禁じ手

 余りにも幼子が泣くのでそれを理由に一時休憩となった。と言うか、ラーシェムさんがメイドさんが抱いているお包みに手を伸ばして抓ったように見えたのは錯覚かな?


 ペコペコと頭を下げて回りメイドさんが向こう側の扉から出て行った。

 共和国側の貴賓席に駆け寄ったクムラさんは手にしている書類を見ながら、たぶん内務大臣らしい人と話し合っている。

 折角こっちのペースで相手の足並みを乱していたのに……厄介なタイミングで仕切り直しだ。


 コツッ


 頭に何か当たったので周りを見ると、紙を丸めた物が転がっていた。辺りを見渡せば馬鹿兄貴が顎で『こっち来いや』と促しているように見えた。


「何でしょう」

「お前な……何がしたいんだ?」

「引き分けですかね」


 腕を組んで怒っているようにも見える相手に素直に答える。


 ぶっちゃけてしまえば今回の狙いは引き分けだ。どっちが良いとか悪いとかじゃなくて、『両方言ってることに筋が通らなくない?』と思わせて、この訴えそのものを有耶無耶にする。

 痛み分けと言うか、審問会の根底から引っ繰り返す証拠の潰し合いをする気です。

 と、2人の兄に説明したら……長男様から苦笑を、次男様から首を掻っ切るジェスチャーを貰った。解せん。


「何故そんな面倒臭いことをする? 別に徹底して否定すれば良い」

「はい。ですがそれでは僕は『隠し子を持つかもしれない生活を送って来た者』になります」


 イケメンお兄ちゃんからの質問だから丁寧に答える。


「それだと"英雄"たるノイエに相応しくない夫となるでしょう。僕はそれが嫌なんです」


 ついでにグローディアから聞かされた共和国の企みかもしれない事柄も伝える。2人とも真面目な顔つきに変わり、それぞれ部下らしき人たちに色々と指示を飛ばす。


「だから僕が求めているのは勝ち負けじゃ無いんです。この審問を無かったことにする……その一点に全力を注いでいます」

「出来るのか?」

「はい。最悪は禁じ手を使いますんで」

「禁じ手?」


 問うて来る次期国王様に迷惑はかけられないので一礼して誤魔化す。と言うか、ノイエが僕に施している"遠耳"の術式は一時的に停止したんだけどな……何で彼女が居るんでしょう?

 椅子まで戻って座り直し、明り取りの窓に目を向ける。天井の方……高い位置に存在するその窓の外に、色々隠しているのにアホ毛だけ隠していない存在があった。


「全く……本当にノイエは」


 優し過ぎて困る。きっと僕のことを心配して来てしまったのだろう。

 ……実はこの審問会の内容を知って怒ったとかじゃ無いよね? その時は全力で土下座して後は神にでも祈ろう。


 しばらくしてまた審問が再開された。




 再開されてから共和国側の攻撃のやり方が替わった。淡々と自分たちが集めた情報を順を追って説明していく。

 時には証人として『僕が遊んでいた頃の友人』を自称する人たちに発言させる。こちらとしては相手の名前も顔も知らないのだから、『初めまして』からの全否定と揚げ足取りに徹する。


 泥仕合と化した議場に……何とも言えない澱んだ空気が見え始めた。

 観覧している人たちですら『これってやる意味あるの?』とか言う言葉が聞こえて来る。共和国側も諦めの色を見せるが、唯一内務大臣だけが顔を怒らせて僕を睨んで来る。

 それともう1人……ラーシェムさんもだ。


 と、今まで沈黙を続けて来たラーシェムさんが手を上げた。


「議長。発言しても良いでしょうか?」

「構わん」

「少々過激なことを言いますが?」

「……構わん」


 どこか疲れた様子の国王様が応じた。

 軽く会釈を返した彼女は僕を睨み口を開く。


「私はその男に騙されたのです。『俺と付き合えば王妃にしてやる』と言われ……まだ世間を良く理解していなかった私はつい応じてしまった。

 ですが彼はその時王位継承権第4位。王妃になるなど無理だと思いましたが、彼はこうも言って私をその気にさせました。『我が一族が現王家を打倒する。そうすれば俺が次の王である』と。

 そこまで言われ反乱の手順まで聞いた私は彼の求めに応じたのです。だって気づけば私も共犯。子を成して一番恐れたのは……身内を売って1人だけ生き残っている彼の存在です。

 だって一族は"反乱"を起こそうとした。ですが彼は王国の"英雄"を嫁にしてのうのうと生きている。こんなふざけた話を目の当たりにしてどうして自分の身が安全で居られると思うでしょうか?

 だから私は共和国へと逃れたのです。この国の王家は目的の為なら手段を択ばないからっ!」


 金切り声で訴える彼女の言葉に会議場が沈黙した。

 代わりに耐え切れなくなったかのように幼子が泣き出した。

 弱々しく泣く声が煩く感じるほど僕は焦っていた。


 しまった。そっちの手があったか。

 完全に失念していた第二の矢を食らい、僕は返す言葉を失っていた。


 僕の家……本来のアルグスタの母親の実家であるルーセフルト家の反乱未遂は王家も認める事実だ。

 だが僕は唯一王家へとその忠誠を誓い全てを告発したと言うことで無罪放免になっている。そう一応無罪だが……それはあくまで王家から見てのことだ。

 国民に『反乱一族の息子』と言う印象を植え付け、印象操作されれば話が替わって来る。

 分が悪いなんて物じゃない。隠し子と違ってこっちは確実に認められた出来事だ。


 仕方ない。最終手段を使うか。これだけは使いたくなかったんだけど……。


「ごめんノイエ」


 机に向けていた視線を上げ、勝ち誇った様子の相手を見つめる。

 何かキラキラと彼女を包むように光が……って何か降って来てる?


 視線を上げたら答えが見えた。

 何をしたのかは知らないけど、綺麗にガラスを失った窓が開いていた。

 そして外に居たであろう人物は……音を立てずにラーシェムさんの前に姿を現した。


 最終手段が勝手に暴走していた。




(c) 甲斐八雲

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