天性の人ったらし

 クローゼットの奥に隠すように積み上げた書類を見つめ……ウイルモットは深く息を吐いた。

 城内に存在する10年前の書類はほぼ全て集めたはずだ。数点発見されていない物もあるが、それは諦めるしかない。

 捜索していることが気づかれでもしたら面倒なことになるのは間違いない。


「スィーク。居るか?」

「はい陛下」

「ここに隠してある物全て……儂に何かあった時のみアルグスタに手渡せ」

「仰せのままに」


 一礼して消えたメイドに現王はまた息を吐いた。


 10年前の事件……思い出したくもないほど悲惨な物だった。

 だが息子は必要となれば全てをほじくり返すことぐらい分かっている。

 愛している"妻"の為なら、どんな無茶でもやってのけるからだ。


「誰に似たのやら」


 苦笑し、積んである書類の山の上に一通の手紙を置いて彼はクローゼットを閉じた。




「父上」

「どうしたシュニットよ」

「はい。こちらの書類に目をお通しください」


 国王の執務室へとやって来た現国王を待っていたのは、年が明ければ国王となる長子だった。

 差し出された紙は次男から送れられてきた物だった。内容は……


「帝国が荒れるか」

「はい」


 机に陶器の皿とドラゴンの油を用意した若き次期国王は、油を皿に溢し火種で火を灯す。

 柔らかく揺れる火に、老いた国王が手に持つ紙を投げ入れた。


 ポッと紙に火が宿り燃えて行く。

 見る見る灰になるのを確認し、ウイルモットはソファーへと向かった。


「弟の人気に兄が恐怖を抱いたか?」

「そうでしょうね。帝国の大将軍キシャーラは仕事をし過ぎました」


 向かい合う形でソファーに腰かけ、ウイルモットは息子を見る。


「どうなると見る?」

「はい。たぶん皇帝は弟の捕縛を命じるでしょう。捕まえれば幽閉し、彼の力を削ごうとする」

「だが大将軍の部下には彼を慕う者が多い。必ずや反発が生じる」

「私もそう思います」


 ほぼ同時に腕を組み思案した2人は……現国王が口を開いた。


「帝国領と接地する砦や要塞に人員を割かねばならんな」

「……頭の痛い話です」


 まだ宰相を務めている息子の本音に父親としてウイルモットは笑う。


「仕方あるまい。国を護ることが何よりも優先すべきことだ」

「そうですね」


 疲れた表情を顔に焼き付けている息子にウイルモットはため息を吐く。


「お前は真面目過ぎる。もう少しこう肩の力を抜け」

「……ハーフレンにもアルグスタにも同じことを言われました」

「そんな顔色をしていれば誰でも言いたくなるわ」


 呆れながらもメイドを呼んで飲み物の準備をさせる。


「出来たらお前もちゃんと抱ける側室を1人でも迎え入れたらどうだ?」


 しかし息子は静かに首を振る。


「そんなことをすれば、現正室や側室の"実家"が黙っていません」

「まあ……そうであろうな」


 結果として待っているのは暗殺だ。


「命を狙われる環境に置くのは可哀想か」

「はい」

「ならば正室でも抱いて寝るが良い。子守をしていれば自然と眠れるであろう」

「善処いたします」


 やはり真面目に頷いて来る息子に……やれやれと父親は肩を竦めた。




「人事の組閣はこれで問題あるまい。少々若い者が重要な地位に就き過ぎているが……そこはお前が周りの者を納得させていくしかない」

「はい」

「だが問題は宰相か」


 空白のまま埋まることの無い箇所……宰相を誰にするかで息子はずっと悩んでいた。


「大将軍、近衛団長は留任とするから問題は無いが……宰相だけは留任できんからな」

「自分が2人になれるなら可能ですが」

「そんな方法があるなら儂が先に使っておる」


 自身も要職を任せる者で苦労したことのある父親が軽口を叩く。

 と、どこか困った様子の息子に気づき視線を向けた。


「誰か居るのか?」

「……はい。ただ絶対に受けないでしょうが」


 苦笑する息子に父親である彼は直ぐに気づいた。


「アルグスタか。あれは無理だな」

「はい。ですがあれの事務能力は」

「だがあれはノイエのことになると敵味方関係無く叩き潰しにかかる。今以上の要職は預けん方が良い」


 その能力を無にする唯一無二の欠点。

 欠点が大き過ぎるが故に……国王として父親として、"息子"を要職に用いることが出来ないのだ。


「分かってはいるのですが」

「確かに使い勝手の良い男だがな」


 不幸中の幸い。否、最後に残っていたクジが奇跡の大当たりだったとも言える存在だ。


「あれは本来のアルグスタの交渉能力を上手いこと使っているのかもしれんな……余計なことをして問題を増やしてくれるが」

「ええ。それでもアルグスタの能力だけは一級品です」


 その部分だけは誰もが認めている。

 交渉能力と言うか……気兼ねなくすんなりと相手の懐に飛び込んで会話を始める。気づけば長くからの友人のように話し出してしまう。


「スィークはあれを『天性の人ったらし』と評価していたな」

「それは恐ろしい。そんな能力を持つ者が、大陸屈指の実力を持つ妻を従えています」

「だが……恐ろしいほど野心の欠片も無い。唯一あるのは妻を愛でるくらいだ。何でもスィークに命じて大陸中の女性向けの服を集めているそうだ。それもノイエに着せる為だけに、な」


 それに聞いた話では、妻に着せる為に子供には決して見せられないような凄い服まで集めているらしい。

 新婚生活の潤いになればと透けた衣服を引っ越し荷物に紛れ込ませたのが良く無かったのかと……過去の己の行為を少しだけウイルモットは後悔した。


「あれの基本は"ノイエ"だ。もし宰相になったのであれば、政敵はその部分を突いて来る。結果あれは全てを駆逐してしまう……こちらの都合など一切考えずにな」


 分かっていたこととは言え、その事実を再確認し……シュニットは泣く泣く弟を宰相に就けないことに決めた。


「それにあれは十分な仕事をしている。これ以上問題を向けてやるな」


 ニヤッと笑いウイルモットは外に視線を向ける。

 あのノイエを従えているだけでも十二分な戦果なのだ。本来であれば。




(c) 甲斐八雲

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