょってる?」

「うん」

「ほんにょ?」

「たぶん」


 フニャッと蕩けるノイエの様子からして演技には見えない。

 たぶん祝福がアルコールを分解する速度以上にワインを飲み続けたのだろう。


「ありゅぐしゃま~」

「うおいっ!」


 腰を掴まれてバックドロップ気味にベッドに放り投げだされた。


「ノイエ~。ちょっと落ち着こうか?」

「はい」

「良し。深呼吸」

「す~。にゃ~」

「うおいっ!」


 息を吸って突撃して来たノイエに押し倒された。


「ありゅぐしゃま」

「はい」

「きょうはねてりゅだけでいい」

「はい?」

「ぜんぶする~」


 ちょっとノイエさん! 落ち着いて……ってどこの何をどうするおつもりですか! いや~ん。ノイエに犯される~。



 翌日カサカサになった僕は、当主の権限でノイエにはお酒を飲ませないと決めました。




(c) 甲斐八雲

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