行く。絶対

 王弟"ウイルアム・フォン・ユニバンス"



 現在は国政とかには全く関与せず実質隠居している国王様の弟様。

 趣味が土いじりらしく植物などの品種改良も大好きなので、その腕を買われてユニバンスの穀倉地帯である東部に渡った人らしい。


「あとは?」

「ん~。そうですね」


 東部出身であるクレアが口にフォーク先端を当てて悩んでいる。

 そんなに悩まないと思い出せないほど影が薄いんですか? 王弟だよ?


「特にこれって言う話は無い人です。10年前ぐらいに王都からこっちに移ってから……それ以降ずっと趣味ばかりで」

「ある意味本当に隠居だね。実に羨ましい」


 僕の目指すべき姿がそこにある。実に一度会って話を聞きたいものだ。

 思い出した様子でイネル君が顔を向けて来る。


「一人息子さんが王都勤めですね。シュニット様の配下で真面目な人だと聞きます」

「……らしいね」

「お会いして無いんですか?」

「一応親戚なんだけど立場的な物とかあって簡単に会えないのが王家なんです」


 うん。その言い訳で良いかな? 実際はただ忘れていただけだけど。

 イネル君が納得しているから良いか。でもクレアが首を傾げてから少し伏目がちな視線を向けて来た。


「それに確かアルグスタ様のご実家とは……」

「らしいね」

「えっ? 何ですか?」


 クレアは知っていたらしいけどイネル君は知らないのか。そうなると有名な話じゃ無いのかな?


「うちの元実家が色々と悪いことしたらしいの。で、それもあって会い難いのだよ」


 本来のアルグスタの実家であるルーセフルト家に王位継承権の順位のことで狙われ、証拠は残っていなかったらしいが王弟様の奥さんと子供たちが暗殺されたらしい。

 そんな危険なことをしてもまだあと2人のお兄ちゃんが居る訳で……もしかしたらそっちも何かやってるのかな? 聞くと鬱になりそうだから聞いて無いんだけどさ。


 僕の濁した説明で2人が納得したから良いか。本当は良く無いんだけどね。ただ実際はスコンと忘れていただけですけどね。

 確かにノイエのこととか審問会のこととかあって忘れてた。一度くらいちゃんと夫婦でご挨拶しないといけないよな。


 なぜ今になってそんなことを思い出したかというと、視線を巡らせて机の上に置いたままの手紙を見る。まだ封は切っていない。

 だって宛先が僕じゃ無くて『ノイエ・フォン・ドラグナイト様』な訳です。


 確かに色々とやってしまった一族の出ですから、向こうとしては僕に手紙を出すのは嫌そうだしな。

 本日お持ち帰りしてノイエと一緒に封を切ろう。

 問題は……ノイエの方か。




 昼食の時間となりぼんやりとした様子の全体的に白い美女がフワフワと歩いている。

 自身の祝福から通常の視線に戻したルッテは、服装を確認し建物を出る。やはり隊長である人物は頼りない足取りで移動し、水場へと向かっていた。


「隊長? 大丈夫ですか?」

「平気。大丈夫」


 追いかけ追いつきルッテは声を掛ける。

 顔を洗っていたノイエの返事を聞いて増々不安になった。その訳は、


「……それミシュ先輩の替えの下着ですよ?」

「……」


 顔を拭っていた物を見てノイエは地面に叩きつける。

 干されている布に手を伸ばしたはずだが、どうやらその隣の汚物を掴んだらしい。


「気のせいか隊長から私に対して不穏な気配を感じましたっ!」

「平気。汚れは洗うと落ちる」

「何故私を見てそれを言うかな~っ!」


 突っかかって来た小さくて薄いのを放り投げ、ノイエは切り株に腰を下ろした。


「はい。隊長……昼食です」

「ん」


 胸の大きな人から渡された皿を膝の上に置いて、まず塊の肉から食べ始める。

 見る見る小さくなっていく肉を見つめ……ルッテは自身の上司を観察した。


 見た目は確かにいつも通りだが、どこか空回りしている感じがする。

 彼女の夫であるこれまた上司は、『良く分からなかったら髪を見ると良い』と言っていた。


 ただその助言が役に立たない。

 隊長たるノイエのアホ毛は、不可解な螺旋の動きを見せて回っているのだ。


「隊長」

「ん」

「本当に大丈夫ですか?」

「平気。大丈夫」


 ずっとその答えしか返って来ない。その様子がますます不安にさせているのだが、ノイエはそんなことなど気づかずに黙って肉の塊を咀嚼して行った。

 ぶっちゃけ今のノイエは色々と限界だったのだ。




「手紙?」

「うん」

「……」


 今日も今日とてノイエの頭を撫でて気分を誤魔化す。

 お触りが頭撫で限定とかかなりきついよノイエさん。


 いっぱい撫でて手を離すと、物足らなさそうな雰囲気を漂わせる彼女がこっちをジッと見て来る。

 彼女の手がワキワキと動いていて今にも飛びかかって来そうな気配を発している。

『するの禁止』は、互いに精神的なダメージを受ける制約になった訳です。


 手渡した手紙の封を切ってノイエがそれを僕に戻す。

 彼女が封を切ったから僕が中身を見ても問題無いはずだ。


「えっと何々」


 手紙の内容はありきたりなご挨拶だ。

 遅ればせながらの結婚の祝辞や暇が出来たら是非遊びに来て下さいなどだ。

 ただ読み進めていくと、


「……っ!」


 覗き込んでいたノイエもそれを見つけアホ毛を立てた。


「アルグ様」

「……はい」

「行く。絶対」

「……だよね」


 ノイエが行く気満々だ。アホ毛が興奮して立っている。

 そうか。こう言う搦め手もあるのか……こりゃ相手が何枚も上手だな。

 送り主である王弟様が仕掛けて来たのか、黒幕っぽいメイド長が裏で手引きしたのかは知らないけれどね。


 心の中で両手を上げて降参しながら、僕は便箋の中の一文に目を向けた。


『……夫であるアルグスタ殿がカミューに関する書類をお探しだとか。それでしたら確か王妃様が所有しております。一度お遊びに行かれたらどうか?』


 その名前を出されたら断れない。僕もノイエもだ。




(c) 甲斐八雲

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