沈め
王都ユニバンス内、女性騎士専用大浴場
少し疲れた様子で歩くフレアに声を掛けて来る同僚は多い。
基本現場に出ていることが多いが、小隊の副隊長兼事務担当にさせられている都合……他の小隊などとの係わりはノイエ小隊随一である。
ただ今日は挨拶などからの立ち話に発展しないのは、誰もが半日とは言え激務に曝されて疲労色濃い表情を浮かべているからだ。
隊長であるノイエが半日休んだだけで、夏季のこの時期は地獄となることが良く分かった。
否、それほどドラゴンの数が増えているとも言える。どっちにしろ……このような激務が続けば王国に属する騎士や兵士たちは皆燃え尽きてしまうだろう。
脱いだ服を綺麗に畳み木製の棚の中へ入れて扉を閉める。現金などは入り口の受付に預けているから盗まれるような心配は特にない。嫌がらせで服などを隠されることがあるらしいが、フレアは今までそう言った行為を受けたことが無い。
『見て見て。クロストパージュの』『えっ! あれが噂の男殺しの?』『何でも……とにかく凄いんですって』と、耳に入って来た噂話に一瞬足を止めかけたが強い精神で歩みを続ける。
チラッと相手の顔を確認したから、今度何かあったらどんな仕返しをするか軽く思考する。
丁度出て来る人と入れ替わりフレアは大浴場へと入って行く。
基本この場所では誰もが裸だ。上も下も身分に関してもこの場所に置いては関係ない。それでも自分の家の地位を持ち出して身分の低い者を小間使いのように扱う人物もいる。
ただそう言った人物は、自分の愚かな行為で出世の道を断たれるのだ。
チラチラと視界の隅に入る見慣れた顔は、王家の配下である密偵だ。
普段はハーフレンの元で仕事をしている彼女らもこの場を使い情報を持ち帰る。どこにでも監視の目はあると言うことだ。
置かれている椅子に腰かけて体と髪を洗う。体より髪を丁寧に洗うのがフレアの癖だ。
昔……好きだった人に髪の毛を褒められたのが嬉しくてそれ以来大切にしている。
『ルッテ……珍しいわね。こっちに来るなんて』『はい。今日は流石に拭いて済ませたくなかったんで』『あ~分かる。汗でベトベトでしょ?』『はい。それとお菓子と果汁水と返り血で……』『最後の以外騎士見習いとしてどうかと思うわよ? ってまた膨らんだ?』『ふにゃ~。触らないで下さいっ』
先に帰った後輩が先輩騎士の良い玩具になっている。いつものことなのでフレアは特に動かない。
ああやって見習いは遊ばれて皆に馴染んでいくのだ。
『自分が小さいからってそんなに揉まないで下さいっ!』『『その喧嘩買った!』』と、不用意な発言からある程度の女性騎士たちを敵に回し、必死に命乞いをするルッテが連行されて行くまでが……上司であるアルグスタが言う一つの流れらしい。
お約束と呼ばれるものは決して邪魔をしてはいけないのだそうだ。
洗顔も終えてフレアは湯船に向かう。
女性騎士の為に作られた大浴場は、大きな湯船が備わっている。
その代りに運営している時間が少々短いので、いつも混雑する場所となるのだ。
だが今日は湯船の一区画がポツンと空いていた。
視線を向けるとその理由が分かったので、フレアは迷うことなく空いている方へと足を向けた。
「誰だ~。私の聖域を犯す愚か者は~」
「沈みなさい」
軽い詠唱をし片手で相手の体に触れる。
魔法で相手の体重を倍にすると、水面で浮かんでいた同僚の馬鹿が一瞬で沈んで消えた。
フレアはそれを確認し、『よいしょ』とばかりに沈んだ同僚だった者に似ている椅子に腰かける。
「ボコボコボココっ!」
「あら? 泡風呂かしら?」
そんな機能は無かったはずだが、いつの間にかに導入されたのだろう。
たまには王都の屋敷に貰い湯など行かず大浴場に来たのは正解だった。
本当は王都の屋敷に行くのすら面倒臭かったのだ。
「ってぇ!」
ブスリと入ってはいけない場所に何かが入り、フレアは文字通り慌てて立ち上がった。
違和感を発する部分を押さえていると、湯船の奥からザバ~っと湯が立ち上がり流れ落ちる。
「死ぬわっ!」
「あら居たの? って何て場所に指入れるのよっ!」
「そっちの方が気持ち良いってかいっ!」
ゲホゲホと咳き込みながら立ち上がったのは同僚のミシュだ。
この大浴場の主と言われる……近づくと婚期が遅れるという伝説を持つ疫病神だ。
「私にこっちの趣味は無いわよっ!」
「へ~そうですか」
「ええ。入れられるくらいなら入れた方がマシよ」
一斉に湯船に居た若くて経験の少ない女性騎士たちが引き、代わりにそれなりに経験を持つ女性騎士たちが前に出て来た。
「入れるって……フレアさん。相手は男性ですよね? 噂の婚約者ですよね?」
「ええそうよ」
ずずっとベテラン衆が耳をそばだて接近して来る。自分の知らない情報を得ようと必死だ。
「嫌がる彼の後ろから[ピー]を[ピー]に[ピー]して[ピー]すると[ピー]が大爆発するのよ」
平均より薄い胸を張り威張るフレアに、ミシュはガクッと崩れ落ちて湯船の底を叩き出した。
「何なのよそれ……[ピー]を[ピー]する? そんなの変態相手か拷問でしかやらないわよっ!」
「あっ! 陛下が似たような……ゴホゴホッ」
非番のメイドが混ざっていたのか、とんでもない発言が聞こえたが全員で無視する。
知ってはいけない情報だって時にはあるのだ。
クワッと目を剥いたミシュは、フレアを指さし吠えた。
「この変態副隊長がっ!」
「「自分の姿を鏡で見て言えっ!」」
ミシュのフレアを批判する声は、全員のツッコミに消えた。
(c) 甲斐八雲
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