ノイエより危険なのは
ついでと言うことで、フレアさんにルッテの着替えを渡して試着の手伝いをして貰う。
届いた物は仮縫いだから試着してOKならお店に持って行って仕上げだ。貴族令嬢を地で行くフレアさんなら着付けとか問題無いし、美的センスも僕より優れているから……ルッテのドレスの手直し点を算出してくれるだろう。
「あ~。マツバさん」
「はい。アルグスタ殿」
「ここなら多少あれ~な話をしても大丈夫だから、ミシュと2人で行った狩りの結果を聞いても良いですかね」
「ええ。実に楽しい婚前旅行でした」
「違うから死ね~!」
「あはは。本当に我が幼き君は恥ずかしがり屋で困る」
マジギレしたミシュがマツバさんに剣を振るい続けるが、一向に届く気配もない。つかミシュの動きが人間離れし過ぎているような気がするんだけど……まさかね?
丁度扉を開き……ルッテの着替えの手伝いを終えたらしいフレアさんが、ミシュとマツバさんのじゃれ合いを見て凍った。
「フレアさん」
「……何でしょうか?」
こちらに向かい歩いて来るフレアさんが最初から視線を逸らしている。
うおい! 態度に出過ぎだろう?
「ミシュってまさか……なの?」
「さあ……知りません」
ならどうして冷や汗を落としながら視線を逸らす?
落ち着いて考えよう。最近モミジさんと言う祝福持ちと出会ったばかりだから、『超人行動イコール』に成り過ぎているのかもしれない。
「あ~ダメ。力の使い過ぎでお腹空いた」
「確定じゃないかよ~!」
空腹で地面の上に伸びたミシュの元まで飛んでいきその背中を踏んずけておく。
「止めたまえアルグスタ殿! それでも彼女は我が妻となるに相応しい女性だ!」
二度踏んで気分の晴れた僕に対し、マツバさんが両手を広げミシュを護ろうとする。
身を挺して惚れた女性を護ろうとするのは僕的には高ポイントです。
「踏むのなら彼女では無く私を踏みたまえ!」
「くたばれ変態がっ!」
空腹のお腹を押さえて復活したミシュが、変態を……ゴミ虫を踏み始めた。
「ふはははは! 良いぞ。とっても良いぞ! 我が幼き君よ! もっと踏みにじってくれたまえ!」
「……」
本気でマツバさんを踏んでいるミシュがチラッと視線を彼の股間へ。
それは男として許せない行為だと止めに入ろうとしたが……一歩遅かった。
「ふぅぉぉぉおおおお~! もっとだ! もっと激しくきたまえっ!」
「……本物の変態だ」
ミシュに股間を踏まれ、むしろ腰を持ち上げる彼を見て……僕は本物の変態と遭遇した気分になった。
たぶん本物なのだろう。
「で、マツバ殿とミシュは?」
「流石に野宿続きであれ~な感じだったから、水浴びさせてからご飯食べさせて寝て貰ってる。マツバさんは迎賓館送りにしたけど問題は?」
「あ~。無いな。兄貴にはあとで報告しとくわ」
「宜しく~」
事情聴取したマツバさんとの会話を纏めた報告書を馬鹿兄貴の机の上に置く。
机に書類の山を作っている馬鹿兄貴の顔は見えない。まあ好んで見たい顔では無いけど。
とうとう姿が完全に消えるほど仕事を溜め込んだらしいな。
つかパルとミルが完全に灰になっている。うちですらあそこまで追い込まないぞ?
「で、馬鹿兄貴よ」
「何だ?」
「ミシュが僕の同類とか聞いて無いんだけど?」
報告書を読んでいた馬鹿がチラッと視線を向けて来た。
「……言わなかったか?」
「言ってないし、聞いて無いし」
「ならそうだ」
えっ? 終わり?
「いやいやいやいや……もうちょっと説明とか無いの?」
「無いな」
「能力とかは?」
「聞いたらお前も喋るのか?」
「黙秘で通してますが何か?」
「ならミシュもそうだ」
もう面倒臭いとばかりに相手が会話を打ち止めにして来る。つまり語りたくないのね。
藪蛇し過ぎると僕の方も誤爆とかになったら最悪だし……まっ良いか。
相手がミシュならそのうちケーキなりイケメンマッチョな男性の下着なりで聞き出せるしな。
「なら僕はこれで自室に戻ります」
「ああ」
弟の背中を見送ったハーフレンは、背もたれに体重を預けて腕を組む。
1番知られたくない相手にミシュの能力が知れた。まだフレアが残っているから大丈夫だと思うが……あの2人が妻の部下である理由を勘づかれると面倒臭いことになる。
(実の妻の暗殺要員がその部下だと知ったら……あの馬鹿のことだ。何するか分からんしな)
苦笑して彼は窓の外に視線を向ける。
ノイエと言う劇薬を使用するにあたり貴族たちから引っ切り無しに出た疑問が『彼女が暴走し国に害をなす存在となったらどうするのか?』だった。
それの答えとしてハーフレンが準備したのが、現ユニバンスで最強戦力となる2人の人物による監視だ。
騎士の中で最も強力な魔法使いと、騎士の中で最も暗殺に長けた猟犬。
『もし何かあれば鎮圧する』と明言できるだけの駒を置いた。
ただ2人にはその事実を伏せてある。フレアはどうか知らないが、ミシュは気付いている。
それでもまだ命令に従いノイエの部下をしているのだから、それが彼女が猟犬と呼ばれる所以なのだろう。
もう一度椅子に座り直しハーフレンは天井を見上げた。
ノイエには野心は無い。何より悪意も無い。むしろ何も無かった。
拾って来てからずっと見て来たハーフレンは、そう判断を下している。否、『いた』だ。
現在の彼女は前とは違い空っぽでは無い。全て夫である人物に対しての思いが詰まってい居るだろう。
「そう考えると……ノイエより危険なのは、やっぱりお前なんだよ。アルグ」
クククと笑い……彼は仕方なくまた書類仕事に戻った。
(c) 甲斐八雲
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