生きてるって素晴らしいですよね

 復帰したイネル君の頑張りもあって、連休中の溜まった仕事は大半処理を終えた。

 結果として各部署に送られた書類の山が恨みを買っているそうだが、担当者は僕が連休している間に休めていた訳だから文句を言わずに働けと言いたい。


 で、仕事が無くなり暇……自由な時間を持て余した僕は、国王様の執務室に出向いてある願を申し出た。

 それは、




「またノイエを休ませたいと?」

「はい」

「……訳を聞こうか」


 次期国王陛下の硬い口調に、ソファーで隠居爺をしているパパンがこっちを見て来る。

 そんな真面目な感じで聞かないで欲しいんですけどね。内容は意外と真面目だけどさ。


「この度見習い騎士扱いとしてモミジさんが加わりました。

 が、正直運用の仕方が手探りなんです。今までノイエ1人で十分にやって来れた訳でして……とは言って王都外周の砦勤務にする訳にもいかないですしね」

「……そうだな。実際は客将扱いではあるしな」

「そうなんです。だから王都で勤務をしつつどう扱うべきか……こればかりは自分の一存では決められません。軍事の関係者とも話し合って決めないとならない訳です」

「で、あるか」


 腕を組んでお兄様が悩み出す。

 ノイエ以外の戦力を得たのは嬉しい誤算だったけど、その使い方を持て余す……良くある話だと思います。


「先日まではご兄姉の手助けもあって3人での対応でしたが、仮にノイエに何かあってモミジさん1人での対応となった場合を想定した運用を実験したいのです」

「なるほどな」

「ですから日にちを決めてノイエを休ませて確認しようかと」

「なるほどな。その申し出は最もだ」


 お兄様も頷きそれから色々と話し合いが行われた。

 大将軍や馬鹿兄貴とも話し合いの場を持って近日中に試験日を決めることで話し合いは終わった。




 ぶっちゃけモミジさんの運用試験はただの言い訳だ。

 本当は万全のノイエとお出かけがしたい。内容はデートでは無くてちょっとした実験に付き合って貰うんだけどね。

 こっちの都合と今後の都合がいい感じだから問題は無いはずだ。


 と、通路の先で書類を抱えてよろよろと歩く人影を発見。

 身長からイネル君かと思ったが着ている服が違う。あれは魔法学院の制服だ。


「アーネス君か」

「これはアルグスタ様」

「……何しているの?」

「はい。前回の合同実験の成果報告と経費の報告に」

「あ~。で、また迷子?」

「いいえ。これからアルグスタ様の執務室に向かおうかと」


 その山が僕の元に来る訳か。2人の部下に投げれば良い訳だから許そう。


「なら行こうか」

「あの~アルグスタ様」

「頑張れ若人よ」

「……」


 実際は彼の方が年上らしいんだけどね。

 よろよろとよろめく彼を連れて執務室へと向かった。




 2人きりにしておくと良くない例がこの部屋には居る。クレアとイネル君だ。

 まだ仕事をしているイネル君の背後から抱き付いて、肩越しにキスしている飢えた少女を発見。キスし過ぎで彼の頬が薄っすらと濡れているぞ?

 と、こっちを向いたクレアと目が合った。


「……」

「そこの飢えた狼よ。席に戻って仕事しなさい」

「……はい」


 静々とイネル君の隣の席に戻ってクレアが仕事を始める。


「アーネス君」

「はい」

「その書類の山はそっちの机に置いといて」

「ちょっ!」

「あん?」

「……」


 飢えた狼が席を立って不満気な表情を見せるが睨んで黙らせる。クレアは適度に仕事を与えておかないとダメだ。

 ようやく荷物から解放されたアーネス君が手や腕を振って凝りを取る。


「折角だから少し話そうか? 時間良い」

「はい。大丈夫です」


 ソファーに移動してアーネス君には向かいの席を勧める。

 手をパンパンと叩くとメイドさんが姿を現して飲み物と茶菓子まで準備してくれた。


「実は1度アーネス君とは話してみたかったんだよね」

「そうなんですか?」

「うん」


 紅茶を手にこちらを見て来る彼は、中学生の低学年にしか見えないほど小柄で可愛らしい。世のショタ好きは大興奮して涎を溢すであろうほどの美少年だ。

 そんな彼は飢えた狼であるクレアの姉の許嫁だ。


「……何であんな飢えた狼のボスに捕まって襲われたの?」

「ブッ!」


 紅茶を啜っていたアーネス君がむせた。


「だって聞く話、噂話……どれも未成年には聞かせられないようなほど酷いじゃん? つか当事者である君がどれほど命乞いをしているのかは有名だしね」

「……」


 布巾を持って来たメイドさんが手早く掃除をして去って行く。本日メイド長が姿を見せないってことは、お屋敷で王妃様がまた噴水のように吐血でもしたのかな?


 遠い目をしたアーネス君が、何とも言えないほど深いため息をした。


「出会った頃は物静かで可愛らしい人だったんですよ……」

「過去形ってことはやっぱり騙されたんだね」

「騙された訳では……ただ付き合い出してから、許嫁になってから本性を剥き出しにしたと言うか」

「騙されたのね」

「……違います」


 最後まで否定し続けるのが許嫁としての優しさなのだろう。


「で、あの噂になっていることって本当なの?」

「はい?」

「窓の外に逃れようとして室内に飲み込まれて行くとか……」


 と、アーネス君が遠い目をした。


「生きてるって素晴らしいですよね」


 やはり事実なのか。




(c) 甲斐八雲

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