不可能ミッション

 ヤバい。本格的に昔話を語るスィークさんが居る。

 出来たらザックリとした説明で良かったのに……だが僕も彼女の甥だ。義理だが甥だ。最後まで付き合おうじゃないか!

 決して相手を怒らせることを良しと思ったのではない。


 覚悟を決めて話の腰を折らないように細心の注意を計りつつ、通路で待機しているメイドさんを呼んで飲み物とお菓子の手配をした。

 そしてスィークさんの話がまだ終わらない。




 彼はグラスを1つ空ける度に王を見つめ正しい国王の姿勢を語ります。

 国民を愛し、正しい政治を行い、そして外敵とは命を賭して戦うべしと……鬼気迫る相手の言葉に王も、そして周りの人たちも飲まれていました。


 5つ目のグラスを空けた頃……毒で喉を焼き血を溢しながらも彼は、王に王たる姿勢を説くのです。たまらず王は彼を指さし吠えました。


「何故そのような命知らずなことをする!」


 ニヤリと笑い武官は答えました。


「我が王よ。自分はこの国に仕えしただの騎士です。ですが自分はこの国を……そして何より家族を愛しております。ですから正しい行いをしない者を叱るのは当然なのです。何より娘が苦しんでいるのに目を背ける親が何処に居るでしょう? だがこの命を賭して無茶をするのなら娘の前で誇れる父として死にたい。同僚たちの前で誇られる騎士として死にたい。そして王から『失うには惜しい者だった』と言われて死にたい。ただただそれだけにございます」


 笑い彼は6つ目のグラスを空にしました。

 毒が全身に回り、もう死んでいてもおかしくないのに……彼はそれでも生き続け毒酒を飲んだのです。

 そして王の前で、同僚たちの前で、何よりメイドとして王に仕える娘の前で、彼は臆することなく7つ目の毒酒入りのグラスに手を伸ばしました。


 それを空ければ王は、自分が毒を飲むか彼の願いを叶えるかしないといけません。何より相手の命を賭した言葉に何も感じないほど王は愚かでは無かったのです。ただただ手に入れたくなかった地位を手にして、どうすれば良いのか分かっていなかっただけなのです。


「王よ。どうか良き政治を……」


 7つ目のグラスを空にし、武官は崩れ落ちようとしました。

 ですが娘であるメイドがそれを支え彼女は言いました。


「お父様……王の御前で酔って倒れるなど不敬の極みです」


 涙を流しそれでも娘は父にそう毅然と申しました。

 王はその姿を見、そして玉座から立ち上がるとその場に居る人たちに宣言しました。


「本日より儂は心を入れ替え良き王となることを誓おう。そしてそのことを気づかせてくれた彼等の一族には"忠臣"の称号を贈ることとし、未来永劫上級貴族の地位であり続けることも約束する。何より彼等の一族には、王を見張り過ちを正す為の発言を許すこととする」


 王の宣言は部下たちに聞き入れられ、そしてその時1つの奇跡が起きました。

 事切れたと思っていた武官が動き出し……残っていたグラスを手にすると飲み干したのです。


「王よ。自分のご無礼は……この『罰』にて許して頂きたい」

「許そう。貴殿こそ本当の忠臣である」

「……その言葉を胸に……」


 最後の言葉を聞いたのは娘だけでした。


 事切れた武官は王の意向で『国葬』を執り行われ、そしてヒューグラム家は現在も王を戒める言葉を言う権利を持つ貴族となったのです。


 おしまい。



 パチパチパチパチパチ……


 確りとした昔話を聞かされました。

 あのボクっ子イネル君の御先祖様がそんな物凄い男気溢れる一族だったとは……マジ凄い。


「ちなみにヒューグラム家は息子が後を継ぎ、王の傍で仕えていたメイドの娘は他家に嫁ぎました。そのメイドがわたくしの先祖になります」

「……はい?」

「ですからそのメイドがわたくしのお御婆様にあたるのです」


 胸を張ってスィークさんがとんでもないことを言い始めた。


「彼女は自分の弱さが全て悪かったのだと、それ以降人を護ることを特化した特訓を繰り返し続け……その最高傑作がわたくしなのです」


 めっちゃドヤ顔でメイド長な叔母さまがそんなことを言って来る。

 何だろう。このモヤっとした何とも言えない感情は?

 メイド長の御先祖様は完全に方向性を見失い、間違っているような気がします。


「ですから女性を守り正義の行いをするヒューグラム家の御子息ならば、わたくしの不肖の弟子を大切にしてくれると思うのです」

「……そこに話が戻るのね。ってその時死んだ武官さんは自分の娘を守った訳で、女性だったら誰でも良かったってことにはならない気が」

「何か?」

「いや~。何でもございません」


 決して相手の睨みが怖かったんじゃないと自己弁論。ただ……ん? 廊下の方が少し騒がしい。

 僕の視線に気づいたメイド長がスッと目を細める。


「何やら小さな女子が駆けて行った様子ですね」

「分かるの? 本当に何でもありだな。それより……あちゃ~。クレアの奴、聞いてたのか?」

「クレア?」


 僕の言葉にメイド長がこっちを見て来る。


「うん。僕のもう一人の部下で、イネル君のことを気にしている女の子」

「それはそれは悪いことをしました」


 こっちの言わんとしていることを察してメイド長が素直にそんなことを口走る。


「ですが御子息にその気がなければ」

「あるみたい」

「……」


 メイド長の目が泳いで……諦めた様子でため息を吐く。


「そうなるとあの子はずっと独り身のままですね。わたくしも長いこと独りでしたので、弟子もそうならないようにと良い相手を探しているのですが」

「ん? どんな人なの?」

「ええ。小さくて薄くて売れ残ってて」

「ミシュかいっ!」


 そんな狙い過ぎた人物などこの国に一人しか居ないわっ!


「ってその売れ残りが僕の部下だと知ってるよね?」

「あら……そうだったのですか」


 ポンと胸の前で手を打つメイド長がとてもわざとらしい。


「なら上司であるアルグスタ様がきっと良い相手を探してくれるはずですね?」


 笑顔でお願いと言う脅迫が……。


「……相手となる方にも好みがありまして」

「見つけてくれるわよね?」

「……何かしらの期待に沿えるように努力します」


 結局僕はメイド長に逆らうことなど出来ずに、もしかしたら一番の不可能ミッションを課せられたのかもしれない。




(c) 甲斐八雲

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