お触り禁止解除
「……異世界?」
「ええ。ノイエはその言葉の意味を知っているかしら?」
フルフルと頭を振ったノイエがこっちをクリリとした目で見つめて来る。
おかしいな……何故か今だけ彼女の赤黒い瞳が血の色に見えるよ?
「異世界とはこの世界……私たちが住んでいるこの場所とは全然全く異なる世界のことを言うのよ」
「違う?」
「ええ。アルグスタがどんな場所で過ごしていたかは知らないけど、別の世界だと鉄の塊が空を飛んだり海を進んだりするんですって」
はい。そんな世界に居ましたが何か?
ノイエがジッとこっちを見つめて来る訳です。
「ならアルグ様が違う名前を呼んだのは?」
「違う名前? たぶん寝ぼけて本来の両親の名前を呼んだのかしら?」
二人の視線が僕に突き刺さる。
うおい……家族の語らいでとんでもない窮地に立たされたよ。
落ち着いて考えろ。僕が地球人だと知られて何が困る? 異世界召喚は禁止事項でしたね。他国じゃ結構やっているらしいですけどね。
あれ? つまりこれってここだけの話にすれば……僕の頭の中に天使か舞い降りた。たぶん天使だ。きっと悪魔じゃ無いはずだ。
「……国王様から召喚のことは絶対に言わないようにって命令されてましてね。言ったら殺すとまで脅されてたし」
「あらあらあの人がそんなことを言っていたの? もういけない人ね。今度会ったら私が『めっ』て言っておいてあげる。忘れないように後でスィークに言伝しておきましょう」
それは国王様が死にかねないので止めてあげて。でも僕が幸せになる為にお父さん……死んでください。
「ノイエ」
「はい」
「召喚は禁止されていることだから誰にも言っちゃいけないんだ」
「……でも言った」
うん王妃様がポロッと言っちゃったね。
でも天然っぽいし実際引き籠りだし、何より傍にメイド長が居るから王妃様は大丈夫だと思います。
「だからノイエに言えなかったんだ」
「……名前は?」
そっちは忘れて無いのね。有耶無耶にしようとしたけどダメっぽい。
「うん。前の世界の知り合いの名前だと思う。僕の本当の両親はどっちも亡くなってるしね」
「……」
ノイエが目を瞠った。
王妃様が何かを感じて彼女から手を離すと、椅子から立ち上がったノイエが抱き付いて来る。
だからどうして君は僕に抱き付く時だけ力を押さえないのかな?
勢い良く抱き付いて来たら……真っ直ぐ後ろに倒れ込む途中で停まった。
椅子だけが芝生の上に転がる。抱きしめられた姿勢でノイエが抱えてくれていた。
「ごめんなさい」
「大丈夫」
「でも……アルグ様に悲しいこと言わせた」
「大丈夫。ノイエが居るから」
泣き出しそうなノイエの腕から解放されて地面に立つ。
と、ノイエが改めて抱き付くと顔を押し付けて肩を震わせる。本当にノイエは優しいな。
「ごめんなさい」
「平気平気。ノイエが居るからね」
「……はい」
ギュッと抱き付いて来るノイエが離れそうな気配を見せない。
こっちを王妃様が羨ましそうに見ているのが気に……何故かウインクして来るし。何を企んでいらっしゃるのでしょうかこの人は?
「大丈夫よアルグスタ。子供用品なら何でもあるから」
「まだ出来てませんから」
「でも作るのでしょう?」
「はい」
顔を押し付けたままのノイエが力強く返事をする。
あれ? それってつまり……お触り禁止解除ってことですか?
……こうなったら毒を食らわば皿までだ。この嘘を最後まで突き通すっ!
そうです。僕の秘密は『異世界人』ってことです。違う名前を呼んだ? 向こうの人のことだよ。
頑張れ僕。これ以上の禁欲生活はぶっちゃけ色々と無理だ。何より魅力満点なノイエが傍に居て我慢するとかどんな拷問よ?
それから僕らは王妃様と色々なことを話し屋敷を後にした。
ただ終始ノイエが抱き付いたままだったのがやっぱり嬉しい。本当にここに来て良かった。
で……何で玄関先の庭にクレーターとか出来てるんだろう? 来た時は無かったのに。
「どうでしたか王妃様。お2人は」
「ええ。とっても楽しかったわ」
「ですか」
「はい。分かっています」
少し怒った様子のメイド長に王妃ラインリアは小さく舌を出してベッドの中で大人しくする。
2人が帰宅するまでどうにか我慢したが、2人が中庭から出て行くのを見送った後……疲労から吐血し倒れたのだ。
「お2人に会えて嬉しかったのはご理解出来ますが、今後このようなご無理はなさらないようにお願いします」
「は~い」
「ご返事は短くはっきりと」
「はい」
柔らかく笑いメイド長が部屋を出て行く。
それを視線で見送ったラインリアはベッドの天蓋を見つめて息を吐く。
「言えない嘘……ね」
クスッと少女のように笑って、自分が見た息子の嘘を思い出す。
「大切な人を人質に取られているだなんて……アルグスタも大変ね。出来たら協力して上げたいのだけれど」
屋敷から出ることの出来ない自分には無理だと悟り、ラインリアは息を吐く。
人の心を覗ける力などあっても所詮はこの程度でしか使えない。本当に宝の持ち腐れだ。
でも彼の心の中は本当に面白くてつい力を使い過ぎてしまった。
自分が愛した人を守る為にあそこまで頑張れる人をラインリアは1人しか知らない。
「本質的にあの人と同じなのかしら? それだとノイエは幸せになれるだろうけど大変ね。あの人と同様に異性に好かれそうだから」
自分が愛している人物だから王妃の目は曇っていた。
夫である国王ウイルモットは自分からナンパする男だ。
ウトウトとした場しめた時……彼女はふと最後に見せたノイエの表情を思い出した。
とても済まなそうに横目で見る彼女は何故かポツリと呟いていた。
『ごめんなさい。リア伯母様』と。
王妃をそう呼んでいたのはただ一人。姪である……
疲労からラインリアは眠りの世界に落ちた。
(c) 甲斐八雲
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