頑張れよ魔女

「彼女は、ユニバンス王国の"英雄"たる女性と結婚したアルグスタ様との間に生まれた子供に危害が及ぶのではと恐れて居ました。何より相手は王家に連なる者。どのような方法を用いるか分かりません。ですから彼女は親類の伝手を頼って我々共和国へと"保護"を求めて来たのです」


 予想通りの返事だった。だからあえて踏み込む。


「失礼ながら聞きたい。我々は彼女の存在すら知らなかった。その存在を知ったのは先日共和国側の魔女であるマリスアン殿が尋ねられた時に『こんな話がありまして……』と教えてくれたからです。

 何でもラーシェム嬢に会った魔女は『あの女性が嘘を吐いているのは間違い無いけれど有名税だと思って我慢して下さいね』と言ってました。

 それと『誰にも言わないで』とも……議長。失言って取り消せますか?」

「……取り消せんな」

「なら共和国の人たちの寛容なお心に期待します」


 頑張れよ魔女。うちのお嫁さんを『刺して良い?』とか言ってたことを僕は忘れていないぞ? それと送ったプレートはどうなったんだろうか?


 まさかの身内からの情報提供に共和国側の貴賓席がざわつく。

 今回は使える物は何でも使う。身中の敵が居ることを知るが良い共和国よ。


「……今の発言は帰国次第確認しますが、それはあくまで王国側の言葉です。本当に知らなかったと言う証拠にはなりません」


 どうにか立て直ってクムラさんが言葉を発する。

 確かにその通りです。僕らが知っていても知らなかったと言えばそれが真実になる。

 つまりはこんな手段も使えるってことだ。


「そもそもの話をしましょう。僕はそこに居るラーシェム嬢を知らない」


 矛先を向けられたラーシェムさんが、立ち上がらんばかりの勢いで机を叩く。

 背後から彼女の肩に手を置いたクムラさんの機転が無ければ立ち上がっていただろう。


「その発言に嘘偽りは無いですね?」


 クムラさんの問いに僕は大きく頷くと、彼女たちが次の手を打つ前に言葉を発する。


「これは結婚式の時に共和国の財務大臣にも話したのですが……僕は病気の治療で大規模な治療術式を使用してほぼ全てに近い過去の記憶を失っています。家族や両親の顔すら思い出せない僕に彼女のことだけ覚えているだなんてことがある訳ない。

 それを踏まえ重ねて言いましょう。僕に記憶が無いことは共和国の人でも知っているはずの"有名"な話です。で、そんな僕に対して過去の話を持ち出し、こんな審問会の開催を申し出る人たちは……何をもって『真実』の確認をするのかを問いたい」


 真っ直ぐに問いかけるとクムラさんは一瞬視線を背後へと走らせた。

 上司たる内務大臣の顔色でも伺ったのかな?


「ああ。1つだけ訂正を。父親の顔も忘れていましたが議長席に座ってましたね」


 筋肉王子が『んっんっ』と顎で指し示すものだから議長席を見たら、国王様がショックを受けて凹んでいた。

 良い大人が冗談で凹まないで欲しい。


「アルグスタ様の"記憶喪失"は我々も聞き及んでいます。ですがそれが事実であると言う証拠はございません」


 クムラさんが正論で反論してきた。

 ただそれを持ち出しちゃうと……色々と仕掛けられるんだけど良いのかな? こっちは仕掛ける方だから全く困らないけどね


「アルグスタ様の記憶が喪失していると言う確たる証拠でもあれば我々も納得致しましょう。ですがそれが無いのであれば『記憶を失っているかもしれない』と思い審問を続けるのみでございます」

「まっ確かにそちらの言うことも一理あります。ただ……その論法を持ち出したのは間違いですね」

「何が?」


 気づいていないのかな? それとも僕の自由な言葉にペースが乱れているのか……うん。計算通りだ。


「ならばこちらも問います。ラーシェム嬢が本人である確かな証拠と、その子供が彼女が産んだと言う確かな証拠の提示を願います。もしそれらを提示出来ないのであれば、そこに居る人物は『共和国が今日の審問会の為に連れて来た女性と子供』として扱わざるを得ません。

 だって証拠を提示しないと納得しなくても良いんでしょう? 納得して無くても審問会は続けないといけないらしいので……続けはしますけどね」


 クッと唸ったクムラさんの顔色がはっきりと変わった。初歩的なミスを犯したことに気づいたらしい。

 自分の言葉を相手も使うことを計算しないとね。こっちなんて徹夜でどう揚げ足を取って共和国側を転ばせるかしか考えて無いんだ。


 さあ泥仕合と逝きましょうか?




 昼を迎え食事を終えたノイエは、ボ~っと空を見上げていた。

 立ち止まったままの姿勢で空を見つめ耳を澄ましている。だが今朝から彼の"声"は全く届かない。

 今日は言葉で"喧嘩"しているはずなのにだ。


「隊長~。どうかしましたか~?」


 ちっさくて薄い副隊長が走って来るのに気付き、ノイエは目を向ける。


「アルグ様……心配」

「何ですかその惚気はっ! 喧嘩してても心配とか羨まし過ぎますっ!」


 ガツガツと地面を殴り悲しむ彼女はある意味いつも通りだ。


「まあ確かに隠し子とかの話まで出て来れば色々と喧嘩もしたくなるでしょうけどねっ!」

「……隠し子?」


 聞き慣れない言葉にノイエはカクンと首を傾けた。


「あれ? まだ聞いてながっ」


 一瞬で持ち上げられミシュは喉を詰まらせる


「教えて。何?」

「首が……首がっ!」


 必死の訴えにノイエは相手の後ろ襟を掴んで猫持ちにした。


「……アルグスタ様に隠し子が居るとか訴えられてお城の方で審問会がっ!」


 顔面から地面に落ちたミシュは、強打の余りに意識を失いかけた。

 だがそれをやった人物は……その場から姿を消していた。




(c) 甲斐八雲

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